私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

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第八章 こころ揺れる

いつもと違う日

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 今日もいつもと変わらない一日。

 日が変わる毎にそんな風にいちいち思う訳ではないけれど、過ぎゆく日々にエティエンヌが漠然とそう感じていたのは間違いない。


 家族揃っての朝食。王族専用の馬車停まりに続く見慣れた回廊。雨だったり晴れだったり、風が強かったり鳥が空を飛んでたり、そんな変化は『いつも』の範疇内だ。

 学園に向かうオスニエルとエティエンヌ、そしてジュヌヴィエーヌの3人の馬車内の空気もいつも通りで、エティエンヌとジュヌヴィエーヌがお喋りに花を咲かせた。
 そして、それを羨ましそうに見ているオスニエルの顔、なのにプライドが邪魔をして何も言えないところも普段の光景。

 馬車が学園に到着し、外側から扉が開くとまずオスニエルが降りる。そして、外から手を差し出して、降りるジュヌヴィエーヌとエティエンヌの補助をして。

 全部いつもと同じ。だから馬車を降りて一番に視界に入る人が誰かも、降りる前からエティエンヌは知っていた。


 オスニエルの出迎えで待機している側近候補、そう、ゼンだ。


 ジュヌヴィエーヌに続いて兄の手を借り、馬車のステップを降りたエティエンヌは、予想通り兄の向こうに立つゼンを見つけた。
 よそよそしい関係になってもう10年近くになる幼馴染み。
 エティエンヌ以外の人であれば、老若男女を問わず爽やかで親切丁寧な対応ができる嫌味な奴だ。

 顔を合わせれば、いつも嫌そうに眉間に皺を寄せ、スッと目を逸らされる。
 エティエンヌとに限って会話はほとんど成立せず、単語のみか、ひどい時は単語の頭文字だけの場合もある程だ。
 なのに時々、いきなり近づいて来ては、意味不明な言動をして走り去る。

 幼い時は実の兄より懐いていた分、ゼンの変わりようがエティエンヌの心を深く抉った事を、きっと彼は知らないのだろう。


 だから平気でエティエンヌの前に顔を出すし、わざわざ周りを彷徨うろついては嫌味な態度を取るのだ。


 ―――そんなに嫌なら、いっそ完全無視を貫けばいいのに。


 いちいち傷つくのはもう嫌で、いつしか意識的に視界に映さないように心がけるようになった。

 今もそうだ。

 完全に視界の外に追いやるには近すぎるので、目だけ合わせないように視線を下に向け、エティエンヌは歩を進める。


 側近としてオスニエルに仕えるゼンとしては、毎朝の出迎えは必須なのかもしれない。
 けれど、それならオスニエルと合流してすぐに教室に向かえばいいと、エティエンヌは思う。


 なのに、なぜか必ずゼンはエティエンヌのところにまでやって来て「やややあ」とか「おは」とか「いてん」とか、返事に困る言葉を投げかける。

 中でも嫌な気分になったのは、「げ」と言われた時だった。人の顔を見て「げ」とは酷いと思う。ゼンの頬を打たず、黙って通り過ぎるだけに留めたエティエンヌを、誰でもいいから褒めてほしい。


 ―――本当。何もしなければ格好いいのに。


 今もなぜかこの場に留まるゼンを視界の端に捉えながら、エティエンヌは心の中で独り言ちた。


 背筋を伸ばし、シワ一つない制服をピシッと着こなす一分の隙もない立ち姿。
 細身の長身、筋肉はなくともバランスのよい何を着ても似合う体型。
 そして、学年首位をキープする頭脳。
 毎朝の出迎えは、立つ位置によるが、大抵は銀縁の眼鏡が太陽の光を反射して、文字通りキラキラと光って―――


 ―――あら? 


 ここでエティエンヌは、ちょっとした異変に気づいた。


 今日はキラキラ・・・していないわね・・・眼鏡を外したの?・・・でも、それじゃ見えないのではないかしら・・・?




「あ、あの、ゼンさま。渡す相手をお間違えではないでしょうか」


 エティエンヌが疑問を覚えたのとほぼ同時。


 エティエンヌの斜め前にいたジュヌヴィエーヌが、戸惑った声を上げた。


 ゼンが何かを持った手を、ジュヌヴィエーヌに差し出していたからだ。


「その声・・・もしやジュヌヴィエーヌさまでしたか? 失礼しました」


 ゼンは僅かに眉を顰め、ジュヌヴィエーヌをじっと見つめた後にそう呟くと、慌てて手を引っ込めて、うろ、と視線を彷徨わせ。


 ジュヌヴィエーヌの斜め後ろにいたエティエンヌへと目を向けた。


「では、そちらがエチ?」

「・・・え?」


 久しぶりのエチ呼びに、エティエンヌの胸がとくんと跳ねる。


 眼鏡がないせいで、今日はどの角度からもキラキラしてないゼンは、エティエンヌに向かってゆっくりと歩を進めると、先ほどジュヌヴィエーヌにしたように、スッと手に持つ何かを差し出した。


「エチ」

「・・・なに?」

「こ、これを、読んでほしい」


 いつもと違ってスムーズに成り立つ会話にエティエンヌは驚き、ツンケンするのも忘れて、差し出されたゼンの手元へと視線を向けた。


 しっかと握りしめたゼンの手のひらの中にあったのは、潰れてやや形が崩れた封筒。


 宛名はエティエンヌとなっていた。
















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