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王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をした
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レオンハルトとカトリアナの婚姻の儀の翌日、ラファイエラスはベトエルルへ戻るため王城を離れた。
相変わらず、寂しい顔のひとつもない、あっさりとした別れであった。
また、同じ日に、ライナスバージも北方のロッテングルム領へと向けて出立した。
やたらと凛々しい顔つきで。
そして二週間後に、笑顔で無事に帰って来る。
・・・全身傷だらけで。
傷だらけと言っても、よくよく見れば軽い擦り傷や打身が殆どなのだが・・・ひとつだけ、そう、一箇所だけ、痛々しく白い包帯が巻かれた場所がある。
ライナスの右腕だ。
「いやぁ、同じ条件で勝たないと、こっちも正々堂々と結婚を申し込みにくいよなぁって思ってさ」
あっけらかんと笑うライナスバージを見つめる同期の視線は、少しばかり冷ややかだ。
「・・・だからって、わざと怪我しなくたっていいじゃないか。しかもヒビが入ってるって、お前、いくらなんでもやりすぎだろ」
様子を見にきたアッテンボローは、呆れた声で嗜めるが、ライナスは笑って左手を左右にひらひらと振るばかり。
「やりすぎなんて、そんな事ないよ。本当は折るつもりだったんだし」
思いっきり剣の柄で打ちつけたけど、思ってたよりも自分の骨は丈夫だったとカラカラ笑う。
「はぁ、馬鹿の考えることには付き合ってらんねぇな」
大仰な溜息を吐いたアッテンボローは、心配して損した、とぶつぶつ言っている。
それでも気を取り直すと、包帯を取り替えているライナスバージに真面目な顔で向き直り、安堵の笑みと共にこう声をかけた。
「ま、何はともあれ、婚約おめでとう。十年来の恋が叶った訳だ。良かったな」
「ああ。ありがとな。我ながら拗らせたとは思うけど、こうして実って良かったよ」
包帯を留めるところでもたついていたライナスの左手から、端っこを取り上げると、アッテンボローは慣れた手つきでささっと固定する。
「・・・お前もじきにロッテングルム辺境伯になる訳か」
「おう。オレが国境を守るからには王都の平和は約束されたようなもんだぞ。安心して過ごせよ?」
明るく答えるライナスの声を聞きながら、もう既に包帯を留めたというのに、アッテンボローの手はライナスの腕から離れない。
「・・・打ち合いの相手探しに困るじゃないか」
「ははっ、ルナに頼め、ルナに。あいつはベルと結婚してこっちに来るから」
「ルナフレイア嬢も確かに強いが、お前の代わりにはならないだろ・・・」
最後の方が尻つぼみになっていく言葉に、ライナスバージは困ったように笑う。
「・・・別に今すぐあっちに帰るわけじゃないし、まだお前と打ち合いする時間はあるぜ?」
「・・・この腕でか?」
「おうよ。お前ごとき、片腕で十分だ」
「なに?」
そう言って二人は立ち上がり、猛烈な勢いで鍛錬場に向かうと、その日の夕方まで激しく打ち合ったりしたのだから、きっと馬鹿なのはどちらもだろう。
勿論、アッテンボローが優勢で終わった。
この時から半年後、ライナスバージはロッテングルム領を継ぐための準備として北方の地へと戻ることを決める。
それと入れ替わるように王都にやって来たルナフレイアは、一年間の婚約期間の後に美しい花嫁となってエイモス伯爵家に嫁いだ。
その剣技の素晴らしさと、影にひなたにベルフェルトを支える姿は、何故か王国内のご令嬢方の気持ちを鷲掴みにしたとかしないとか。
アッテンボローとシュリエラの婚姻は、王太子の婚姻の儀から約半年後に行われ、こうしてシュリエラはガルマルク伯爵夫人となった。
それと同じ頃、エレアーナも無事に可愛い女の子を出産する。
生まれたのは母エレアーナによく似た、銀髪で碧の瞳のたいそう可愛らしい赤ちゃんで、夫ケインバッハを始め、義父、義母、そしてブライトン家の父母、兄夫婦はいたく喜んだ。
特に、夫ケインバッハは甲斐甲斐しく育児に携わり、娘への溺愛ぶりは周囲の微笑みを誘ったらしい。
一方、カトリアナは王家に嫁いで早々に子どもを身篭る。
そして約一年後。
双子の王子たちを産んだ。
賢王シャールベルムの統治により、リーベンフラウン王国は繁栄したが、その平和豊かな治世は、王太子であったレオンハルトが跡を継いで国王として立った時に更に盤石なものとなる。
民は皆、その治世を褒め称え、感謝したと言う。
リーベンフラウン王国の王太子と宰相の一人息子が、とある令嬢に恋をしたことから始まったこの物語は、こうしてそれぞれが幸せを掴んだところで幕を閉じる。
後に、成長した双子の王子たちはダイスヒル家の麗しい令嬢に恋をして、その心を射止めんと頑張るらしいが、その話の顛末は、ここでは伏せておくことにしよう。
【完】
