108 / 116
待ってた言葉
しおりを挟む
「母さんとカーマインさんの結婚式に王さまを招待するの!」
サーヤのその言葉を耳にした時、心臓が止まるかと思った。
また同時に、花嫁衣裳を身に纏った美しいレーナの姿が眼裏に浮かんだ。
そして、その隣に立つ新郎が。
新郎が、私になる、と。
いかん、想像の域を超える程の身に余る話だ。
この私が、レーナの・・・夫を名乗るなど。
いや、確かにガルハムたちがレーナを『奥さん』と言った時は死ぬほど嬉しかったが。
実際、死ぬかと思うほど鼓動が激しくなって、呼吸もままならなくなって、気が遠くなりかけたが。
だからといって、け、け、け、け、結婚式でレーナを妻とすることを宣言するなんて。
いくらダーラスの動きを牽制するためとはいえ、これは私の利にしかならない話ではないだろうか。
レーナは、それでいいと言ってくれるのだろうか。
・・・ただ側にいられればそれでいい、と王宮で出会った時から思っていたのに。
困った時に助けになれれば、その命を守れれば、ただそう思っていただけなのに。
なのに、私の利にしかならないようなこの話を・・・おこがましくも嬉しいと思ってしまうなんて。
レーナほどの素晴らしい女性ならば、世界強国の大王、アルタザークスでさえ結婚を申し込むのに躊躇するだろうに。
この世界の創始者あると言われる大君、マカイオラスでさえその隣に立てば見劣りするだろうに。
それを、それを、一国の一魔法使いに過ぎない私が行ってしまうとは。
・・・一生分の幸運を一度に使い切ったような、そんな気分だ。
ああ、そうだ、私はなんと・・・
「・・・貴、・・・叔父貴」
耳元で聞こえた大きな声に、はっと我に返る。
「あ、戻ってきた? ったく、何ぼーっとしてんだよ」
いつの間にか目の前に立っていたのは、愛想の欠片もない私の甥だ。
こんな乱暴者にあの方のお子が好意を寄せているとは、全くもって納得しがたい。
彼女の心の広さには限度というものがないのだろうか。
「・・・何かロクでもない事を考えてるんじゃないだろうな?」
この甥は、たまに鋭い。
相手にすると面倒なので、ここは黙っておこう。
「それで、何の用だ?」
「ああ、レーナが叔父貴のこと探してたぜ」
「レーナが?」
なんだろう。
「なんか、式のことで相談したいとか何とか言ってたけど」
式。結婚式のことか。
「わかった」
先ほどまでいたという庭先に足を向ける中、頭では色々な考えがぐるぐると巡っていた。
好きだ、と、あの方は何度も私に伝えてくださっている。
おこがましい事ではあるが、あの方の深い愛情を疑うつもりなど毛頭ない。
お人柄も素晴らしい。
優しく、美しく、気高く、芯のある強い女性だ。
それほどの方に、私が与えられるものは、内奥から湧き出るこの深い敬愛の念だけ。
この気持ちしか、私にはあの方にお捧げできるものがない。
こんな私でいいのだろうか。
先の国王との婚姻で絶望の底に叩き落とされたあの方は、今度こそ幸せになれるだろうか。
私は、あの方を幸せに出来るのだろうか。
庭に出ると、竿に干されて風にはためく洗濯物が目に入る。
目を細めてそれを眺めているレーナの後ろ姿が、何故だろう、ただ立っているだけなのに、とても眩しくて。
私の足音に気づいたのか、レーナが振り返る。
そして、ふわりと笑った。
「来てくれたのね、カーマイン」
「はい」
「今日は風があるから、お洗濯ものがよく乾きそう」
「そうですね」
「竿にずらっとお洗濯ものが並んでるのって、なんだか壮観よね」
何とはない会話が続く。
話があったのではないのか?
もしや、何か言いづらい話なのだろうか。
もしかして。
もしかして、王に見せつける為だけに式まで執り行うのは、やりすぎだ、とか。
それは、そうだが。
そうなんだが。
・・・うん?
私は止められたら嫌なのか?
自分では相応しくない、これでいいのか、とか悩んでいながら、止めると言われたら嫌なのか?
・・・私は。
「ねぇ、カーマイン」
「・・・はい」
「式のことなんだけどね」
「はい」
「嫌、じゃない?」
「・・・」
やはり、そこまでするのは嫌だ、と、思っておられるのですか?
