16 / 99
第二章 あなたは悪役令嬢でした
どっち
しおりを挟む「じゃあ、まずはあっちの居室の方に移動しようか。君はソファの方に座るといい。僕は椅子を使うから」
受け取った上着の前合わせをしっかり留めた事を確認してから、エルドリッジはジュヌヴィエーヌに手を差し出して立ち上がるよう促した。
たぶんまだ状況を把握できていないジュヌヴィエーヌは、少し迷った後に戸惑うように手を伸ばす。
エルドリッジはその手を優しく、しかししっかりと掴み、そのまま隣の部屋へと案内した。
ジュヌヴィエーヌが身に着けていた夜衣は、侍女が吟味に吟味を重ねて選んだベビードール。
当然、透け感はあるし丈もかなり短い。
裾や胸元にレースやフリルがふんだんにあしらわれ、色っぽさも可愛らしさもあるデザインに、即座に上着をかぶせたのは英断だったとエルドリッジは心の中で自分を褒めた。
「はい、ここに座って」
ローテーブルの前にあるソファを示すと、ジュヌヴィエーヌは大人しくちょこんと座った。
その姿を改めて確認し、エルドリッジは再度悩む。
エルドリッジの背は高く、故に渡した上着もだいぶ大きく。
女性の中では平均的な身長であろうジュヌヴィエーヌは、エルドリッジの上着にすっぽり包まれ、立っていた時は膝上くらいまで隠せていた。
まあ、それはそれで目の毒なのはこの際置いておいて。
問題はこの場合、また別なところにある。
・・・座るとちょっと上着の裾が上がっちゃうんだよね。
だがここで、侍女を呼んで服を持って来させるという選択肢はない。
エルドリッジとジュヌヴィエーヌの婚姻の内情を知るのは限られた者たちのみ。
名ばかりの側妃と知られてはいけないのだ。今はまだ。
何か足を隠すもの、と視線を巡らせて、エルドリッジは寝室の、ベッドの隅に置かれていた彼女のガウンに気がつく。
もともと着ていたものなら丁度いい、とエルドリッジの足は再び寝室へと向かった。
早くあのけしからん太ももを何とかしなければ、そう思い足を速めた先、エルドリッジの視界にベッド横のサイドテーブルに乗っているものが入り込んだ。
飲み物の入った瓶と、既に中身を注いだらしいグラス二つ。
・・・今さらお茶も用意できないし。
アルコールならば常備しているが、ジュヌヴィエーヌがあの格好をしている状況で飲むのは憚られた。
ただでさえ色々と試されて大変なのに、これ以上、自分の理性を無駄に刺激したくない。
ガウンを手に取るより先に、サイドテーブルの上の瓶を取り上げ、アルコールかどうかを匂いで確認。
フルーティな香りはするが、ただそれだけ。柑橘系の果実水だ。
ならばこれで、と判断し、エルドリッジはグラスにも手を伸ばす。
背後で、ジュヌヴィエーヌが息を呑んだ事には気づかずに。
「飲み物はこれでいいかな。まだ口をつけてないみたいだから、このままそっちに持っ・・・」
「っ、いえ、私が!」
場違いなほどに大きな声でジュヌヴィエーヌが遮る。自然、グラスに伸ばしていたエルドリッジの手も止まって。
振り返れば、ソファに座っていた筈のジュヌヴィエーヌが慌てた様子で立ち上がっている。
「・・・ジュヌヴィエーヌ嬢?」
「私が、私がお運びしますので・・・っ!」
ジュヌヴィエーヌはエルドリッジの側に小走りで近寄り、急いでグラスを二つ手に取る。
その顔は強張り、グラスを持つ手も微かに震えていて。
「・・・」
その様子をじっと見つめていたエルドリッジは、ベッドの上にあったガウンを手に取り、何かに気づいたように目を見開き。
そのままワードローブに向かい適当に服を一枚取り出してから、再び居室に戻った。
新しく取り出した方の服をジュヌヴィエーヌの足元にかけ、彼自身は引っ張り出した椅子に座る。
拾い上げた彼女のガウンはその手に持ったまま。
「事情を説明すると言ったけど、まず先に聞きたい事があるんだ・・・いいかな?」
ジュヌヴィエーヌはその問いに顔を上げ、大きく息を呑む。
それは、エルドリッジのトパーズ色の目が、まっすぐに彼女を見つめていたからではなく。
そうではなく、彼の右の手のひらに。
「どっちのグラスに入れたんだい?」
ガウンのポケットに隠しておいた空の小瓶を、彼が手のひらの上に乗せていたから。
92
お気に入りに追加
1,661
あなたにおすすめの小説
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
【完結】「幼馴染を敬愛する婚約者様、そんなに幼馴染を優先したいならお好きにどうぞ。ただし私との婚約を解消してからにして下さいね」
まほりろ
恋愛
婚約者のベン様は幼馴染で公爵令嬢のアリッサ様に呼び出されるとアリッサ様の元に行ってしまう。
お茶会や誕生日パーティや婚約記念日や学園のパーティや王家主催のパーティでも、それは変わらない。
いくらアリッサ様がもうすぐ隣国の公爵家に嫁ぐ身で、心身が不安定な状態だといってもやりすぎだわ。
そんなある日ベン様から、
「俺はアリッサについて隣国に行く!
お前は親が決めた婚約者だから仕方ないから結婚してやる!
結婚後は侯爵家のことはお前が一人で切り盛りしろ!
年に一回帰国して子作りはしてやるからありがたく思え!」
と言われました。
今まで色々と我慢してきましたがこの言葉が決定打となり、この瞬間私はベン様との婚約解消を決意したのです。
ベン様は好きなだけ幼馴染のアリッサ様の側にいてください、ただし私の婚約を解消したあとでですが。
ベン様も地味な私の顔を見なくてスッキリするでしょう。
なのに婚約解消した翌日ベン様が迫ってきて……。
私に婚約解消されたから、侯爵家の後継ぎから外された?
卒業後に実家から勘当される?
アリッサ様に「平民になった幼馴染がいるなんて他人に知られたくないの。二度と会いに来ないで!」と言われた?
私と再度婚約して侯爵家の後継者の座に戻りたい?
そんなこと今さら言われても知りません!
※他サイトにも投稿しています。
※百合っぽく見えますが百合要素はありません。
※加筆修正しました。2024年7月11日
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
2022年5月4日、小説家になろうで日間総合6位まで上がった作品です。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!
さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」
「はい、愛しています」
「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」
「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」
「え……?」
「さようなら、どうかお元気で」
愛しているから身を引きます。
*全22話【執筆済み】です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/09/12
※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください!
2021/09/20
利用されるだけの人生に、さよならを。
ふまさ
恋愛
公爵令嬢のアラーナは、婚約者である第一王子のエイベルと、実妹のアヴリルの不貞行為を目撃してしまう。けれど二人は悪びれるどころか、平然としている。どころか二人の仲は、アラーナの両親も承知していた。
アラーナの努力は、全てアヴリルのためだった。それを理解してしまったアラーナは、糸が切れたように、頑張れなくなってしまう。でも、頑張れないアラーナに、居場所はない。
アラーナは自害を決意し、実行する。だが、それを知った家族の反応は、残酷なものだった。
──しかし。
運命の歯車は確実に、ゆっくりと、狂っていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる