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宰相の一人息子の決意

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--レオンハルト・リーベンフラウン王太子殿下は、エレアーナ・ブライトン公爵令嬢を婚約者に望んでいる。--

最近あちこちで囁かれるその噂は、もちろんケインバッハの耳にも届いていた。

出どころが一瞬、気にはなったが、それも仕方ないかと考え直す。

あのときの様子では、見る人が見れば勘ぐるのも当然か、と。

エレアーナ嬢の家柄や容姿は申し分なく、年齢差も問題ない。
実に理想的な縁組なのだ。
他に妙齢のご令嬢がいる貴族の家以外にとっては、だが。

父の話から判断すると、どうにも反応が気になるのは、ライプニヒ公爵。
かなり気位が高い方らしい。

公爵の娘は、確かエレアーナ嬢と同い年だと聞いた。
名は……シュリエラ嬢だったか。

顔合わせのパーティに、これまで欠かさず出席している令嬢だ。
先日のガーデンパーティにも、やはり顔を出していた。

レオンの気をなんとか引こうと、何度も何度も近づいては話しかけて。
対してレオンは、当たり障りのない会話でかわしていたが。

あの様子では、恐らくレオンは好意の欠片も抱いてないだろう。

華やかな美しさは確かにある。
だが身繕いが少々けばけばしく、どうにも気性が激しそうな振る舞いが目立つ令嬢で。

12歳ともなれば、高位貴族のご令嬢として、もう少し見苦しくない振る舞いができて然るべきなのだが。
……特にエレアーナ嬢に対しては、あからさまだった。

使っている皿の趣味が悪いだの、菓子が甘すぎるだの、召使の躾がなっていないだの、と。
なんとも感情的に突っかかっていた。

俺から見ても、ブライトン家は最上級のもてなしを提供していたと思うのに。

恐らくは、レオンがエレアーナ嬢に向けていた眼差しが、よほど気に入らなかったのだろう。

窓から陽射しが優しく降り注ぐ自室のテーブルで、ケインバッハは用意されたお茶を一口飲み、はぁ、と息をつく。
父から聞いた話を思い返しながら。

ライプニヒ公爵家が最も権勢を誇ったのは、先代の国王の治世のとき。
現公爵のファーブライエン・ライプニヒ公の父君は財務大臣まで務めたという。

癖があり少々扱いづらい性格ながらも、数字に強く非常に有能で、様々な金融政策を打ち立てた切れ者だったとか。

後継である現ライプニヒ公に出世の望みが全くないとは口が裂けても言えないが、結局のところ、現状は未だ財務部管轄の管理室長どまり。

公爵という家格ながら、財務大臣の補佐官にすらなれていないのが現状だ。

現宰相の父曰く、「卿は目先の些事にとらわれすぎる小者」らしい。

目立つ要職に就けていない今、権力を握るために王太子妃の座をどうしても手に入れたいと思っているのかもしれないが。
それにしても、やり方が余りにあからさますぎる。

パーティでの様子を思い出し、苦笑が漏れた。

あの感情的、直情的振る舞いが父親譲りだとしたら、現ライプニヒ公に代替わりしてすぐ、権力のある職務から遠のけられたのも頷ける。

さて、この噂に、ライプニヒ公爵はどう出るのだろうか。

いや、何かしてほしい訳ではない。
大人しく現実を受け入れてくれればいいと思っている。

恐らく、陛下も、あのシュリエラ嬢に王太子妃が務まるとは考えておられまい。
候補として名を連ねることで、相手側の体面を保つ体だったというところだろう。

そうは思っていないのは、ライプニヒ家だけ、ということか。

いや、と頭を軽く振ってみた。

こんなことを考えても、俺にできることなどないのだ。
--今は。

ただ—
うん、そうだな。
エレアーナ嬢に矛先が向かないといい、とは思う。

そうだ、何も無ければそれでいい。
それが一番いいに決まっている。

だが、何かが起きた場合は。
その時は、せめて俺も何かの形で彼女を守りたい。

打ち明けるつもりは毛頭ないが、彼女の幸せを願う気持ちは変わらないのだから。

ケインバッハは、カップのお茶を飲み干すと、静かに席を立った。

取り敢えず、剣の指南先でも探すとするか。

頭の中で、知りうる限り強い人物を考えてみる。
一番に思い浮かんだのは、カーン・ロッテングルム卿の顔。

辺境伯であるロッテングルム卿は、現在、王国騎士団の長を務めており、国内最強と謳われている人物で。
剣の才に秀でているという卿の三男は、すでに入団して騎士団内で研鑽を積み、着実に力をつけているという。

たいへん、忙しい方だ。

……問題は、どう頼み込むか、だな。

ケインバッハは、自分の掌を見つめてふっと笑う。

現金なものだ。
今までは、書にばかり目を向けていたというのに。

己の単純さに呆れながらも、さて、どうやって騎士団長を口説き落とそうかと、ケインバッハは考えを巡らせた。
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