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その理由はいずれにせよ

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「・・・よし、何も隠し持ってないな。通っていいぞ」


言いつけられた仕事が終わり、部屋を出るに際しボディチェックを受けた奴隷レオンことレオポルドは、足を引きずりながらゆっくりと部屋を退出する。


自室に戻る前に、必ず身体検査を受けるのがここでのルールだ。


「・・・っ」


薬で声が出ない喉から、掠れた息だけが吐き出される。


くそ・・・身体中が傷だらけだ。


奴隷たちに対する使用人たちからの暇つぶしにも似た嫌がらせは日々続いており、レオポルドもまたその標的になっていた。


あまりに酷い時は、共に潜入したライナルファ家の影が助けてくれるが、それも頻繁に起きては怪しまれる。

レオポルドも覚悟の上で潜入した。だから命の危険がない限り、あるいは潜入自体が危うくなる様な事態にならない限りは手を出さないよう命じていた。


何より、それらの影たちも自分と同様、奴隷の立場で潜入しているのだ。彼らもまた自分と似たような境遇にある事は間違いない。


だが・・・とレオポルドは心中で呟いた。

それでも忍んだ甲斐があると言うものだ。


毎日毎日、厳格なボディチェックをくぐり抜け、少しずつ持ち出した証拠の書類。


それらはベッドのシーツにくるまれて洗濯籠に入れられ、それを掃除係が運び出す。

勿論、その掃除係もこちらの手の者だ。

そうして潜入者たちの手により、証拠がライナルファ家当主へと渡っていく。

コツコツとニか月以上に渡り、少しずつ確保していった証拠は、もうじき十分な量となる筈だ。


ライナルファ家当主トマスもまた、こちらで得た情報をもとに外で色々と動いている。

見えない敵がいるとも知らず、ただ不運が続くと嘆き見当違いの策を講じていた時よりも、敵を認識しその敵がどこで何をしているかがはっきりした今、それだけで状況は変わりつつあった。


横領や盗みに関わっている奴らも今は泳がせているが、彼らがアレハンドロと繋がっている証拠も、トマスがもう既に固めていると聞く。


今隠し持っているこの書類を無事に渡したら、もうあと少し証拠集めに奔走し、それからはタイミングを見計らうだけ。


それで、短いようで長かったこの潜入生活も終わる。


満身創痍の状態だが、得るものは大きかった。

何より、自分の未熟さを思い知った。
そして、どれだけ自分が恵まれ守られていたかも。

人には裏の顔があること、口にした言葉が全てその通りとは限らないこと、笑顔で他人を陥れる人もいること。


恥ずかしながら、今までそんな事には気づきもしなかった。


一目惚れした令嬢に心のままに告白して、それが侯爵家を傾かせるほどの事態に繋がるなど夢にも思わず。

レンブラントの助言がなければ、恐らく今もそれに気づく事はなかっただろう。もしかしたら没落していたかもしれない。そしてそのレンブラントは、どうした訳かベアトリーチェから相談を受けたと言う。


ベアトリーチェ。

不治の病のために、成人後長くは生きられないと聞いていた幼馴染み。


おっとりと穏やかで、いつも静かに笑っている。
兄のレンブラントと同じく幼馴染みのエドガーから大切にされ愛されていた彼女がどうしてこんな密かな企みに気づいたのか、それを不思議に思ったのは、ここ最近になってからだ。


今になってみれば、どうしてレンブラントから話を聞いた時にその事を疑問に思わなかったのか、其方の方が不思議なのだが。


重しをつけた右膝を庇うように、ゆっくりと歩を進めながら、レオポルドは考えを巡らせる。だがやはり分からない。


まあいい。この潜入生活が終わったら、改めてレンブラントたちと話をしよう。

感謝の気持ちをたくさん伝え、自分なりに何か恩返しが出来ないかを考えよう。


そして、ナタリア。


物語のお姫さまの様に守ってあげると約束したレオポルドの恋人。

一度だけ手紙を送ったきり、此方からは何もしてあげられていないけれど。


その顔を思い浮かべ、レオポルドは幾ばくかの不安と、この場にそぐわぬ高揚を覚えた。


彼女と会わなくなって、既に二か月以上が経っている。


彼女はどうしているだろうか。

あの弱く脆く無防備な人は。

この手で守ると豪語しておきながら、二か月以上も一人にした自分を、今も待ってくれているのだろうか。


少し、そうほんの少しだが確かに成長した自覚はある。そんな自分を見て彼女は喜んでくれるだろうか、驚いてくれるだろうか。

それとも待てなかったと泣くだろうか。


もう出来もしない事を口にしたりはしない、守れない約束もしない、そう言ったら、ナタリア、君はどんな顔をするだろう。


自分を守る術を何ひとつ持たない無防備な君には、きっと俺などよりもずっと頭が回る男の方が相応しいのだろう、そう例えばレンブラントの様に。


逆立ちしても自分はあいつの様にはなれない。頭を使うより剣を振るう方が性に合ってると今でも思う。


それでも。もし。


もう一度、君に愛を囁いたら、君は頷いてくれるだろうか。


「・・・」


この男レオポルドの美点は正直で裏表がないところだ。

人間には誰しも少なからず本音と建前があると学びはしたものの、生来の真っ直ぐさと単純さは変わらない。
だが美点は、同時に欠点にもなるものだ。

仕事が終わり、ボディチェックを抜けて安堵していた事もあるだろう。もう少しで奴隷としての生活が終わるという見通しに気が緩んでいたのかもしれない。あるいは達成感だろうか、はたまた油断か。


理由はともかくとして、満身創痍の状態で丸一日働いた後の奴隷にしては不釣り合いな、どことなく希望に満ちた高揚した笑みを浮かべてしまった。


ほんの些細な違和感。
少しばかりの不自然さ。


普通であれば、簡単に見過ごされる程度のそれを、だが今は見咎めた人間がいた。


アレハンドロの腹心、ザカライアスだ。



「随分と楽しそうじゃないか。何がそんなに嬉しいんだ、まさか金庫から金でも盗ったか」


ぎくりと肩を揺らす。

慌てて顔を取り繕うも、今さら間に合う筈もない。


気がつけば、目の前でザカライアスが仁王立ちになっていた。


レオンに何か問うたとしても、声の出ないこの奴隷から答えが返ってくる事はない。

声が出ない事は、しつこいくらいに何度も何度も試されたのだ。そこはもう疑われてはいない筈だった。


なのに、それをよく知っている筈のザカライアスが、敢えてレオンに問いかけた。


目に残虐な光を灯して。



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