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今、ベアトリーチェは生きている
しおりを挟む「俺は幸せになってもいいとベアトリーチェが言った。ナタリア、君もだ。君も俺にそう言ってくれた。なら、君は? 君は幸せになってはいけないのか・・・?」
気まぐれのように、たまに強く吹き付ける風が、ナタリアの髪をふわりと舞いあげる。
ナタリアは答えない。
「・・・ナタリア」
たぶん、もうあと数分。
レオポルドは、もどかしさを感じつつ言葉を紡いだ。
「ベアトリーチェは今、生きている」
「・・・」
「そして、きっとこの先も生き続ける」
ナタリアは答えない。答えられない。
何をどう言えばいいのか分からなかったから。
ナタリアにはまだ分からない。まだ迷っているのだ。
レオポルドの言葉に、頷く資格が自分にあるのかどうか。
「今、ベアトリーチェの病を治す薬の開発が進んでいるらしい。その完成も近いと聞く」
「え・・・?」
ナタリアは目を見開いた。
アレハンドロに教わった前の話では、薬の完成はもっと先のことだ。ナタリアがベアトリーチェを殺したという年。白い結婚が成立する年。少なくてもあと数年以上は先の筈。
「嘘じゃない。俺の幼馴染みが開発に携わっている。ベアトリーチェとも幼馴染みで、今は彼女の恋人だ」
「・・・本当に?」
「ああ。本人から聞いたから間違いない。あと一年もかからないだろう」
「・・・そう、なのね」
薬の開発が早まった。
ベアトリーチェの好きな人はレオポルドではなく、その薬の開発に参加している幼馴染みだという。
ナタリアもレオポルドと別れ、違う人生を歩み始めた。
そして、レオポルドはメラニーと婚約して。
アレハンドロは。
アレハンドロは今、動けない。
・・・ベアトリーチェは死なない。
今度は、死なない。
「死なない・・・死なないのね・・・」
ぽろり、と涙が溢れた。
今、ベアトリーチェは生きていて、これからもきっと生きて。生き続けて。
「・・・よかった・・・」
どこかで何かの間違いが起きるのではないかと、ずっと怖かった。
自分は無知だから。すぐに騙されてしまうから。何も分かっていないから。
また、どこかで間違えてしまうのではないかと怖かった。
でも、きっと。
きっと、今度は。
「良かったぁ・・・っ」
今度のベアトリーチェは大丈夫なのだ。
決壊した涙腺からは、ぽろぽろぽろと留まることなく涙が流れ落ちる。
レオポルドは困ったように眉を下げた。
「・・・泣くなよ。俺はもう、お前を慰めてやることは出来ないんだ」
「ご、め・・・なさ・・・」
「・・・ほら、これ」
胸ポケットからハンカチを出し、ナタリアに差し出す。
「これくらいなら、大丈夫だろ?」
まだ自分の判断に自信がないのだろう、その口調はちょっと弱々しい。
「・・・ありがとう。でも大丈夫よ。ハンカチなら持って来てるから」
「そうか」
ナタリアはスカートのポケットからハンカチを取り出すと、そっと目元を抑える。
「・・・もうそろそろ10分になるかな。戻らないとね」
「・・・そうだな」
二人は、離れて待つ侍女たちの方へとゆっくり歩を進める。
「・・・ナタリア」
「はい?」
「俺は、レンブラントとベアトリーチェから時間の巻き戻りについて聞いた。記憶があるのはベアトリーチェの方だ・・・確か、アレハンドロもそうなんだよな」
「・・・うん」
ゆっくり、ゆっくりと、待機する侍女たちの方へと歩を進める。
レオポルドは少し声を顰めて続けた。
「俺はその記憶がないから、話を聞いても何が起きたのかちゃんと分かってないと思う。想像は出来るけど、たぶん全然足りない気がするんだ」
ナタリアは頷いた。
それはナタリア自身も、いつも思っていたことだ。
聞いたことを想像して、でもどれだけ考えても現実味がなくて。
そんな馬鹿な、ありえない、と頭が拒否する。
それが、自分が知らない罪から逃げているようで許せなくて。
・・・苦しかった。
「どれだけ考えても、悩んでも、俺たちはベアトリーチェのようにその時のことは覚えていない。結局、どこまでもただの想像になってしまうんだ」
もう少しで、侍女たちに声が届く距離になる。
レオポルドは更に声を顰め、少し早口になった。
「だから、下手に考えるよりも聞いてみたらいいと思う」
「・・・聞く?」
「ああ。許されるのかどうかを、ちゃんと罪を知っている人に。だって傷ついたのはその人だ」
ナタリアたちを待つ侍女たちのところまで、あと少し。
きっともう、普通に話せば聞こえてしまうだろう。
けれど、ここでレオポルドは声を大きくした。
だから、と続ける。
「ベアトリーチェに会ってくるといい」
「・・・」
呆然と見上げるナタリアに、レオポルドは安心させるように笑いかけた。
そして。
「じゃあ俺はメラニーのところに戻る・・・ナタリア。俺の書いた手紙、二枚目に書いた最後の言葉を、忘れないでほしい」
そう言って、レオポルドはナタリアに背を向ける。
そして、迷いのない足取りで、屋敷の中へと入っていった。
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