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執着の糸
しおりを挟む今日も教室にいなかった。
ナタリアはとぼとぼと普通科の校舎へと戻って行く。
その心の中は不安ばかりが満ちていた。
だって、もうひと月近く恋人に会えていないのだ。
明後日には夏季休暇に入る。
このままでは、休みが明けるまでずっと彼に会えない。何があってこうなったのかも知らないのに。
どうしたの?
何かあったの?
どうして急に学園に来なくなったの?
私に何も言わず、突然に。
・・・どうして? レオ。
ううん。これはもしかして。
既視感に襲われ、ナタリアの体が震えた。
「また・・・なのかな」
学園の昼休み。
校内も校外も、昼食を取るために移動する生徒たちで賑わっている中、ぽつりとこぼれたナタリアの小さな呟きを拾う者など誰もいなかった。
脳裏に蘇るのは、思い出したくもない言葉。
「どうして、ナタリアだと見つけられるのかしら。そこは私もさっき探したのに」
「本当。いつもそうなのよね。不思議で仕方ないわ」
大切なものを失くしたと困っている友だちを助けてあげたかった。それだけだった。なのに。
無防備にテーブルの脇に落ちているのを見つけ、また別の時は棚の中にあるのが目に入り、それを手に取って渡しに行けば、予想とは違う言葉をかけられた。
「ねえ、それ本当にそこにあったの? あなたが隠してたんじゃなくて?」
言われている意味が分からず固まった。
どうして、どうして、そんな風に受け取られてしまうのか、いつも訳が分からなかった。
公園の茂みの中で死んでいた猫。
羽をむしられ、無惨な姿で鳥籠の下に落ちていた小鳥。
どうしてなんだろう。私が大切に思うものはいつも、いつも消えてなくなっていく。
どうしてなんだろう。友だちを見つけたと思っても、いつも嫌われてしまうのは。
そう、いつだって。人も物も全部。
あるものは死に、あるものは消え、あるものは壊れて、あるものは私を嫌い自ら去って行く。
「私、あなたみたいな人が嫌い」
「そうやって純真なフリをして、陰ではコソコソといやらしい真似を・・・」
「お前、そんなやつだったんだな。見損なったよ」
何を言ってるの。
何のことなの。
私はあなたたちに何かしたの? 何をしたの?
自分でも気づかないうちに、誰かに嫌な思いをさせているの?
だから皆、私の周りからいなくなるの?
だから・・・レオも、学園に来なくなったの?
だから、ライナルファ家に行っても会わせてもらえないの?
ねえ、私は・・・何をしたの?
ぽつり、と透明な雫がナタリアの頬を伝い、手の甲に落ちた。
「どうした、ナタリア」
ひとり座って昼食を取るナタリアの頭上から降ってきた声は、望む大好きな人のものではなく。
だが、これまでずっと変わらず側にいてくれた幼馴染みのそれで。
誰に何を言われても、何が起きても、いつもナタリアの側にいる事を選んでくれた大切な友だちの声。
顔を上げ、そのたった一人の名前を呼ぶ。
「・・・アレハンドロ」
ナタリアの声に応え、アレハンドロは琥珀色の目を細めた。
「最近いつもひとりだな。あの男は・・・お前の恋人はどうしたんだ、一緒じゃないのか?」
「私も分からないの。最近ずっと学園に来ていないから・・・侯爵家に行っても会わせてもらえないし」
「・・・家には、いるんだな?」
俯きがちに答えるナタリアは、アレハンドロの探るような視線に気づかない。
「いると思うわ。いつも執事が出て来て『坊っちゃまはお忙しいので、お時間が取れません』って断られるもの。いなかったらいないって言うでしょう?」
「・・・ふうん」
「私、嫌われちゃったのかな・・・」
「なんだよ、ナタリアが何かしたの?」
その問いに、ナタリアは弱々しく首を横に振る。
何もした覚えはない。
でも、今までだってそうなのだ。何もした覚えがない相手から責め立てられ、無視され、避けられていた。
ならば、今回だって。
自分では気づかないうちに、相手を・・・レオを怒らせるようなことをしたのかもしれない。初めて異性として好きになった人を。
そう、きっと。
「知らないうちに、レオが嫌がるようなことをしてたのかもしれないわ・・・」
そう呟きながら、じわりと目元が熱くなった。
今まで一度だって、誰かを、あるいは何かを意図的に傷つけたつもりはなかった。なのにそうしたといつも言われて、驚いて、自分が分からなくなって。
誰かを酷く傷つけたのに、それに気づきもしない自分が嫌いだった。
どれだけ注意しても、気をつけようとしても、いつもいつも同じ間違いをする自分が嫌だった。
自分が駄目な事は分かっていても、どこが駄目なのかが分からない、そんな情けない自分が許せなかった。
だから、人とはそれなりの距離を置くようにしていたのに。
レオをひとめ見て、王子さまのようだと思って、彼ならこんな自分でも愛してくれると希望を持ってしまった。
君が好きだ、何があっても手放さない、その言葉が本当だったら良いと、そう思って。
なのに、また。
自分は同じ間違いをしたのかもしれない。
せめて何が悪いのかが分かれば、直そうと努力も出来るのに。
ぽろぼろと涙が溢れ、慌ててそれを袖で拭う。
アレハンドロの手が、ナタリアの頭をふわりと撫でた。
「事情はよく分からないけど、俺が出来ることなら何でもしてやるからさ」
「・・・うん」
「大丈夫だよ、お前はひとりじゃない。俺がいる。俺は絶対にお前から離れたりはしないから」
「うん・・・ありがと・・・アレハンドロ」
「気にすんな、お前がいい子なのは俺がよく知っている」
そう語るアレハンドロの目に、歪んだ愉悦の色が浮かんでいることにナタリアは気づかない。
「お前は俺の大事な、大事な、お姫さまなんだから」
ナタリアの周りに巡らされた、全てを絡め取る蜘蛛の糸にも似た執着、それを張ったのが誰かも知らないまま。
ナタリアはアレハンドロの言葉に安堵を覚えた。
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