私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

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第六章 続編のヒロイン来たる

再生のトーラオ

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「別になんでもいいんだよ。ジュジュが考えてくれるやつなら」

「あのね、七彩なないろくん。その言い方はね、相手を尊重してるようで、実はただの丸投げと言うのよ」

「え、そうなの? ジュジュ、エチの言ってることは本当?」

「え? ええと、そうですね。まあ、確かに『なんでもいい』と言われると、ちょっと困ってしまうかも・・・」

「ええっ、じゃあなんでもよくないから、ちゃんと考えたやつで」

「いやいや、七彩くん。それもまた別の丸投げだから」

「ええ~っ? エチって厳しくない?」




 ―――神殿内の大掃除が終わり、失脚した大神官アンゲナスに代わり、平神官だったアムナスハルトが臨時で仮の大神官に就任してから3週間。


 王城に移った七彩は、すっかり男の子の七彩くんとして馴染んでいた。


 続編にいない登場人物としてまず最初に信用を置いたジュヌヴィエーヌと七彩が仲良くなったのは自然な流れだったかもしれないが、何故かもう1人、エティエンヌがまるで親友のような近い立ち位置にすっぽりと収まった。

 転生者と転移者として、日本という同じバックグラウンドがあるせいなのか、どちらかというとエティエンヌの方が積極的に七彩と交流を図り、元ヒロインと元悪役令嬢だというのに、あっという間にタメ口で話す仲になった。



 実母により、これまで他者との接触を制限されて育った七彩は、同年代との交流にすっかり舞い上がったようだ。時間を見つけては、ジュヌヴィエーヌとエティエンヌのところに押しかけ、一緒に過ごしている。


 そして今、3人が話題にしているのは、七彩の名前のことだ。

 まるで呪いのように実母の妹の書いた小説のヒロインの名前を、男であるにも関わらずつけられてしまった七彩は、前に約束した通り、改名を考えていた。加えて、誰も―――転生者であるエティエンヌ以外―――七彩の名前を正確に発音できないという点もあった。


 改名への期待は高いくせに丸投げする七彩に、エティエンヌが言った。


「そもそも七彩くんって、違う名前だったらなぁ、なんて想像したことないの?」

「あ、それは勿論あるよ」

「あるんですか? ではそれにしたらどうでしょう」


 名前は大事だ。ジュヌヴィエーヌも協力するのにやぶさかではないが、本人が望む名ならなお良い筈。そう思ったジュヌヴィエーヌが七彩に問うと。


虎雄とらおとか、獅子之介ししのすけとか、熊吉くまきちとか、龍蔵りゅうぞうとか・・・」

「古っ! しかもいかめしいっ! 江戸時代じゃないんだから」

「え~? いい名前じゃん、勝手に女にされちゃったから、男らしい名前に憧れるんだよね」


 つらつらと挙げた名前に、すぐツッコミを入れたのはエティエンヌ。意味が分からないジュヌヴィエーヌは、不思議な音の羅列にきょとんと目を丸くした。


「私はあちらの世界の名前についてはよく分かりませんが・・・ひとつ、トーラオと聞こえた気がしました。確か、古代エリシファ語でも同じ言葉があって、『再生』を意味するのですけれど」

「あらまあ」

「再生・・・再び生きる・・・」


 控え目に説明するジュヌヴィエーヌを前に、エティエンヌと七彩が視線を合わせ、うん、と頷き合った。


「ジュジュ、私・・・いや僕、新しい名前、それにしたい」

「私もいいと思う。七彩くんは、これからこっちの世界で新しく生き直すんだもの。再生のトーラオ、ぴったりだわ」


 すっかり乗り気の2人に、逆に慌てたのはジュヌヴィエーヌだ。


「でも、もう少し候補を出してから選んだ方が・・・」

「本人が考えてた名前とも似てるし、ね、いいわよね? トーラオ」

「うん、すごく気に入ったよ。ありがとう、ジュジュ」


 真顔で感謝の言葉を述べる七彩、いやトーラオに、ジュヌヴィエーヌが恥ずかしそうに頷きを返した。


「じゃあ」と立ち上がったのはエティエンヌ。


「お父さまたちにも報告に行かないとね。これから七彩はトーラオって名前になりますって」


 嬉しそうに笑うトーラオ。そして同じく嬉しそうなエティエンヌ。


 そんな2人に釣られて、ジュヌヴィエーヌもまた笑みを溢した。



 ―――この時はまだ、エティエンヌがこんなにもトーラオを気にかける理由が、ジュヌヴィエーヌには分かっていなかった。










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