「嫌だったらはっきり言ってね。貴方、私のことになると、どんな無茶でもやってくれるから」
無茶ではありません。
ただ貴女の重荷になりたくないのです。
いつでも、どこでも、貴女が困っていたら助けたいだけなのです。
「嫌・・・ではありません。私は貴女に自分の全てを捧げると誓った男ですから」
レーナは困ったように笑う。
「私のことより・・・貴方の気持ちは? 貴方は、自分のことを考えてる?」
その質問に戸惑いを覚える。
私の気持ち?
自分のこと?
この方は何を仰っているんだ?
私は。
何故なら私は。
「・・・自分の気持ちなど、今さら考える必要もありません。私の幸せは貴女と共にいることにあるのですから」
「・・・」
「ただ・・・」
「ただ?」
「それでは私が幸せになるだけで、貴女の幸せが保証されないのが残念です」
「・・・私の幸せが貴方の幸せと同じ条件だったら?」
「は?」
「私も、貴方と一緒にいることで幸せになれるのなら、貴方はどうする?」
「それは・・・」
一旦、口を噤む。
少し考えて。
「私が・・・夫となる事で、貴女は幸せになれるのですか?」
「そうね、絶対になれるわ」
「私が、幸せになれるだけでなく?」
「ええ」
ああ、そんな単純な事だったのか、と、ようやく気づいて。
「私が貴女を幸せに出来るという事でしたら、それは望外の喜びです」
そう答えて、膝を折る。
そうして彼女の前に跪いてから、その手を取った。
私と幸せになれると確約してくださった方に、心を込めて申し込む。
「それではレーナ、どうか私と結婚してくださいませんか」
ここでやっとレーナは、あの花のように美しい微笑みを見せてくれて。
そうして嬉しそうに「はい」と答えた。
サーヤのその言葉を耳にした時、心臓が止まるかと思った。
また同時に、花嫁衣裳を身に纏った美しいレーナの姿が眼裏に浮かんだ。
そして、その隣に立つ新郎が。
新郎が、私になる、と。
いかん、想像の域を超える程の身に余る話だ。
この私が、レーナの・・・夫を名乗るなど。
いや、確かにガルハムたちがレーナを『奥さん』と言った時は死ぬほど嬉しかったが。
実際、死ぬかと思うほど鼓動が激しくなって、呼吸もままならなくなって、気が遠くなりかけたが。
だからといって、け、け、け、け、結婚式でレーナを妻とすることを宣言するなんて。
いくらダーラスの動きを牽制するためとはいえ、これは私の利にしかならない話ではないだろうか。
レーナは、それでいいと言ってくれるのだろうか。
・・・ただ側にいられればそれでいい、と王宮で出会った時から思っていたのに。
困った時に助けになれれば、その命を守れれば、ただそう思っていただけなのに。
なのに、私の利にしかならないようなこの話を・・・おこがましくも嬉しいと思ってしまうなんて。
レーナほどの素晴らしい女性ならば、世界強国の大王、アルタザークスでさえ結婚を申し込むのに躊躇するだろうに。
この世界の創始者あると言われる大君、マカイオラスでさえその隣に立てば見劣りするだろうに。
それを、それを、一国の一魔法使いに過ぎない私が行ってしまうとは。
・・・一生分の幸運を一度に使い切ったような、そんな気分だ。
ああ、そうだ、私はなんと・・・
「・・・貴、・・・叔父貴」
耳元で聞こえた大きな声に、はっと我に返る。
「あ、戻ってきた? ったく、何ぼーっとしてんだよ」
いつの間にか目の前に立っていたのは、愛想の欠片もない私の甥だ。
こんな乱暴者にあの方のお子が好意を寄せているとは、全くもって納得しがたい。
彼女の心の広さには限度というものがないのだろうか。
「・・・何かロクでもない事を考えてるんじゃないだろうな?」
この甥は、たまに鋭い。
相手にすると面倒なので、ここは黙っておこう。
「それで、何の用だ?」
「ああ、レーナが叔父貴のこと探してたぜ」
「レーナが?」
なんだろう。
「なんか、式のことで相談したいとか何とか言ってたけど」
式。結婚式のことか。
「わかった」
先ほどまでいたという庭先に足を向ける中、頭では色々な考えがぐるぐると巡っていた。
好きだ、と、あの方は何度も私に伝えてくださっている。
おこがましい事ではあるが、あの方の深い愛情を疑うつもりなど毛頭ない。
お人柄も素晴らしい。
優しく、美しく、気高く、芯のある強い女性だ。
それほどの方に、私が与えられるものは、内奥から湧き出るこの深い敬愛の念だけ。
この気持ちしか、私にはあの方にお捧げできるものがない。
こんな私でいいのだろうか。
先の国王との婚姻で絶望の底に叩き落とされたあの方は、今度こそ幸せになれるだろうか。
私は、あの方を幸せに出来るのだろうか。
庭に出ると、竿に干されて風にはためく洗濯物が目に入る。
目を細めてそれを眺めているレーナの後ろ姿が、何故だろう、ただ立っているだけなのに、とても眩しくて。
私の足音に気づいたのか、レーナが振り返る。
そして、ふわりと笑った。
「来てくれたのね、カーマイン」
「はい」
「今日は風があるから、お洗濯ものがよく乾きそう」
「そうですね」
「竿にずらっとお洗濯ものが並んでるのって、なんだか壮観よね」
何とはない会話が続く。
話があったのではないのか?
