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かつて、私は  --- 逆行前

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「ねえ、トリーチェって呼んでもいい?」

「ええ、いいわよ」

「トリーチェの髪って綺麗ね。ツヤツヤふわふわしていて、色は綺麗なすみれ色」

「ナタリアの髪も綺麗よ。空を写しとったみたいで、見ていると吸い込まれそう」

「ふふっ、ありがとう」


第一学年。

体調を崩した私を保健室に連れて行ってくれた事がきっかけで、ナタリアと私は友達になった。





「あ、アレハンドロ。席を取っておいてくれたのね? ありがとう」

「別に。俺もここで食べるついでだったから。あ、ナタリア。礼はその皿のカツ一切れでいいぜ」

「ええ? 私のから取る気? お礼を言って損した~」

「当たり前だろ。タダでこの俺をこき使おうなんて100年早いんだよ」

「もう、アレハンドロの意地悪! ねえ、トリーチェからも何か言って!」

「ふふっ」

「トリーチェ? 何を笑っているの?」

「ごめんなさい。ナタリアとアレハンドロさんは相変わらず仲が良いなって思っただけ」

「もう! 私たちはただの幼馴染みよ! トリーチェったら、変な言い方しないで。ねえ、アレハンドロ?」

「・・・まあな」

「それに、アレハンドロに『さん』なんて付けなくていいのよ。こんな意地悪な人に」

「なに言ってんだよ。お前は俺に『さん』どころじゃなく『さま』を付けるべきだろ」

「嫌ですよ~だ」


ぶっきらぼうなアレハンドロ。
ナタリアの幼馴染みで、口は悪いけどなんやかんやとナタリアの面倒を見ていた。

学園を休みがちな私にも、口調は多少乱暴ながらも気遣ってくれる人だった。
 




「良かった、間に合ったみたい」

「トリーチェの幼馴染みの人も、出てるんでしょ?」

「ええ。ほら今・・・」


模造剣を持って訓練場に出て来たわ、と言おうとして。


「わあ・・・あの人、素敵・・・」

「え?」


ナタリアの熱を帯びた声に遮られた。


「あの人よ。今、模擬戦に出て来た人。あのラインの色、同じ学年よね? 誰かしら」

「・・・あ、あの人、は」


私たちは普通科、レオポルドは騎士訓練科で、棟自体が違っていたから、それまで学園内で遭遇する機会はほとんどなかった。

でも私は、彼の姿見たさに騎士訓練科の模擬戦を見に行って、ナタリアはそんな私に付き合って一緒に来てくれて。



「ええと、あの人なの。私の・・・幼馴染みは」

「え? 本当? ねえ、お名前は? 何ていうお方なの?」

「・・・レオポルド。レオポルド・ライナルファさまよ」


そして、ナタリアはレオポルドに恋をした。

それから先は、あっと言う間で。






「ナタリア、こっち」

「あ、レオ!」


お昼には、騎士訓練科棟と普通科棟のちょうど中間にある中庭、そこの噴水近くのベンチで昼食を取るのが習慣になった。


普段はレオポルドとナタリア、そして私の三人。

そこに時々アレハンドロが来たり来なかったり。


二人の共通の友人という事で、私がその場にいる流れから始まったのだけれど、二人だけの世界が出来上がっていく中で、私がそこに居続けるのは正直、辛かった。

なのに私は行き続けた。
毎日毎日、邪魔にしかならないと分かっていても。

それでもレオポルドの姿をこの目に映したかったから。

きっと彼らにとっては、私が体調を崩して休んだ日こそがご褒美だっただろう。

それでも、行くのを止められなかった。


ナタリアに誘われてたまに来る事もあったアレハンドロは、そんな私に呆れたような、馬鹿にしたような、どこか冷ややかな視線を投げかけていた。


昼食はそんな風に大抵は三人で過ごしていたけれど、やがてレオポルドとナタリアは放課後に二人きりで会うようになっていった。


それを知った後も、まだお昼になると、ナタリアと一緒に噴水近くのベンチに通い続けた私は、今思えば相当なお馬鹿さんだったと思う。

レオポルドの眼に明らかに邪魔者としか映っていないのに、そんな事はよく分かっているのに、なのにナタリアが断らないのをいい事に、無邪気を装ってくっ付いて行ったのだ。





「・・・アンタさぁ、あいつらの邪魔したいの、それとも応援したいの、どっち?」


二学年に上がったある日、そうアレハンドロに聞かれた。

私はまだ、昼食をナタリアたちと一緒に取っていて、でも放課後とか週末とか、それ以外の時間はナタリアとレオポルドはいつも二人で過ごしていて。

学園内でも、二人の仲睦まじい姿は頻繁に目撃され、熱愛カップルとして噂にもなっていた。


「邪魔・・・をするつもりはないの。ただ一緒にいたくて・・・それだけ、なんだけれど」

「ふうん」


アレハンドロは不満そうに鼻を鳴らした。


「まあ、アンタが何をしようとしまいと、アイツらが結ばれることはないだろうがな」

「・・・え?」


心底驚いて目を瞬かせる私に、アレハンドロは呆れを含んだ視線を送る。


「なんだよ、まさか考えてもいなかった、なんて言うなよ? 身分が釣り合わないだろ、ナタリアとあの男じゃ。ナタリアは子爵令嬢だぜ? しかも裕福でもない貧乏子爵家だ」

「あ・・・」


そうだった。

レオポルドの家は侯爵家。

少なくても伯爵位以上の家から妻を迎える事になる筈。


「・・・」


でも、もしかしたら。

もしかしたら、レオポルドが強く望めば、彼に甘いご両親は考えて下さるかもしれない、だから。


そんな限りなく低い可能性が、ない訳ではないと話した。


「随分とご都合主義的な見通しだな」


アレハンドロには、やっぱり鼻で笑われた。

そして彼の言う通り、私の言った事は本当にただのご都合主義的な見通しでしかなかったのだ。





第三学年。


必ず両親を説得すると言っていたレオポルドだったが、ライナルファ侯爵が事業に失敗して巨額の負債を負った事で、金銭援助をしてくれる家との政略結婚が必然となってしまう。

泣きじゃくるナタリアを、ただ黙って抱きしめるレオポルド。


そして私は、ある提案をする。

結局、皆を不幸に落とすだけだった提案を。


だけど本気で信じていたのだ。

それならナタリアもレオポルドも幸せになれると。


今は、よく分かる。


心の底からそう信じていたあの時の私は。

私は、本当に愚かだった。


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