私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

文字の大きさ
上 下
37 / 99
第四章 恋のつぼみ

秘密の動力源

しおりを挟む


エルドリッジに肩を抱かれたまま、シルヴェスタは最後には眠ってしまった。

緊張の糸が切れたのか、連日の調べものでろくに睡眠が取れていなかったのか、恐らくはそのどちらもだろう、エルドリッジはそのまま彼を抱き上げ、自分の寝室に運んだ。


シルヴェスタは、朝になって父の前で寝こけた失態を詫びるも、エルドリッジは謝るところはそこではないと指摘した。


「どうやってジュジュから聞き出した?」

「・・・泣き落とし、ました」


小さな声でシルヴェスタは答えた。


心の内に抱えていたものを父に吐き出し、冷静さを取り戻したシルヴェスタは、今となっては自分の勢い任せの行動を恥じていた。


「人の好さにつけ込む様な行動は、以後謹むように」

「はい」

「・・・八方塞がりに思える時は、今度は真っ先に僕を頼りなさい」

「・・・はい」


シルヴェスタは涙目で頷き、部屋を後にした。






「すまなかった」


次にエルドリッジが話したのはジュヌヴィエーヌだ。


「シルから聞いたよ。無理を言って聞き出したそうだね」


部屋に入るなりの謝罪に、ジュヌヴィエーヌは目を瞬かせたが、続く言葉で腑に落ちた様だ。緩く首を左右に振った。


「勝手にお話してしまい、こちらこそ申し訳ありませんでした。本当は、『迷いの森』の魔女に関する情報だけにしようと思ったのですが・・・」


必死すぎる故に働いた勘だったのか、シルヴェスタはまだ隠された情報があると感じ取り、『アデ花』対策にどうしても必要なんだと泣いて頼んだ。王子なのに、頭を深く何度も下げるまでして。


ジュヌヴィエーヌ自身が物語のあらすじから救われた身、そして救ってくれたのは目の前で頭を下げるシルヴェスタの父だ。
その彼に続編対策だと言われてしまえば、それ以上隠す気にはなれなかった。


