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初めて見る顔
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「へぇ、こんな綺麗なものを送ってきてくれたんだね」
エントランスに飾ったリースを、興味深げに眺めているのは、レオンとケインとライナスの三人だった。
あれからレオンハルトと手紙を何度かやり取りする中で、シュリエラ・ライプニヒからの手紙と贈り物についても触れたことがあり、今日は少し時間が出来たから、と三人で訪問してくれた際にお披露目した訳だ。
なんだか三人揃うところを見るのは、久しぶりな気がして。
エレアーナの口元も、自然と緩んでしまう。
彼らも嬉しそうに見えるのは、気のせいではないだろう。
本当にカトリアナには感謝しかない。
この楽しそうな三人のお姿が、また見られるようになったのだから。
ふふ。ケインさまも、きっと、ほっとされたわよね。
そう思って、ちらりとケインバッハの顔に視線を移す。
ケインバッハは、先ほどからシュリエラが送ったリースを眺めている。
しみじみと、何か思案する様子で。
そして、少し表情が緩む。
「そうか、シュリエラ嬢が・・・」
あら?
ケインさまが、なんだか感慨深げだわ。
目元は少し穏やかに細められて。
少しだけ、口角が上がっている。
嬉しいのね。
シュリエラさまのリースを、見て。
そっか。
・・・シュリエラさまの、リースが。
嬉しいんだ。
「なんだぁ? ケイン、お前なんだか嬉しそうだな」
「あれ、本当だ。少し目元が緩んでる。えー、このリースがどうかしたの? それともシュリエラ嬢と何かあった?」
「いや・・・別に、大したことではない」
・・・あら?
なにかしら。
なにか、変、だわ。
胸が、ちくちく、する。
ケインさまの、嬉しそうな顔が。
何故かしら。
見たくない、なんて。
ケインさまは。
シュリエラさまの話で、何故そんな顔をなさるのかしら?
・・・なんて。
どうして、そんなことを思っているのかしら?
「おい、なんだよ、ケイン? そういう言い方は却って気になるだろうが」
「そうだよ。大したことじゃなくても、何かあったって顔してるし」
「いや、本当にそんな大したことでは・・・」
ケインさまが困ってる。
ねぇ、皆さま。
その話題は止めましょう。
私は、聞きたくない、です。
「隠すと余計に気になるって」
「そうだよ。ねぇ、エレアーナ嬢だって・・・」
聞きたく、ない。
だって、私は。
レオンさまが、私に話を振ろうとして、言葉が途切れる。
レオンさまのその様子に、一拍遅れて、ライナスさまとケインさまも、こちらを見る。
え?
どうして、そんな驚いた顔をなさっているの?
私は、今、どんな顔をしているのかしら?
わからない。わからない、けど。
今は。
今は、顔を見られたくない。
だって、今は。
きっと、私は、上手く笑えない。
「・・・申し訳ありません。わたくし、ちょっと・・・」
失礼を承知で。
三人に背を向けて、走り出す。
ぱたぱたという足音をたてて庭園の方へ去って行く後姿を、三人はぽかんとした顔で見つめていて。
しばらくの間、呆然としていたけれども。
「・・・ヤバい」
ぽつりと、ライナスが呟いた。
「うん、・・・ヤバいね。て言うか、凄くまずいよ」
「・・・」
「おいっ! ケイン!」
言葉もなく、エレアーナが走り去った方をじっと見つめるケインの背中を、ライナスがバシッと叩く。
「痛っ」
「早くっ! 早く行け!」
「そうだよ、ケイン! 早く行って説明して来なさい!」
「説明・・・」
「シュリエラ嬢のリースを見て、嬉しそうにしてた理由をだ。早く!」
もう一度、べしん、と叩かれ、前に押し出される。
その勢いに、足元が少しふらついて、よろよろと数歩、前に出て。
「・・・行ってくる」
そう言って、ケインは駆け出した。
エレアーナの後を追いかけて。
かなり慌てて。
その後姿を見送りながら。
レオンハルトは、ぽつりと、感嘆の混じった言葉を漏らした。
「エレアーナ嬢でも、あんな顔をするんだね」
その顔は、かなりの驚きと、少しの切なさとが入り混じっていて。
ああ、でも。
ショックはそれほど大きくなさそうだ。
その表情に、ライナスはそう思って、少し安堵して。
それから、少々、複雑な気持ちで頷いた。
「・・・エレアーナ嬢も、普通の女の子なんですね」
「そうだね。やっぱり、普通の女の子だったね」
ケインを祝福したい気持ちと、殿下に対する申し訳なさと、置いていかれたような寂しさと、それから・・・あまり認めたくないが、羨ましさと。
ライナスの中は、今、いろいろな感情で、ごちゃごちゃだ。
でも。
とりあえずは、反省・・・かな。
「いやー、ちょっと無神経なこと言っちゃってましたね。オレたち」
「うん。そうみたいだね。女の子って、僕が思ってたよりもずっとデリケートなんだね。次は気をつけないと」
え? 次?
