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始める前の、それ以前
しおりを挟む「私ばかり楽しんでしまった気がします」
申し訳なさそうにそう語るメラニーに、レオポルドは笑って首を横に振った。
「いや、そんなことはないよ。俺もけっこう楽しんでたから」
「・・・結局、本は読んでらっしゃらなかった様ですが」
「本よりも、君の表情を読む方が楽しくてさ」
「・・・」
昼休憩を挟んだ図書館デートの帰り道、レオポルドはメラニーをエスコートしながら、待機させている馬車へと歩いていた。
片手をレオポルドの腕に添えている上に、今は顔を隠す何かも持っていない。
必然、レオポルドの言葉に顔を真っ赤にしたメラニーは、つい、とそっぽを向いた。
今となればメラニーのそんな反応の理由を知っているため、突然に顔を背けられてもレオポルドが焦ることはない。
ただただ微笑ましい、それだけだ。
時刻は三時過ぎ。
まだまだ日は明るい。
どこかに寄ってお茶を飲む時間くらいあるだろう。
そこで話をしよう。いや、お茶の後の方がいいかな。
最初は昼休憩の時に話そうと思い、図書館から馬車までの道を歩きながらと考え直し、次は馬車の中、そしてお茶の時、いやその後にと、どんどん後に回している。
やましい気持ちは全くないと断言できる・・・と思う。
それでも、今のナタリアに無関心を貫く気にはなれなくて。
別れたのだから後はどうなろうと捨て置くべきなのかもしれない。けれど、どうしても彼女に告げておきたい言葉がある。
未練ではなく、執着でもなく、ひたすら心配なだけなのだ。
最初は、人を介せばいいかと思った。
或いは、誰か他の人を伴えば。仕事のついでを装えば。
だがそれでは駄目だとレンブラントに言われた。
見る人によってはどうとでも取られる、メラニーにそれが伝わったらどうするつもりだ、と。
それからまた、ひたすらに考えて。そして出した答え。
それでも、この可愛らしい人に知らせずに動くのはきっと、いや絶対に間違っている筈だから。
だから、どうしても君に話しておきたい。
今のこの、自分の気持ちを。そして、今から自分が何をするつもりでいるかを。
君を傷つけずに、怒らせずに。そしてもちろん悲しませずに。
自分の気持ちを、理解してもらえるように。
・・・やっぱり、今日は止めといた方がいいのか?
駄目だ。後回しにしたって、何も変わらない。
言われなければ分からない、そうベアトリーチェも言ってただろ。
だから話をしなくてはいけないんだ。
今まで誤魔化してきた分も含めて話を。
メラニーと。
「・・・」
エスコートをしていた足がぴたりと止まる。
「・・・?」
問うような眼差しがレオポルドを見上げる。
「・・・メラニー嬢」
意識して、ゆっくりと。怖がらせないように。
首を傾げるメラニーに、レオポルドは笑いかける。
「君に、話したいことがあるんだ」
「・・・」
ここでレオポルドは、はたと気づく。
季節は冬。
思い立ち、勇気を奮い起こして話し始めたは良いが、こんな道端で話をしては凍えてしまうだろう。
健康だけが取り柄の自分は兎も角、華奢なメラニーの方が。
・・・やってしまった。
ついさっき、お茶をしながら話をしようと考えたばかりだと言うのに。
レオポルドはまたまた自分の衝動性を反省する。
切り出すにしても、せめて馬車の中とか、やり様はあったのに。
不安そうな表情を見せるメラニーに、ここで長々と説明をするのは体に良くない。きっと、いや間違いなく。
だけどこのまま何も話さずカフェまで引っ張るのもどうなのだろう。
考えて、考えて、考え過ぎてだんだん訳が分からなくなって。
最後には、ええいままよと口を開いた。
「た、大切な話なんだ。君に・・・どうしても話しておきたくて」
あれほどレンブラントに考えろと言われて、当人は山ほど考えたつもりで。
結局は行き当たりばったりになってしまうこの会話。
レオポルドは泣きたくなった。いや実際には泣かないけれど。
「大切な、話・・・」
「ああ。すごく大切な話なんだ。出来たら不愉快に思わずに聞いてくれると・・・嬉しい」
メラニーはしばらく俯いて、それからゆっくりと顔を上げた。
「・・・分かりました」
静かに返ってきた答えに恐る恐る目をやれば、目の前には意外にも落ち着いた表情のメラニーがこちらを見ている。
「伺いますわ・・・どうしても話しておきたいお話なのですよね」
いつも伏し目がちな瞳が、今は珍しく、真っ直ぐにレオポルドを見つめている。
それが逆にレオポルドを落ち着かない気持ちにさせた。
「あ、ええと。あり、ありがとう。でも、いきなりこんなことを言い出してごめん。ここは寒いよな」
「・・・では、場所を移されますか?」
「あ、ああ。そうだな。えと、カフェ、そうだ、カフェに行こうか。どこか静かな所で話をしよう」
「分かりました」
理由は分からないが急に落ち着きを見せたメラニーが、自分の知っているカフェに案内してくれると言う。
そこからは無言で馬車まで戻り、メラニーが御者に指示を出す。
すると、馬車はゆっくりと走り出した。
「その、周りに聞かれたくないから、出来たら個室とかを頼めると良いんだけど」
「分かりました」
焦った所からの順調な展開に、レオポルドはホッと安堵する。
それでも、大一番を前に焦りと緊張が未だ解けぬレオポルドは、メラニーの様子にまで気を配る余裕はなかった。
今レオポルドの頭の中は、どうやって誤解を招かずに話を進めるか、そればかりだ。
メラニーは顔見知りらしい店員に声をかけ、奥の個室へと案内される。
そこでお茶と菓子を頼み、店員が全てを整え終えて部屋から出て行くと。
パタン、という扉の閉まる音と共に、室内に静寂が落ちた。
レオポルドは顔を上げ、メラニーを見てここでようやく気づく。
顔は微かな微笑みを浮かべてはいる。だが、テーブルの上のカップに添えたメラニーの手は小さく震えていた。
--- 瞬間。
ガタン・・・ッ
焦ったレオポルドは椅子から立ち上がった。
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