「ジュジュ、君がとても優しい子だという事は知っている。だけど、魔女の秘薬の件は、今後は僕に任せてほしい」

「・・・分かりました」

「秘薬に関する情報だけ秘してくれればいい。マルセリオは、魔女や魔法使いに関する伝承が今も根強く残っている国だ。何も知らないと言えば、却って不自然になるからね」



謝られ、注意事項を告げられただけ。

勝手に打ち明けた事を、エルドリッジは怒ったりはしなかった。

だが、まずエルドリッジに相談に行くべきだったと反省したジュヌヴィエーヌは、その後しばらく落ち込んでしまう。






そんなジュヌヴィエーヌを温室に誘ったのが、ルシアンとエティエンヌだった。


王城の庭の奥にある大きなガラス張りの温室では、庭師が丹精した美しい花々が季節を問わず咲き誇っている。

それら全てを歩いて見て回ろうとすれば、悠に半日はかかるだろう。それくらいこの温室の規模は大きく、花の種類は多く、見ごたえがある。

中央と東と西のそれぞれに、座って足を休める場所も確保されており、望めばいつでも花を愛でながらお茶を楽しめる仕様になっていた。


午後の教育を終えたルシアンとエティエンヌは、この数日浮かない顔のジュヌヴィエーヌを心配して、温室でのお茶に誘ったのだ。


すると暫くして、そこにエルドリッジが姿を現す。


「お父さまだ!」


父の姿を認め、真っ先に走って行ったのは末子ルシアンだった。

ジュヌヴィエーヌのお陰で、ルシアンの寂しがりもだいぶ治まってはきたものの、普段なかなか政務でゆっくり時間が取れない父の顔を見ては、興奮もしようというもの。

エルドリッジは駆け寄るルシアンを危なげなく受け止め、両手で軽々と持ち上げる。
そしてその場でくるくると回ってやる。


「まあ、お父さまがここに来られるなんて珍しいこと」


きゃあきゃあと声を上げて喜ぶルシアンに、エティエンヌも、そしてジュヌヴィエーヌも頬を緩ませた。


「エルドリッジさま。あの、よろしかったらお茶をご一緒されませんか」


おずおずとジュヌヴィエーヌが勧めれば、エルドリッジは頷き、隣の席に腰を下ろした。


追加の茶の用意を整えた侍女たちが下がると、色とりどりの花に囲まれた美しくも穏やかな空間で、家族のお茶会が始まった。


だが忙しいエルドリッジが同席できたのは10分程度。
その後、侍従が呼びに来てエルドリッジは執務室へと戻って行った。


温室を出たエルドリッジが執務棟へとつながる回廊を進むところを、近くを通りかかったオスニエルが偶然見かけていた。

普段は決して見ない場所での父の姿。
不思議に思ったオスニエルだが、後でエティエンヌと話している時に、温室に行った帰りだと知る。


「何か緊急の用事でも?」


心配するオスニエルに、エティエンヌは緩く首を左右に振った。


「大した用はなかったと思うわ。10分くらいでお仕事に戻られたし、私やルシーがジュジュさまがお喋りするのを、ただニコニコと眺めてただけよ」

「眺めてただけ?」

「そうよ」

「・・・それは・・・ああ、そうか」


納得した様に頷いた兄を見て、エティエンヌは不思議そうに首を傾げる。


「何か意味があるの?」

「いや、意味があるというか、気持ちが分かるっていうか。たぶん、お前たちの笑った顔が見たくなっただけだと思う」

「私たちの笑った顔? ふふっ、お兄さまったら面白いこと言うのね」


冗談ではなかったのだが。


そう思いつつ、オスニエルもまた曖昧に笑った。
オスニエルもまた、エルドリッジと同じで自分の弱いところを見せるのを嫌う。
理由など、説明できる筈もない。


きっと『アデ花』について知る誰もが、あらすじの描く未来に怯えている。


だから時々、抗い続ける為の力が欲しくなる。


そして、守りたい人の笑顔がその力となるのだ。


自分がそうだからきっと父もそうだなんて、意地っ張りのオスニエルは口が裂けても言えないのだけれど。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

【完結】「幼馴染を敬愛する婚約者様、そんなに幼馴染を優先したいならお好きにどうぞ。ただし私との婚約を解消してからにして下さいね」

まほりろ
恋愛
婚約者のベン様は幼馴染で公爵令嬢のアリッサ様に呼び出されるとアリッサ様の元に行ってしまう。 お茶会や誕生日パーティや婚約記念日や学園のパーティや王家主催のパーティでも、それは変わらない。 いくらアリッサ様がもうすぐ隣国の公爵家に嫁ぐ身で、心身が不安定な状態だといってもやりすぎだわ。 そんなある日ベン様から、 「俺はアリッサについて隣国に行く!  お前は親が決めた婚約者だから仕方ないから結婚してやる!  結婚後は侯爵家のことはお前が一人で切り盛りしろ!  年に一回帰国して子作りはしてやるからありがたく思え!」 と言われました。 今まで色々と我慢してきましたがこの言葉が決定打となり、この瞬間私はベン様との婚約解消を決意したのです。 ベン様は好きなだけ幼馴染のアリッサ様の側にいてください、ただし私の婚約を解消したあとでですが。 ベン様も地味な私の顔を見なくてスッキリするでしょう。 なのに婚約解消した翌日ベン様が迫ってきて……。 私に婚約解消されたから、侯爵家の後継ぎから外された? 卒業後に実家から勘当される? アリッサ様に「平民になった幼馴染がいるなんて他人に知られたくないの。二度と会いに来ないで!」と言われた? 私と再度婚約して侯爵家の後継者の座に戻りたい? そんなこと今さら言われても知りません! ※他サイトにも投稿しています。 ※百合っぽく見えますが百合要素はありません。 ※加筆修正しました。2024年7月11日 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 2022年5月4日、小説家になろうで日間総合6位まで上がった作品です。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

利用されるだけの人生に、さよならを。

ふまさ
恋愛
 公爵令嬢のアラーナは、婚約者である第一王子のエイベルと、実妹のアヴリルの不貞行為を目撃してしまう。けれど二人は悪びれるどころか、平然としている。どころか二人の仲は、アラーナの両親も承知していた。  アラーナの努力は、全てアヴリルのためだった。それを理解してしまったアラーナは、糸が切れたように、頑張れなくなってしまう。でも、頑張れないアラーナに、居場所はない。  アラーナは自害を決意し、実行する。だが、それを知った家族の反応は、残酷なものだった。  ──しかし。  運命の歯車は確実に、ゆっくりと、狂っていく。

処理中です...