次って言いましたか?
いや、さっきのって。
結構、決定的な瞬間だったと思ったんですけど。
なんか、やたら前向きな言葉が聞こえてきたぞ。
「次・・・ですか?」
「うん」
殿下は、初めて会ったときのような、眩いばかりの笑顔を浮かべて、こう答えた。
「前にライナスに聞かれたときに、言っただろ?」
「・・・何の話ですか?」
呆れた表情で、オレを見上げる。
「えー、忘れたの?」
殿下は少し首を傾げながら、言葉を継いだ。
「エレアーナ嬢がケインを選んだらどうするつもりかって、前、僕に聞いてきたじゃないか」
「あ・・・」
あのときの。
「僕、言ったよね。その時は、他の素敵な令嬢を見つけて、誰よりも幸せになってみせるって」
はい、確かに仰いました。
「だから、次に恋をする時は、僕の素敵なご令嬢に、あんな顔をさせないように気をつけないとって思ったの」
・・・ああ。
流石です、殿下。
「もう、忘れるなんて酷いな。ライナスは僕の護衛だろ?」
「・・・失礼しました」
そうでしたね。
大丈夫です。オレも保証しますよ。
貴方は、殿下は、きっと誰よりも幸せになれると思います。
そう思いながら、オレは殿下のふくれっ面に破顔した。
エントランスに飾ったリースを、興味深げに眺めているのは、レオンとケインとライナスの三人だった。
あれからレオンハルトと手紙を何度かやり取りする中で、シュリエラ・ライプニヒからの手紙と贈り物についても触れたことがあり、今日は少し時間が出来たから、と三人で訪問してくれた際にお披露目した訳だ。
なんだか三人揃うところを見るのは、久しぶりな気がして。
エレアーナの口元も、自然と緩んでしまう。
彼らも嬉しそうに見えるのは、気のせいではないだろう。
本当にカトリアナには感謝しかない。
この楽しそうな三人のお姿が、また見られるようになったのだから。
ふふ。ケインさまも、きっと、ほっとされたわよね。
そう思って、ちらりとケインバッハの顔に視線を移す。
ケインバッハは、先ほどからシュリエラが送ったリースを眺めている。
しみじみと、何か思案する様子で。
そして、少し表情が緩む。
「そうか、シュリエラ嬢が・・・」
あら?
ケインさまが、なんだか感慨深げだわ。
目元は少し穏やかに細められて。
少しだけ、口角が上がっている。
嬉しいのね。
シュリエラさまのリースを、見て。
そっか。
・・・シュリエラさまの、リースが。
嬉しいんだ。
「なんだぁ? ケイン、お前なんだか嬉しそうだな」
「あれ、本当だ。少し目元が緩んでる。えー、このリースがどうかしたの? それともシュリエラ嬢と何かあった?」
「いや・・・別に、大したことではない」
・・・あら?
なにかしら。
なにか、変、だわ。
胸が、ちくちく、する。
ケインさまの、嬉しそうな顔が。
何故かしら。
見たくない、なんて。
ケインさまは。
シュリエラさまの話で、何故そんな顔をなさるのかしら?
・・・なんて。
どうして、そんなことを思っているのかしら?
