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「それは本当かい? エドガー君」


王立医学研究所の主任補佐カルティエは、身を乗り出すようにして尋ねた。

それにエドガーは大きく頷き返す。


「はい。手紙にはそう書いてありました。今まで渡した薬の中で、一番効果があったようです」

「ふむ。配合がよほど上手くいったと見える。確か、シドラ草の配合量を上げたんだよな?」

「そうです。そして、シドラ草の効能を高める効果があるレンドランの果皮も少量加えました」

「ほう、レンドランか。なるほど、よく思いついたな」

「たまたまレンドランについて書かれたレポートを見つけまして。運が良かったのでしょう」

「はは、相変わらず謙虚だなぁ、君は」


ベアトリーチェからエドガーに手紙が届いた。例の茶緑色の薬を飲んで、これまでになく体調がいい日が続いたと書かれていたのを読んだ時は、エドガーは嬉しさのあまり、思わず叫びそうになった。

本人は、苦すぎてスプーン一杯でも大変だったと書いてあったが、味の改善などこれから先いくらでも出来る。効果が高い薬を見つけるのがまず難しく、その配合となれば至難の業となるが。


今が三年目と半年。

エドガーは頭の中で月日を計算する。

レンブラントによると、巻き戻り前は七年目にベアトリーチェの身体はいよいよ動かなくなって・・・死期を悟った頃に殺されたという。


考えるのも嫌な言葉だ。エドガーは無言で頭を振った。


大丈夫。今度は死なせない。

たぶん今の方が体調はずっといい筈。

そして今のペースなら七年もかからない。恐らく来年か再来年には完成させてみせる。


だから・・・だから、今度こそアーティは生きる。生きて、この先もずっと生き続けるから。

そうしたら、彼女も普通の女性のように将来を思うことが出来る様になる。

もう誰かを応援するための契約結婚ではなく、自分の幸せのためのそれを夢見てくれる筈。

そして、出来ることならその時、アーティの隣にいるのは。

そう、隣には。


「・・・っ、まったく気が早い。今はそんな事を考えるよりも頭と手を動かさなくては」


止めどなく流れていきそうな思考に、エドガーはぶんぶんと頭を振って歯止めをかける。


夢を見たいなら、そのための結果を。それだけの成果を上げるんだ。


「・・・よし」


次は、造血作用が確認されている薬草との組み合わせを考えなくては。


エドガーは作業に取り掛かる。

全ては大事な幼馴染みの、そして小さい頃から守ってあげたいと見つめ続けた女の子の、未来のために。









「ザカライアスさま。お呼びでしょうか?」


平日の昼間。
主人であるアレハンドロは学園に行っている。


ベルを鳴らして部下を呼んだザカライアスは、つけていた帳簿から顔を上げた。


「ああ、テセオスか。ちょっと頼みたい事があるんだ」


深く頭を下げ、上司からの指示を待つ部下に、ザカライアスは帳簿に視線を戻し、話し始めた。


「少々手が足りなくてな。手頃な奴を見繕って寄越してくれないか。間違っても情報を漏らす恐れがない、口が固い奴がいいんだが」

「口が固い奴、ですか。ならばちょうど良いのがおります。つい先日手に入れた奴隷でして」

「奴隷? そいつのどこがちょうど良いと言うんだ」


テセオスは、ニヤリと笑い、言葉を続けた。


「実はその男、口がきけないのです」

「口が? 話せないのか?」

「そうなんです。私も確認しましたが、そもそも発声が出来ない様でして。辛うじて喉から掠れた音を出せる程度です。簡単な文字を読む事は出来ますが、書く事は出来ません。ですから、そいつから情報が漏れる心配は一切ありません。指示を与えるときは口頭での伝達のみになりますが」


テセオスからその奴隷について一通りの説明を受け、ザカライアスは納得したように頷いた。


「そうか。なるほど、情報を守るには打ってつけだな。よし、連れて来い」

「畏まりました」


テセオスは一旦席を外すと、若い男を連れて戻って来た。連れて来られた奴隷男は、引き締まった体躯で左目に眼帯をしていた。


「ほう、その男か」

「はい。レオンといいます」

「なるほど、分かった。よし、レオン。こっちに来い。仕事を与える」


レオンと呼ばれた奴隷は、僅かに足を引きずりながらザカライアスの方に歩いてきた。


「なんだ、こいつ。眼だけでなく足も怪我しているのか? 体格だけなら騎士にもなれそうなくせに、とんだ見かけ倒しだな」

「は。右膝に古傷がある様でして。今も包帯を外せない様です。ですが仕事をするのに差し障りはない程度なのでご安心を」

「ふん。いいか、レオン。ここにある書類をこんな風に日付ごとに分けるんだ。ここを見て、同じものが書かれているものを上に重ねていけ」


レオンはこくりと頷く。


「アレハンドロさまにお渡しする報告書に係る書類だ。絶対に間違えるな。あと、私が書き写し終えた後は全部焼却して処分するように」


レオンが再び頷いたのを確認すると、ザカライアスは帳簿付けの作業を再開した。

テセオスは、横で黙々と書類の振り分け作業を始めたレオンに「しっかりやれよ」と声をかけた。


その間ずっと、ザカライアスは帳簿に目を落としたままだった。

だからだろう。


自分の持ち場に戻るために部屋を辞すテセオスの口角が微かに上がっている事に、彼は気づかなかった。



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