私に必要なのは恋の妙薬

冬馬亮

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第一章 婚約解消、そして出国

潰えぬ不安

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この国の貴族には、一定の年齢になると王立の学園で教育を受けることが義務付けられている。

定められた期間は3年。

飛び級も認められているし、結婚などの理由で令嬢が中途退学するのもよくある事だ。
ただ、わずかな期間であっても学園への在籍は必須で、それが出来ない場合、貴族として足らない者と見なされてしまう。


貴族の若者たちが切磋琢磨して知識と教養を身に着け、家格を超えて広く人脈を築く場、それが王立学園なのだ。


王太子ファビアンと男爵令嬢のマリアンヌとは同い年で、マリアンヌは第一学年の秋の初めに、編入生として学園に現れ、ファビアンと出会った。

ファルム男爵の庶子だったマリアンヌは、長く母子2人で市井にいたが、母が亡くなってから正式に男爵家に引き取られ、その流れで途中から学園に通う事になった。

マリアンヌが勉学の遅れと出自故に他の令嬢たちから嘲られていたのを、王太子ファビアンが庇った。それが、2人のそもそもの出会いだという。
母親似だという儚げな容姿のマリアンヌは、すぐにファビアンの庇護対象になったらしい。

昼食を共に取り、空き時間は図書室やサロンで過ごし、ファビアンが所属する生徒会でも手伝いと称してマリアンヌを側に置いた。

ファビアンと同級だった宰相の嫡男や騎士団長の次男、魔法保安局長の義息子も、王太子と同様、マリアンヌには非常に好意的だったとか。


よほど濃密な時間を過ごしたのだろう、2年遅れてジュヌヴィエーヌが入学した時、婚約者の隣には常に、ごく自然に寄り添うマリアンヌがいた。


「マリーは授業についていこうといつも一生懸命に頑張っている。大切な友人だから、少しでも力になってやりたい」


そう言われてしまえば、それ以上咎める事は出来なかった。

ジュヌヴィエーヌは、元がもの静かで控えめな性格だ。王太子に真正面から告げられた言葉に否と言える訳がない。

所詮は政略と義務だけで成り立っていた関係、愛を育みつつあると傍目からでも明らかな2人を、ジュヌヴィエーヌ如きが何をもって阻めただろう。

王太子の側近候補の学友たちまでもが、2人の恋を応援しているというのに。




10歳の時から始まっていたジュヌヴィエーヌの王太子妃教育は順調に進んでいた。

けれど、いよいよ内容が王国の機密事項にさしかかるという頃、そう、ジュヌヴィエーヌが学園に入学してふた月ほど経った頃だろうか、教育の進度が緩められた―――というより、授業で扱う内容の順番に変更が加えられた。

機密事項よりも先に、外国語や歴史、マナーなどの復習を命じられたのだ。

教育係やファビアンは、それをジュヌヴィエーヌが優秀だからと言う。「ジュヌヴィエーヌが卒業する年を待って結婚する予定なのだから急ぐ必要はないのだ」と。


けれど、きっとそれだけではなかったのだ。


ファビアンとマリアンヌが学園を卒業するまであとひと月という時期に婚約解消を告げられたのも、恐らく同じ理由だろう。


きっとこれが婚約者の挿げ替えが可能な、最後の、そう、ギリギリのタイミングだったのだ。



・・・ああ、でも私は。


王城から帰る馬車の中、振動に揺られながらジュヌヴィエーヌは思う。


私はこの先、どうしたらいいのだろう。どうなるのだろう。


きっとジュヌヴィエーヌの父はまた縁談を探す。貴族の娘の使い道などそれしかないのだから。


けれど、義務と信頼だけで結ばれた絆はこんなにも脆いと、ジュヌヴィエーヌは知ってしまった。


もしまた新たに他の誰かと婚約を結べたとして、いや、無事に結婚の契りを交わした後でさえ、もしも真実の愛の相手が現れてしまえば、『まがいもの』は価値がないと捨てられるのだ。


―――今日のジュヌヴィエーヌの様に。








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