「おい、なんだよ、ケイン? そういう言い方は却って気になるだろうが」
「そうだよ。大したことじゃなくても、何かあったって顔してるし」
「いや、本当にそんな大したことでは・・・」
ケインさまが困ってる。
ねぇ、皆さま。
その話題は止めましょう。
私は、聞きたくない、です。
「隠すと余計に気になるって」
「そうだよ。ねぇ、エレアーナ嬢だって・・・」
聞きたく、ない。
だって、私は。
レオンさまが、私に話を振ろうとして、言葉が途切れる。
レオンさまのその様子に、一拍遅れて、ライナスさまとケインさまも、こちらを見る。
え?
どうして、そんな驚いた顔をなさっているの?
私は、今、どんな顔をしているのかしら?
わからない。わからない、けど。
今は。
今は、顔を見られたくない。
だって、今は。
きっと、私は、上手く笑えない。
「・・・申し訳ありません。わたくし、ちょっと・・・」
失礼を承知で。
三人に背を向けて、走り出す。
ぱたぱたという足音をたてて庭園の方へ去って行く後姿を、三人はぽかんとした顔で見つめていて。
しばらくの間、呆然としていたけれども。
「・・・ヤバい」
ぽつりと、ライナスが呟いた。
「うん、・・・ヤバいね。て言うか、凄くまずいよ」
「・・・」
「おいっ! ケイン!」
言葉もなく、エレアーナが走り去った方をじっと見つめるケインの背中を、ライナスがバシッと叩く。
「痛っ」
「早くっ! 早く行け!」
「そうだよ、ケイン! 早く行って説明して来なさい!」
「説明・・・」
「シュリエラ嬢のリースを見て、嬉しそうにしてた理由をだ。早く!」
もう一度、べしん、と叩かれ、前に押し出される。
その勢いに、足元が少しふらついて、よろよろと数歩、前に出て。
「・・・行ってくる」
そう言って、ケインは駆け出した。
エレアーナの後を追いかけて。
かなり慌てて。
その後姿を見送りながら。
レオンハルトは、ぽつりと、感嘆の混じった言葉を漏らした。
「エレアーナ嬢でも、あんな顔をするんだね」
その顔は、かなりの驚きと、少しの切なさとが入り混じっていて。
ああ、でも。
ショックはそれほど大きくなさそうだ。
その表情に、ライナスはそう思って、少し安堵して。
それから、少々、複雑な気持ちで頷いた。
「・・・エレアーナ嬢も、普通の女の子なんですね」
「そうだね。やっぱり、普通の女の子だったね」
ケインを祝福したい気持ちと、殿下に対する申し訳なさと、置いていかれたような寂しさと、それから・・・あまり認めたくないが、羨ましさと。
ライナスの中は、今、いろいろな感情で、ごちゃごちゃだ。
でも。
とりあえずは、反省・・・かな。
「いやー、ちょっと無神経なこと言っちゃってましたね。オレたち」
「うん。そうみたいだね。女の子って、僕が思ってたよりもずっとデリケートなんだね。次は気をつけないと」
え? 次?
次って言いましたか?
いや、さっきのって。
結構、決定的な瞬間だったと思ったんですけど。
なんか、やたら前向きな言葉が聞こえてきたぞ。
「次・・・ですか?」
「うん」
殿下は、初めて会ったときのような、眩いばかりの笑顔を浮かべて、こう答えた。
「前にライナスに聞かれたときに、言っただろ?」
「・・・何の話ですか?」
呆れた表情で、オレを見上げる。
「えー、忘れたの?」
殿下は少し首を傾げながら、言葉を継いだ。
「エレアーナ嬢がケインを選んだらどうするつもりかって、前、僕に聞いてきたじゃないか」
「あ・・・」
あのときの。
「僕、言ったよね。その時は、他の素敵な令嬢を見つけて、誰よりも幸せになってみせるって」
はい、確かに仰いました。
「だから、次に恋をする時は、僕の素敵なご令嬢に、あんな顔をさせないように気をつけないとって思ったの」
・・・ああ。
流石です、殿下。
「もう、忘れるなんて酷いな。ライナスは僕の護衛だろ?」
「・・・失礼しました」
そうでしたね。
大丈夫です。オレも保証しますよ。
貴方は、殿下は、きっと誰よりも幸せになれると思います。
そう思いながら、オレは殿下のふくれっ面に破顔した。
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