3 / 99
第一章 婚約解消、そして出国
潰えぬ不安
しおりを挟むこの国の貴族には、一定の年齢になると王立の学園で教育を受けることが義務付けられている。
定められた期間は3年。
飛び級も認められているし、結婚などの理由で令嬢が中途退学するのもよくある事だ。
ただ、わずかな期間であっても学園への在籍は必須で、それが出来ない場合、貴族として足らない者と見なされてしまう。
貴族の若者たちが切磋琢磨して知識と教養を身に着け、家格を超えて広く人脈を築く場、それが王立学園なのだ。
王太子ファビアンと男爵令嬢のマリアンヌとは同い年で、マリアンヌは第一学年の秋の初めに、編入生として学園に現れ、ファビアンと出会った。
ファルム男爵の庶子だったマリアンヌは、長く母子2人で市井にいたが、母が亡くなってから正式に男爵家に引き取られ、その流れで途中から学園に通う事になった。
マリアンヌが勉学の遅れと出自故に他の令嬢たちから嘲られていたのを、王太子ファビアンが庇った。それが、2人のそもそもの出会いだという。
母親似だという儚げな容姿のマリアンヌは、すぐにファビアンの庇護対象になったらしい。
昼食を共に取り、空き時間は図書室やサロンで過ごし、ファビアンが所属する生徒会でも手伝いと称してマリアンヌを側に置いた。
ファビアンと同級だった宰相の嫡男や騎士団長の次男、魔法保安局長の義息子も、王太子と同様、マリアンヌには非常に好意的だったとか。
よほど濃密な時間を過ごしたのだろう、2年遅れてジュヌヴィエーヌが入学した時、婚約者の隣には常に、ごく自然に寄り添うマリアンヌがいた。
「マリーは授業についていこうといつも一生懸命に頑張っている。大切な友人だから、少しでも力になってやりたい」
そう言われてしまえば、それ以上咎める事は出来なかった。
ジュヌヴィエーヌは、元がもの静かで控えめな性格だ。王太子に真正面から告げられた言葉に否と言える訳がない。
所詮は政略と義務だけで成り立っていた関係、愛を育みつつあると傍目からでも明らかな2人を、ジュヌヴィエーヌ如きが何をもって阻めただろう。
王太子の側近候補の学友たちまでもが、2人の恋を応援しているというのに。
10歳の時から始まっていたジュヌヴィエーヌの王太子妃教育は順調に進んでいた。
けれど、いよいよ内容が王国の機密事項にさしかかるという頃、そう、ジュヌヴィエーヌが学園に入学してふた月ほど経った頃だろうか、教育の進度が緩められた―――というより、授業で扱う内容の順番に変更が加えられた。
機密事項よりも先に、外国語や歴史、マナーなどの復習を命じられたのだ。
教育係やファビアンは、それをジュヌヴィエーヌが優秀だからと言う。「ジュヌヴィエーヌが卒業する年を待って結婚する予定なのだから急ぐ必要はないのだ」と。
けれど、きっとそれだけではなかったのだ。
ファビアンとマリアンヌが学園を卒業するまであとひと月という時期に婚約解消を告げられたのも、恐らく同じ理由だろう。
きっとこれが婚約者の挿げ替えが可能な、最後の、そう、ギリギリのタイミングだったのだ。
・・・ああ、でも私は。
王城から帰る馬車の中、振動に揺られながらジュヌヴィエーヌは思う。
私はこの先、どうしたらいいのだろう。どうなるのだろう。
きっとジュヌヴィエーヌの父はまた縁談を探す。貴族の娘の使い道などそれしかないのだから。
けれど、義務と信頼だけで結ばれた絆はこんなにも脆いと、ジュヌヴィエーヌは知ってしまった。
もしまた新たに他の誰かと婚約を結べたとして、いや、無事に結婚の契りを交わした後でさえ、もしも真実の愛の相手が現れてしまえば、『まがいもの』は価値がないと捨てられるのだ。
―――今日のジュヌヴィエーヌの様に。
98
お気に入りに追加
1,674
あなたにおすすめの小説
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる