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第四章 恋のつぼみ
秘密の動力源
しおりを挟むエルドリッジに肩を抱かれたまま、シルヴェスタは最後には眠ってしまった。
緊張の糸が切れたのか、連日の調べものでろくに睡眠が取れていなかったのか、恐らくはそのどちらもだろう、エルドリッジはそのまま彼を抱き上げ、自分の寝室に運んだ。
シルヴェスタは、朝になって父の前で寝こけた失態を詫びるも、エルドリッジは謝るところはそこではないと指摘した。
「どうやってジュジュから聞き出した?」
「・・・泣き落とし、ました」
小さな声でシルヴェスタは答えた。
心の内に抱えていたものを父に吐き出し、冷静さを取り戻したシルヴェスタは、今となっては自分の勢い任せの行動を恥じていた。
「人の好さにつけ込む様な行動は、以後謹むように」
「はい」
「・・・八方塞がりに思える時は、今度は真っ先に僕を頼りなさい」
「・・・はい」
シルヴェスタは涙目で頷き、部屋を後にした。
「すまなかった」
次にエルドリッジが話したのはジュヌヴィエーヌだ。
「シルから聞いたよ。無理を言って聞き出したそうだね」
部屋に入るなりの謝罪に、ジュヌヴィエーヌは目を瞬かせたが、続く言葉で腑に落ちた様だ。緩く首を左右に振った。
「勝手にお話してしまい、こちらこそ申し訳ありませんでした。本当は、『迷いの森』の魔女に関する情報だけにしようと思ったのですが・・・」
必死すぎる故に働いた勘だったのか、シルヴェスタはまだ隠された情報があると感じ取り、『アデ花』対策にどうしても必要なんだと泣いて頼んだ。王子なのに、頭を深く何度も下げるまでして。
ジュヌヴィエーヌ自身が物語のあらすじから救われた身、そして救ってくれたのは目の前で頭を下げるシルヴェスタの父だ。
その彼に続編対策だと言われてしまえば、それ以上隠す気にはなれなかった。
「ジュジュ、君がとても優しい子だという事は知っている。だけど、魔女の秘薬の件は、今後は僕に任せてほしい」
「・・・分かりました」
「秘薬に関する情報だけ秘してくれればいい。マルセリオは、魔女や魔法使いに関する伝承が今も根強く残っている国だ。何も知らないと言えば、却って不自然になるからね」
謝られ、注意事項を告げられただけ。
勝手に打ち明けた事を、エルドリッジは怒ったりはしなかった。
だが、まずエルドリッジに相談に行くべきだったと反省したジュヌヴィエーヌは、その後しばらく落ち込んでしまう。
そんなジュヌヴィエーヌを温室に誘ったのが、ルシアンとエティエンヌだった。
王城の庭の奥にある大きなガラス張りの温室では、庭師が丹精した美しい花々が季節を問わず咲き誇っている。
それら全てを歩いて見て回ろうとすれば、悠に半日はかかるだろう。それくらいこの温室の規模は大きく、花の種類は多く、見ごたえがある。
中央と東と西のそれぞれに、座って足を休める場所も確保されており、望めばいつでも花を愛でながらお茶を楽しめる仕様になっていた。
午後の教育を終えたルシアンとエティエンヌは、この数日浮かない顔のジュヌヴィエーヌを心配して、温室でのお茶に誘ったのだ。
すると暫くして、そこにエルドリッジが姿を現す。
「お父さまだ!」
父の姿を認め、真っ先に走って行ったのは末子ルシアンだった。
ジュヌヴィエーヌのお陰で、ルシアンの寂しがりもだいぶ治まってはきたものの、普段なかなか政務でゆっくり時間が取れない父の顔を見ては、興奮もしようというもの。
エルドリッジは駆け寄るルシアンを危なげなく受け止め、両手で軽々と持ち上げる。
そしてその場でくるくると回ってやる。
「まあ、お父さまがここに来られるなんて珍しいこと」
きゃあきゃあと声を上げて喜ぶルシアンに、エティエンヌも、そしてジュヌヴィエーヌも頬を緩ませた。
「エルドリッジさま。あの、よろしかったらお茶をご一緒されませんか」
おずおずとジュヌヴィエーヌが勧めれば、エルドリッジは頷き、隣の席に腰を下ろした。
追加の茶の用意を整えた侍女たちが下がると、色とりどりの花に囲まれた美しくも穏やかな空間で、家族のお茶会が始まった。
だが忙しいエルドリッジが同席できたのは10分程度。
その後、侍従が呼びに来てエルドリッジは執務室へと戻って行った。
温室を出たエルドリッジが執務棟へとつながる回廊を進むところを、近くを通りかかったオスニエルが偶然見かけていた。
普段は決して見ない場所での父の姿。
不思議に思ったオスニエルだが、後でエティエンヌと話している時に、温室に行った帰りだと知る。
「何か緊急の用事でも?」
心配するオスニエルに、エティエンヌは緩く首を左右に振った。
「大した用はなかったと思うわ。10分くらいでお仕事に戻られたし、私やルシーがジュジュさまがお喋りするのを、ただニコニコと眺めてただけよ」
「眺めてただけ?」
「そうよ」
「・・・それは・・・ああ、そうか」
納得した様に頷いた兄を見て、エティエンヌは不思議そうに首を傾げる。
「何か意味があるの?」
「いや、意味があるというか、気持ちが分かるっていうか。たぶん、お前たちの笑った顔が見たくなっただけだと思う」
「私たちの笑った顔? ふふっ、お兄さまったら面白いこと言うのね」
冗談ではなかったのだが。
そう思いつつ、オスニエルもまた曖昧に笑った。
オスニエルもまた、エルドリッジと同じで自分の弱いところを見せるのを嫌う。
理由など、説明できる筈もない。
きっと『アデ花』について知る誰もが、あらすじの描く未来に怯えている。
だから時々、抗い続ける為の力が欲しくなる。
そして、守りたい人の笑顔がその力となるのだ。
自分がそうだからきっと父もそうだなんて、意地っ張りのオスニエルは口が裂けても言えないのだけれど。
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