私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
67 / 99
閑話 ゼン・トリガーは焦っています

思うようにはいかなくて

しおりを挟む


 ―――どうして、エティエンヌが絡むと僕はいつもポンコツになるのだろう。


 ゼン・トリガーは今、そんな考えに頭を悩ませている。


 いつからか、エティエンヌの側にいると、ゼンは思うように振る舞えなくなっていた。


 焦れば焦るほど、ますます言葉はゼンの口から出なくなって、ひと言ふた言が精々で。


 ―――でも大丈夫。僕はエティエンヌの婚約者になるんだから。

 ほぼ決定事項だと、宰相の父に聞いていたから。


 だから、今は多少拗れても平気、なんて。いくらでも後で挽回できるなんて。


 酷い自惚れだったとゼンが理解したのは、婚約の話がなくなったと父ホークスから聞かされた時だった。


 エティエンヌの信頼を取り戻さなくては。


 そう思ったゼンは、エティエンヌとの会話を想定した会話練習帳なるものを作り、毎朝練習するようになった。


 練習してはエティエンヌに会いに行き、上手く喋れずに帰って来てはまた練習量を増やし。

 そうやってどんどんと増やしていった会話練習帳は、いつの間にか100枚を超える厚さになっていた。


 だが、それだけ練習を重ねたにも関わらず。


 ヒロインが近く現れるサインである熱病が発生し、さぞや心細いだろうと朝にエティエンヌの元に駆けつけた時。

 ゼンの第一声は『きょ』で終わった。


 ―――『きょ』って何だよ、『きょ』って!


 今日からオスが帰って来るまで、僕が学園まで送迎するから、そう言うつもりだったのに。


 焦ったゼンは、その後さらに言葉を重ねようとするも、結局はカタコトで終わった。


 だが、ここでめげてはいられない。
 時は有限、ヒロインの登場は近い。ゼンは何としても、エティエンヌに自分は味方である事を証明しなければならない。


 ―――僕が好きなのはエチで、ヒロインじゃない。僕は絶対にヒロインなんかに惑わされない。


 練習量をさらに増やし、鏡の前で笑う訓練もさらに念入りに行い、エティエンヌに嫌がられても馬車で学園まで送り迎えを続け。



 そうして、遂に光の柱が立った時、ゼンは一目散にエティエンヌのいる教室へと走った。


 ―――大丈夫、僕がいる。僕がエチを守るから。


 そう言いたくて、でもやっぱり何も言えなかったけれど、気持ちを込めて抱きしめた。


 なのにどうだろう。


 数週間もしないうちに、事態は急展開を迎えた。


 王太子オスニエルや、第二王子シルヴェスタ、宰相の子息であるゼンたちを籠絡するというヒロインは実は男で、ヒロインになるよう母親に強制された被害者だと判明した。


 エルドリッジ国王の計画では、神殿に押し込めたまま、大神官たちごと粛清する筈が、いつの間にか王城に保護され、エティエンヌと仲良くなっているではないか。


 しかも、エティエンヌがつけたという(間違い)新しい名前までもらっているのだ。


 ―――なんとか、なんとかしなければ。


 自分がヒロインに籠絡されなければいいという話では最早ない。

 男と判明したヒロイン改めトーラオが、エティエンヌを好きになってしまうかもしれないのだ。


 ―――いや、絶対に好きになる。好きにならない筈がない。

 なにしろエチは、普段は強気なのに妙に打たれ弱いところがあってそのギャップがたまらなく可愛いし、会話も上手で気配りも出来る上にユーモアのセンスもあるし、優しいし、笑顔が魅力的だし、負けず嫌いの努力家だし、可愛いし可愛いし、とにかく可愛いし!



 そう思ってオスニエルの執務室に突撃すれば、国王陛下に話せと言われてしまった。


 ―――冷静に考えれば、当たり前の事だった。


 勢いを失ったゼンは、とぼとぼと、それでもやっぱり言われた通りにエルドリッジの執務室へと向かっていた。


 側近でもないし、仕事の用事で行く訳でもない。

 だから、すんなり会って話せる筈もないのに、今のゼンはそんな事も思いつかない。


 でも、ゼンは後で知る事になる。


 トーラオの事で、色々と思い悩む羽目に陥っているのは、なにもゼン一人ではなかったと。


 ゼンが相談に行こうとしている国王エルドリッジその人もまた、結構なダメージを受けている一人である事を。


 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む

むとうみつき
恋愛
「お父様、どうかアラン王太子殿下との婚約を解消してください」 ローゼリアは、公爵である父にそう告げる。 「わたくしは王太子殿下に全く信頼されなくなってしまったのです」 その頃王太子のアランは、婚約者である公爵令嬢ローゼリアの悪事の証拠を見つけるため調査を始めた…。 初めての作品です。 どうぞよろしくお願いします。 本編12話、番外編3話、全15話で完結します。 カクヨムにも投稿しています。

処理中です...