私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
70 / 99
第七章 恋の花は咲きますか?

諦念

しおりを挟む


 ジュヌヴィエーヌの姿を認めてカチリと固まったオスニエルは、小さな声で「後でまた来ます」と言って扉を閉めた。

 その様子に、内密の話があったのだと察したジュヌヴィエーヌは、自分の方が去るべきではないかと思い、エルドリッジを見やる。


「まったく、ジュジュに気を遣わせてどうするんだ」


 エルドリッジは肩を竦めた。


「あ、あの、私はもう退室いたしますから、今からでも」

「ああ大丈夫、気にしないで。どうせまた後で来るだろうし。ジュジュももう行っていいよ、兄君もきっと待ってるだろうしね」


 戸惑うジュヌヴィエーヌに、エルドリッジは安心させるようににこりと微笑みかけた。





 それから。


 パタン、と扉が閉まり、ジュヌヴィエーヌが退室した後、エルドリッジは侍従に茶を頼む。


 用意の為に侍従が執務室を出ていくと、一人になった部屋でエルドリッジは「まったくオスの奴め」と独り言ちた。


「服装を見れば、ジュジュが長居しないことくらい察せるだろうに、オスらしくもない」


 今日のジュジュは文官服ではなく、普通のドレス姿。つまりエルドリッジの執務の手伝いをしていた訳ではない。


 用件があって呼ばれた、あるいは訪れただけ。普段のオスニエルなら、すぐにそれと察しただろう。


「まあ、婚約者候補たちの名前を見てやって来たんだろうけど・・・僕もテレサ嬢の件は驚いたしなぁ」


 羽ペンをくるくる回しながら、エルドリッジは呟いた。


「ジュジュを見てあんなに動揺するって事は・・・もしかしたら、もしかするのかなぁ・・・まぁ、ジュジュは可愛い上に賢いからねぇ・・・見る目があると誉めてやらないと・・・いけないのかな」


 アデラハイム王国の国政が揺らぎかねない事件は、意外な事実の判明により、起こる前に終息しそうだ。

 後は神殿側の、処罰を受けた元大神官たちの動向にだけは気をつけねばならないが、それも想定していた事態よりずっと対処は楽。
 つまり、国内の情勢はこれ以上混乱する事もなく、落ち着きを取り戻すという事で。


「後は・・・ジュジュか」


 ジュヌヴィエーヌの父ケイダリオンからの書簡によると、マルセリオ王国の方は相変わらずのお花畑のようだ。

 仔細はバーソロミューから直に報告される事だろうが、王太子妃となる予定のマリアンヌの資質を疑問視する声が日に日に大きくなっているらしい。


「何を今さらって感じだよね。僕に言わせれば」


 こちらの国アデラハイムの問題が解決しても、あちらの国マルセリオの問題が終息するまでは、ジュヌヴィエーヌはエルドリッジの側妃でなければならない。

 下賜などという話を聞きつけたら、マルセリオ王国に寄こせと言って来るに決まっているから。


「となると、最低でもあと1年は僕の側妃のまま・・・オスには悪いけど、それまで議会は待ってくれないだろうな」


 内心でちょっとホッとしているのには気づかない振りをしておこう。

 エルドリッジ自身、ジュヌヴィエーヌを可愛く思っているけれど。

 娘同様なんて軽々しく言えないくらいには、気持ちが育ち始めているのを感じているけれど。


 きっとこの感情はジュヌヴィエーヌの為にはならない。この気持ちを育ててはいけない。自分はあくまで保護者で庇護者。中年のおじさんには似合いの役だ。


 そうエルドリッジは自分に言い聞かせる。


 あと1年は、ジュヌヴィエーヌはエルドリッジの妻だ。たとえそれが書類上だけの話であろうとも。


「・・・まあ、今はまず、目の前の問題を片付けていかないとね」


 疲労がたまった体を叱咤して、目の下の隈には気づかない振りをして。


 去り行く者として、なるべくいい形でこの国の政をオスニエル息子に譲りたい。



 ―――それが、全て自分を信じて委ねてくれた、ケイダリオンやホークス、オスニエルやエティエンヌの信頼に応える事になると、エルドリッジは信じているから。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む

むとうみつき
恋愛
「お父様、どうかアラン王太子殿下との婚約を解消してください」 ローゼリアは、公爵である父にそう告げる。 「わたくしは王太子殿下に全く信頼されなくなってしまったのです」 その頃王太子のアランは、婚約者である公爵令嬢ローゼリアの悪事の証拠を見つけるため調査を始めた…。 初めての作品です。 どうぞよろしくお願いします。 本編12話、番外編3話、全15話で完結します。 カクヨムにも投稿しています。

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

処理中です...