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まさか
しおりを挟む「・・・」
二枚目の手紙に視線を落としたまま、ナタリアは息を止めた。
メラニーは静かにその様子を見守り、そして。
「ナタリアさん」
「・・・はい」
呼びかけられ、ナタリアは息を吐き出す。
「・・・実は、ナタリアさんのお姿を拝見するのは、今日が初めてではないのです」
「・・・え?」
目を瞬かせるナタリアに、メラニーが微かに笑む。
「姉に誘われ、騎士訓練科で開催された模擬戦を観に行きました・・・一昨年と昨年に」
一昨年の模擬戦といえば、ニコラスに誘われて見に行った年のことだ。そして昨年は。
「・・・ナタリアさんは、幸せそうに笑ってらっしゃいましたわ」
「・・・」
胸が詰まり、ナタリアは上手く返事が出来なかった。
レオポルドが好きだと綴った穏やかな笑みを浮かべ、メラニーが言葉を継ぐ。
「レオポルドさまは、どうしてもナタリアさんに伝えたいことがあるのだと仰って手紙を書かれましたが」
伝えたいこと。
ナタリアは二枚目の便箋に目を落とした。
「・・・でも、言いたいことは、もっとあったのではないかと思うのです」
「・・・え?」
ナタリアが驚いて目を上げると、メラニーは瞼を伏せ、困ったように微笑んだ。
あ、とナタリアは思う。
一枚目の便箋の内容を思い出しながら。
レオポルドが何かやらかした時に見せるという表情は、これだろうか。
本当に、レオが書いた通りだ。
はにかんでも、苦笑しても、メラニーという少女は可愛らしい。
「私に気を遣って書けなかったのではないかと思うのです。お二人にしか分からない何かを書けば私が傷つくと、そう思われたのではないかと・・・私が読む前提で書かれたのでしょうから」
「・・・」
「だからあんな風に、大きな願いだけをただ一つ、お書きになったのではと思うのです」
大きな願いだけを、ただ一つ。
ナタリアは、先ほど読んだばかりの二枚目の便箋の言葉を思い浮かべる。
ーーーどうか
「・・・でも、気にかかっていることは、しっかりと話しておくべきではないかと、私は思ったのです」
「・・・メラニーさま?」
「ナタリアさん。レオポルドさまとお話しなさってはいかがでしょうか」
「え・・・?」
「・・・メラニー?」
それまで黙って聞いていたヴィヴィアンが、思わず妹の名前を呼んだ。
「ナタリアさんと、そしてレオポルドさまがいいと思われるのなら、そうした方がいいと私は思います」
「メラニー、あなた・・・」
「でも、話をするとしても、10分までにしてください」
「・・・」
「それ以上は、私がやきもちを焼いてしまいますから」
「・・・」
「・・・」
メラニーの言葉に、なぜか微妙な空気が室内に漂う。
使用人たちの肩が震えているのは、きっと気のせいではない。
「・・・ふっ、あなたったらもう・・・っ」
しばらくの間沈黙が舞い降りたが、やがて我慢できずに、ヴィヴィアンがまず吹き出した。
次に笑ったのはナタリアだ。
「ふふ、反応が意外すぎて目が離せないって、こういうことだったんですね・・・」
「あら、やっぱりそういうことが書いてあったのね。自分宛てでもない手紙を見せてもらう訳にはいかないけど、内容が気になるわ」
「・・・お姉さまには内緒です」
笑みを溢しながら、ヴィヴィアンが揶揄うようにそう言うと、メラニーが恥ずかしそうにそっぽを向いた。
ナタリアにも分かってきた。メラニーのこの仕草は照れなのだと。
傍目からでも、メラニーがレオポルドのことをとても大切に想っているのが分かる。
もしかしたら、メラニーさまは・・・
お見合いよりも前から。
そんな推測が頭に浮かぶが、今の自分には関わりのない話だとそれ以上考えるのは止めた。
代わりに感謝を告げる。
「・・・メラニーさまのような方がレオポルドさまの婚約者になって下さって、本当によかった。とても・・・嬉しいです・・・」
あなたで良かった。
あなたのような、素敵で、可愛らしくて、他人のために心を砕ける人がレオポルドの隣に立ってくれて、本当に良かった。
「・・・恐れ入ります・・・」
そう言うなり、メラニーは袖のフリルを持ち上げて顔を覆ってしまう。
突然の行為にナタリアは一瞬驚くが、きっとこれも照れか何かなのだろうと推理する。
「もうメラニーったら・・・お客さまのいる前でまたそんなことして・・・」
困ったような、けれどどこか楽しそうなヴィヴィアンのその声に、きっと自分の推理はそれほど外れてはいないのだろうとナタリアは思った。
何か、突然、肩の荷がおりた気がした。
心が軽くなったとでも言うべきか。
「・・・では、メラニーさまのお言葉に甘えて、一度だけお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
だから、思い切ってそう尋ねてみる。
一度だけ。あと一度だけ。
それで本当にさよならだ。
「・・・分かりました。では、聞いてきますので、少しここでお待ち下さい」
「・・・はい?」
また、別の機会に場を設けるのではなく?
ぽかんと見上げるナタリアに、メラニーは何でもないことのように言った。
「レオポルドさまは、私に内緒で動きたくないと手紙を見せて下さったのです。なのに私が黙ってナタリアさんに会う訳にはいきません・・・私も、レオポルドさまに信頼されたいですから」
「・・・そういうことだったのね、メラニー。だからあなた・・・」
「え? あの、まさか」
にこり、とメラニーが微笑む。
「はい。この屋敷に来ていただいています」
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