私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

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第二章 あなたは悪役令嬢でした

明かされる思惑

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「なるほどね、魔女の惚れ薬か」


エルドリッジは、空の小瓶を手のひらの上で転がしながら、感心した様に呟いた。


ジュヌヴィエーヌが母国で魔女と接触した事は聞いていた。
共に森に行った護衛たちからの報告が当然ケイダリオンに上がっていたし、ケイダリオンはもちろんエルドリッジに連絡していたから。


「でもね、普通は惚れ薬って、相手に飲ませるものだよ?」


目の前で項垂れるジュヌヴィエーヌに、エルドリッジは笑いを堪えながらそう言った。


そう。

どっち?というエルドリッジの問いに、ジュヌヴィエーヌは手前の―――自分の側のグラスを指した。 

嘘でも誤魔化しでもなく、本当に、真実に。

ジュヌヴィエーヌは自分のグラスに、魔女の秘薬を入れていたから。








「・・・私はファビアンさまから婚約を解消されました」

「うん」

「悔しさや悲しさも感じましたし、絶望もしました。ですが、なにより思ってしまったのです。仕方ない、と」


頬杖をつき、黙ったまま、エルドリッジは頷いて続きを促す。


「私はファビアンさまが苦手でした。でも、この婚約に私個人の感情など必要ないと思っていたので、彼を愛する努力をしませんでした。なんとか気に入られようと、その方向での努力はしましたが」


結局、真実の愛の前では無意味でした、とジュヌヴィエーヌは力なく微笑む。


「こんな私が選ばれないのは当然なのです。けれど次の縁談が決まってしまった。怖くなったのです。義務感でしか相手に尽くせない私では、きっとまた同じことになる。ならば、どんな方でも愛せるようにと、そう思ったのです」


ジュヌヴィエーヌは、視線を膝の上で握り締める両手に落としたまま続けた。


「夫となる方に愛されなくても、私が愛するなら、私さえ愛しているなら、きっとこの先も頑張れる。そう思って・・・だから」

「なるほど。言いたい事は分かった」


ことり、とエルドリッジが空の小瓶をテーブルの上に置く。


「よく頑張ったね。辛かったろうに」


叱責が飛ぶ、あるいはすぐに罰を言い渡される、そう思っていたのだろう。
反射的に跳ねたジュヌヴィエーヌの細い肩は、けれどその後の頭を撫でられる感覚に、今度は戸惑いで揺れる。


「僕はね」


なでなでと、髪の乱れも気にせずにジュヌヴィエーヌの頭を撫でながら、エルドリッジは唐突に話題を変えた。


「君に恋をしてもらいたいと思ってるんだよ」

「・・・でしたら魔女の薬で」

「いやいや、そうじゃなくてさ」


どうやら初恋もまだらしい生真面目な16歳の少女に、エルドリッジは諭す様な口調で続ける。


「思う人と愛し愛される関係になってほしいってこと。もちろん、君の気持ちだけで何とかなるものではないし、妻帯者とか婚約者がいる男は相手として許可できないけど」

「・・・」

「惚れ薬なしの君自身の気持ちで、好きな人を見つけてほしい。君にとって、恋こそが妙薬だろうから」


ジュヌヴィエーヌは言われた事を正確に理解しようと考え込む。

けれど浮かんだ結論は、自分が置かれた状況からは『あり得ない』もの。


だって、その言い方ではまるで。


「・・・恋は、エルドリッジさまとではないのですか?」


ジュヌヴィエーヌはこの国に、エルドリッジの側妃になる為に来た筈だ。


だがエルドリッジは緩く首を振る。

縦ではなく横に。

苦笑しながら。


「20以上、年の離れたおじさんじゃ役不足さ」

「・・・でも、私は側妃になるのでは」

「あれは、この国に君を呼ぶ手段だったんだ」

「え?」


ジュヌヴィエーヌの頭を撫でる手が離れ、エルドリッジは彼女の前に膝をつく。

トパーズの瞳に見つめられ、ジュヌヴィエーヌは気まずさからか、微かに身じろいだ。


「君はあの国にいてはいけなかった。誰と婚約しても、恐らくは結婚した後も、いずれ王家に取られていただろうから」

「・・・っ」

「マルセリオではそれが可能だ。知らないかな、法令に王家の特例条項があるんだよ」


エルドリッジの真剣な眼差しがジュヌヴィエーヌを射抜く。


「けど、他国に嫁げばそれも簡単に行使出来なくなる。嫁いだ相手が王家の人間なら尚更ね。だから僕は、君を側妃にとマルセリオ側に伝えた。時期的に良かったんだろうね、わりとすんなり受けてもらえたよ」


エルドリッジはジュヌヴィエーヌの手をぎゅっと握る。


「大事なのはここからだよ、ジュヌヴィエーヌ嬢。いいかい? 僕と君とは白い結婚になる」

「白い、結婚・・・」

「そうだよ。君の大切なものは、本当に愛する人と結ばれる時の為に取っておいて。
その時が来たら、僕は下賜という形で、君を、君が愛する人のもとに嫁がせてあげる。もちろん、君が清い身であると公にしてね」

「エルドリッジさま・・・」


どうしてそこまでしてくれるのか、そんな疑問が顔に出ていたのだろう。エルドリッジは再び口を開く。


「善人面をしたい訳じゃない。僕がこの件に絡んだのには別の思惑があるんだ」


ひとつ間をおいて、エルドリッジは続けた。


「エチも、悪役令嬢という役を当てられているんだ」






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