『王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする』は、これにて完結となります。
予定していたよりも長い連載となってしまいましたが、ここまで読んで下さった皆さまに心から感謝しております。ありがとうございました。
感想やお気に入り登録、励みになりました。
相変わらず、寂しい顔のひとつもない、あっさりとした別れであった。
また、同じ日に、ライナスバージも北方のロッテングルム領へと向けて出立した。
やたらと凛々しい顔つきで。
そして二週間後に、笑顔で無事に帰って来る。
・・・全身傷だらけで。
傷だらけと言っても、よくよく見れば軽い擦り傷や打身が殆どなのだが・・・ひとつだけ、そう、一箇所だけ、痛々しく白い包帯が巻かれた場所がある。
ライナスの右腕だ。
「いやぁ、同じ条件で勝たないと、こっちも正々堂々と結婚を申し込みにくいよなぁって思ってさ」
あっけらかんと笑うライナスバージを見つめる同期の視線は、少しばかり冷ややかだ。
「・・・だからって、わざと怪我しなくたっていいじゃないか。しかもヒビが入ってるって、お前、いくらなんでもやりすぎだろ」
様子を見にきたアッテンボローは、呆れた声で嗜めるが、ライナスは笑って左手を左右にひらひらと振るばかり。
「やりすぎなんて、そんな事ないよ。本当は折るつもりだったんだし」
思いっきり剣の柄で打ちつけたけど、思ってたよりも自分の骨は丈夫だったとカラカラ笑う。
「はぁ、馬鹿の考えることには付き合ってらんねぇな」
大仰な溜息を吐いたアッテンボローは、心配して損した、とぶつぶつ言っている。
それでも気を取り直すと、包帯を取り替えているライナスバージに真面目な顔で向き直り、安堵の笑みと共にこう声をかけた。
「ま、何はともあれ、婚約おめでとう。十年来の恋が叶った訳だ。良かったな」
「ああ。ありがとな。我ながら拗らせたとは思うけど、こうして実って良かったよ」
包帯を留めるところでもたついていたライナスの左手から、端っこを取り上げると、アッテンボローは慣れた手つきでささっと固定する。
「・・・お前もじきにロッテングルム辺境伯になる訳か」
「おう。オレが国境を守るからには王都の平和は約束されたようなもんだぞ。安心して過ごせよ?」
明るく答えるライナスの声を聞きながら、もう既に包帯を留めたというのに、アッテンボローの手はライナスの腕から離れない。
「・・・打ち合いの相手探しに困るじゃないか」
「ははっ、ルナに頼め、ルナに。あいつはベルと結婚してこっちに来るから」
「ルナフレイア嬢も確かに強いが、お前の代わりにはならないだろ・・・」
最後の方が尻つぼみになっていく言葉に、ライナスバージは困ったように笑う。
「・・・別に今すぐあっちに帰るわけじゃないし、まだお前と打ち合いする時間はあるぜ?」
「・・・この腕でか?」
「おうよ。お前ごとき、片腕で十分だ」
「なに?」
そう言って二人は立ち上がり、猛烈な勢いで鍛錬場に向かうと、その日の夕方まで激しく打ち合ったりしたのだから、きっと馬鹿なのはどちらもだろう。
勿論、アッテンボローが優勢で終わった。
この時から半年後、ライナスバージはロッテングルム領を継ぐための準備として北方の地へと戻ることを決める。
それと入れ替わるように王都にやって来たルナフレイアは、一年間の婚約期間の後に美しい花嫁となってエイモス伯爵家に嫁いだ。
その剣技の素晴らしさと、影にひなたにベルフェルトを支える姿は、何故か王国内のご令嬢方の気持ちを鷲掴みにしたとかしないとか。
アッテンボローとシュリエラの婚姻は、王太子の婚姻の儀から約半年後に行われ、こうしてシュリエラはガルマルク伯爵夫人となった。
それと同じ頃、エレアーナも無事に可愛い女の子を出産する。
生まれたのは母エレアーナによく似た、銀髪で碧の瞳のたいそう可愛らしい赤ちゃんで、夫ケインバッハを始め、義父、義母、そしてブライトン家の父母、兄夫婦はいたく喜んだ。
特に、夫ケインバッハは甲斐甲斐しく育児に携わり、娘への溺愛ぶりは周囲の微笑みを誘ったらしい。
一方、カトリアナは王家に嫁いで早々に子どもを身篭る。
そして約一年後。
双子の王子たちを産んだ。
賢王シャールベルムの統治により、リーベンフラウン王国は繁栄したが、その平和豊かな治世は、王太子であったレオンハルトが跡を継いで国王として立った時に更に盤石なものとなる。
民は皆、その治世を褒め称え、感謝したと言う。
リーベンフラウン王国の王太子と宰相の一人息子が、とある令嬢に恋をしたことから始まったこの物語は、こうしてそれぞれが幸せを掴んだところで幕を閉じる。
後に、成長した双子の王子たちはダイスヒル家の麗しい令嬢に恋をして、その心を射止めんと頑張るらしいが、その話の顛末は、ここでは伏せておくことにしよう。
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