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そう決めた

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「義兄さま! マルケス義兄さま、お待ちください!」


会う予定のなかった人物いもうとに声をかけられ、マルケスは足を止める。


たっぷり十秒ほど間を取ってから、マルケスはゆっくりと振り向く。


「・・・やあ、サンドラ。どうした、そんなに慌てて?」


現在、とある理由でストライダム家と王家との頻繁なやり取りがなされている。

必然、配下の者が王城に顔を出す機会が増えるのだが、マルケスはその配下の一人でもあった。


アレクサンドラがこんなに慌てて駆け寄った理由など、マルケスは聞くまでもない。だが、如何にも分かっているという態度も取りたくなかった。それ故の問いである。


「薬が、薬が完成したと聞きました」


果たして、アレクサンドラが口にしたのは、予想通りの言葉。


「ベアトリーチェさまは薬をお飲みになられたのですか? ご病気は、その、お薬の効果はどうでしたか?」


アレクサンドラに、いつもの冷静沈着な様子は微塵も見られない。

マルケスは息を一つ吐き、意図してゆっくりと言葉を紡いだ。


「・・・まだ、継続服用中」

「けい、ぞく」

「うん。はっきりと結果が出るのは、半年後くらいって聞いてる」

「はんとし、ご」

「・・・なあ、サンドラ。ちょっと落ち着け?」


片言のおうむ返ししか話さなくなったアレクサンドラの頭に、マルケスは右手をぽん、と乗せる。


「レンブラントさまを待つと決めたんだよね?」

「・・・はい」

「確か、六歳だっけ? その時からお前はずっと、あの方が婚約者を持つ気になるのを待ってるんだよね?」

「・・・はい、そうです」

「その時から、もう十五年だ。お前は十五年待った。ベアトリーチェさまのご病気がどうなるかも分からない時から、それだけの期間レンブラントさまを待ち続けられたんだ。
薬が出来たと分かった今、あと半年くらい何でもないだろ?」

「・・・はい、なんでも、ないです」


マルケスはアレクサンドラの頭を撫でながら、ふ、と笑う。


「大丈夫、大丈夫だから」


そう言って、少し強めに頭をぐりぐりと撫でる。


本来なら、義兄が義妹を慰める心温まる光景の筈。なのに、側から見ると美少年が美女の頭を撫でているという微妙にシュールな場面に変わってしまうは何故なのか。


「・・・ありがとうございます。すみません、私、取り乱してしまって」

「・・・レンブラントさまには、聞いてないんだ?」

「はい。なんだか考え込んでおられるようにお見受けしまして。必ずしも良い返答ばかりが返ってくるとは確信出来なかったのです」

「はは、そこら辺は冷静に考えられたんだな」

「・・・義兄さまに、お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね」

「うん。まあ、いいんじゃない? 義兄なんだから」


・・・血は繋がってないけどね。


そんな言葉は胸の中だけに押し込んで。ついでに勝手に蘇って来た思い出も、慌てて記憶の底に押し戻す。


それは、出会った時の。

十二歳のアレクサンドラと、十八歳のマルケス。



「・・・」


マルケスは意識的に笑みを浮かべる。


「薬を飲み始めてまだ一週間なんだ。今のところ副作用とかもなく、検査の数値も安定してるって聞いた」

「そうですか。教えて下さってありがとうございます」

「うん」


頭を撫でていた手を、ゆっくりと離す。重力の魔法がかかったみたいに手が重たく感じるのはどうしてなのか。



最高度に苦いらしい新薬を、毎朝昼晩とスプーンひと匙分を飲むベアトリーチェの姿を思い出す。


あと、半年。


きっと、治る。

治るから。

だから、治ったらどうか。


それがレンブラントの願い。そして、アレクサンドラの願い。

きっとアレクサンドラの長年の想いは報われる、筈。

その筈だ。


だから、安心して、喜んでいればいい。

見守っていればいいんだ。



前に、ニコラスに告げた言葉が不意に思い出された。


--- 派手に砕け散ってもそれでもまだ好きだったら、後はもう徹底的に寄り添ってあげれば良いんだよ


--- 彼女が幸せになれるように、困った時は手を差し伸べ、慰め、励まし、褒めてあげれば良い



偉そうにそんなことを言ったのは、自分なのだから。

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