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第三章 もう一人の悪役令嬢
今度は、私が
しおりを挟む「改めまして。もう一人の悪役令嬢、エティエンヌ・ジューヴ・アデラハイムです。どうぞよろしく」
翌日、朝食後に部屋に訪ねて来たジュヌヴィエーヌに向かって、エティエンヌはそう言ってカーテシーをした。
ジュヌヴィエーヌのアメジストの瞳から、ぽろりぽろりと透明な雫がこぼれ始める。
「えっ、やだ、ジュジュさま、泣かないで」
エティエンヌの焦った声が頭上から落ちてくる。
困らせるつもりなどなかったのに、こぼれ落ちる涙はなかなか止まらず、ジュヌヴィエーヌはポケットからハンカチを取り出し、目元に押し当てた。
だってショックだったのだ。
ジュヌヴィエーヌの方が2歳も年上なのに。
今日から義理とはいえ母親になるのに。
知らないうちからずっと、エティエンヌのお陰で守られていたなんて。
―――昨夜、あの二人きりでの話合いの最後に、エルドリッジはこう言ったのだ。
『エチがね、そんなに言うのなら、まずは一人目の悪役令嬢を助け出してみせろって』
ジュヌヴィエーヌが飲もうとした恋の秘薬を元の小瓶に戻し入れながら。
少し遠い目で、記憶をなぞる様にして、エルドリッジはそう言った。
『もしそれが出来たら、まだなんの方法も思いついてなくても、僕のことを信用してくれるってさ』
それからエルドリッジは、宰相にも同席してもらい、内務、外務大臣にも『アデ花』と『マル花』の話を打ち明け、説得後に協力を要請した。
それら大臣たちの力を借り、エルドリッジはマルセリオ王国の外務大臣ケイダリオン・ハイゼン、つまりジュヌヴィエーヌの父親と、他国での会議にかこつけて非公式に会った。
そこで『マル花』についての情報を一つ二つ伝えてみたものの、当然ケイダリオンの反応は芳しくなかった。
と言うか、かなりの疑いの目で見られた。
もしかしたら頭がおかしい人と思われたかもしれない。
それで諦める訳にはいかなかったが、エルドリッジもケイダリオンも、国が違う上に立場の違いもある、そう簡単に何度も会える相手ではない。
だから、エルドリッジはマリアンヌの情報だけをケイダリオンに渡してみる事にした。
まだファルム男爵家に引き取られる前、けれど恐らくはこれから半年以内に彼女は引き取られ、その後王立学園に編入するであろう事を。
その後、エルドリッジはケイダリオンからの連絡をひたすら待った。
これ以上、こちらから動いても逆効果だと考えたからだ。
やがて、マルセリオ国でエルドリッジが告げた通りの事が起き始める。
それから、告げていなかった事も。
そう、マリアンヌは王太子ファビアンと恋仲になったのだ。
その頃だった。
ケイダリオンから密かに連絡が来たのは―――
「エルドリッジさまからお聞きしました。私・・・エティエンヌさまに、なんてお礼を言ったらいいのか・・・」
「お礼なんて。願掛けのつもりで頼んだだけよ。だってお父さまったら、方法も思いつかないくせに、全然諦めようとしないんだもの」
ジュヌヴィエーヌは涙を吸い込んだハンカチをポケットにしまうと、目の前で困り顔で立つエティエンヌの腰にそっと腕を回し、抱きついた。
「え? ジュジュさま?」
驚くエティエンヌに、ジュヌヴィエーヌは言う。
「助けて、いただきました」
「・・・っ」
「私は、確かにエルドリッジさまに助けていただきました。私はもう、悪役令嬢ではありません。エティエンヌさま・・・本当にありがとうございます」
ジュヌヴィエーヌはやっと理解したのだ。
アデラハイムの王城に到着した最初の日、エティエンヌから告げられた言葉の意味を。
『ストーリーからの脱出おめでとう! もうこれで安心よ!』
あの時は意味も分からず、ろくな答えが出来なかった。
―――けれど今は。
「エティエンヌさま」
2歳も年下の、今日から義理の娘となる女の子の腰に、椅子に座ったまま抱きついていたジュヌヴィエーヌは、そっと視線を上げた。
「次はエティエンヌさまが、役からぬける番です」
そう。
何が出来る訳でもないけれど、どんな時もジュヌヴィエーヌはエティエンヌの味方でいたい。
そして、いつかその時が来たら、今度はジュヌヴィエーヌが「もう安心ね」と声をかけてあげるのだ。
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