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信じて
しおりを挟むぽたぽたとナタリアの瞳から涙が零れ落ちる。
「・・・もう、ナタリアったら、相変わらず泣き虫なんだから」
ベアトリーチェは苦笑を漏らしながら、ハンカチを差し出した。
だが、ナタリアにはそれを受け取る余裕などなく、ただただ両手で涙を拭う。
「わ、たし・・・ベアトリーチェさまを、こっ、殺した人だから、だから、ベアトリーチェさまに、怖がられてると、そう、おも、思って・・・」
「私が三年間クラスであなたに近寄らなかったことを言ってるの? そうね、確かに距離を取ろうとしたわ。だって私は・・・私のせいで、あなたの人生が壊れてしまったと思っているから」
「え・・・? ベアトリーチェさまの、せいで?」
未だ涙を止められぬまま、ナタリアは不思議そうに目を瞬かせる。
「そんな、ベアトリーチェさまの・・・せ、せいだなんて、どうして」
「あの時、あなたとレオポルドさまの間に割り入ってしまったのは私だから。私がレオポルドさまを好きになったりしなければって、そう思っていたの」
「・・・」
「今の私にはレオポルドさまへの気持ちはないけれど、前の時のようにあなたと親しくなって、二人の仲を隔てるようになってしまったらって怖かったの・・・それでも、今回は別方向からレオポルドさまと関わることになってしまったけれど」
いつまでもハンカチを受け取らないナタリアに、ベアトリーチェは手を伸ばし自らそっとハンカチでナタリアの涙を拭う。
「・・・アレハンドロが裏で何かをしているって、私がもっと早く気がつけば良かったのにね。それは随分と後になってからだったの。私ではどうしようもなくて、兄に相談したわ」
ベアトリーチェの、ナタリアの涙を拭うハンカチを握る手が止まる。どこか遠くを見るような目で、ベアトリーチェは言葉を継いだ。
「・・・ずっとあなたのことは気になっていたの。心配だった。あなたに幸せになってほしかった・・・巻き戻り前も、後も、それだけはずっと変わらなかったわ」
「・・・っ」
「本当はね、あなたにもレオポルドさまにも、巻き戻り前のことは知られずに問題を解決したかったの。だって、今のあなたは、あの時のあなたじゃないもの」
「う、・・・ベアトリーチェ、さま・・・」
拭っても、拭っても、ナタリアの瞳から涙が溢れてくる。
ベアトリーチェはそれに苦笑しつつ、こう続ける。
「そして、きっと、この先もあなたがあんな行動をする未来は来ないと思っているわ・・・私は間違っているかしら、ナタリア」
「ベアトリーチェ、さま」
「私だけじゃないわ。レオポルドさまに新しい婚約者が出来たでしょう。ナタリア、あなたはこの先その方を傷つけるような事をするかしら」
「・・・っ!」
ナタリアは頭を振る。
「そうよね。私もそんなことは絶対にないと思うの」
そう言って、ベアトリーチェは微笑んだ。
「ねえ、ナタリア」
「・・・は、い・・・」
「私、よく知ってるの。あなたはレオポルドさまのことが、とても、とても好きだった。あなたはいつも、レオポルドさまの隣で嬉しそうに笑っていたわ」
「・・・」
「そんなレオポルドさまに、あなたは自分から別れを告げたのよ」
「・・・」
「・・・それは、すごい決意だと思うわ」
「あ・・・」
ーーー レオポルドのことが、とても、とても好きだった
そう。
好き。
好きだった。
縋っていただけだとしても。
身の丈に合わない恋だったとしても。
レオが、レオポルドが大好きだった。
本当は、ずっと隣にいたかった。誰の迷惑になるとしても、レオに愛されたままでいたかった。
・・・でも、それを自分が選ぶことは、どうしても許せなかった。
だって、覚えていないとしても、同じ間違いはしたくなかった。
だから。
沈んでいた思考が、ベアトリーチェの声で引き戻される。
「ねえ、ナタリア」
「は、い・・・」
「もう一度言うわね。今のあなたは何もしていないの・・・私が大好きだった、優しくて、素直で、可愛らしいナタリアなのよ」
「ベアトリーチェ、さま・・・」
「・・・今だけでいいの。トリーチェって呼んでくれないかしら」
「え・・・?」
「お願い、ナタリア」
ナタリアは少し躊躇して、でも思い切ったように口を開く。
「ト・・・トリーチェ、さま・・・?」
だが、ベアトリーチェは首を横に振る。
「ううん、それでは駄目よ。だって前の時は、『さま』なんて付けてなかったわ」
その言葉に、少し恥ずかしそうにナタリアが言う。
「ト、リーチェ・・・」
ベアトリーチェは、嬉しそうに微笑んだ。
「はい。ナタリア」
「・・・トリーチェ」
「ナタリア」
「トリーチェ」
「うん。ナタリア」
ベアトリーチェは、ナタリアの背にそっと両手を回す。そして、柔らかく抱きしめた。
「ねえ、ナタリア」
「・・・はい」
「あなたは、幸せになっていい人なのよ」
「・・・トリーチェ・・・」
「信じて、ナタリア。あなたは、幸せになっていいの」
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