もしや、何か言いづらい話なのだろうか。
もしかして。
もしかして、王に見せつける為だけに式まで執り行うのは、やりすぎだ、とか。
それは、そうだが。
そうなんだが。
・・・うん?
私は止められたら嫌なのか?
自分では相応しくない、これでいいのか、とか悩んでいながら、止めると言われたら嫌なのか?
・・・私は。
「ねぇ、カーマイン」
「・・・はい」
「式のことなんだけどね」
「はい」
「嫌、じゃない?」
「・・・」
やはり、そこまでするのは嫌だ、と、思っておられるのですか?
「嫌だったらはっきり言ってね。貴方、私のことになると、どんな無茶でもやってくれるから」
無茶ではありません。
ただ貴女の重荷になりたくないのです。
いつでも、どこでも、貴女が困っていたら助けたいだけなのです。
「嫌・・・ではありません。私は貴女に自分の全てを捧げると誓った男ですから」
レーナは困ったように笑う。
「私のことより・・・貴方の気持ちは? 貴方は、自分のことを考えてる?」
その質問に戸惑いを覚える。
私の気持ち?
自分のこと?
この方は何を仰っているんだ?
私は。
何故なら私は。
「・・・自分の気持ちなど、今さら考える必要もありません。私の幸せは貴女と共にいることにあるのですから」
「・・・」
「ただ・・・」
「ただ?」
「それでは私が幸せになるだけで、貴女の幸せが保証されないのが残念です」
「・・・私の幸せが貴方の幸せと同じ条件だったら?」
「は?」
「私も、貴方と一緒にいることで幸せになれるのなら、貴方はどうする?」
「それは・・・」
一旦、口を噤む。
少し考えて。
「私が・・・夫となる事で、貴女は幸せになれるのですか?」
「そうね、絶対になれるわ」
「私が、幸せになれるだけでなく?」
「ええ」
ああ、そんな単純な事だったのか、と、ようやく気づいて。
「私が貴女を幸せに出来るという事でしたら、それは望外の喜びです」
そう答えて、膝を折る。
そうして彼女の前に跪いてから、その手を取った。
私と幸せになれると確約してくださった方に、心を込めて申し込む。
「それではレーナ、どうか私と結婚してくださいませんか」
ここでやっとレーナは、あの花のように美しい微笑みを見せてくれて。
そうして嬉しそうに「はい」と答えた。
21
お気に入りに追加
349
あなたにおすすめの小説
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
偽りの結婚生活 ~私と彼の6年間の軌跡
結城芙由奈
恋愛
偽りの結婚をした男性は決して好きになってはいけない私の初恋の人でした―
大手企業に中途採用された「私」。だけどその実態は仮の結婚相手になる為の口実・・。
これは、初恋の相手を好きになってはいけない「私」と「彼」・・そして2人を取り巻く複雑な人間関係が繰り広げられる6年間の結婚生活の軌跡の物語—。
<全3部作:3部作目で完結です:終章に入りました:本編完結、番外編完結しました>
※カクヨム・小説家になろうにも投稿しています
『白い結婚』が好条件だったから即断即決するしかないよね!
三谷朱花
恋愛
私、エヴァはずっともう親がいないものだと思っていた。亡くなった母方の祖父母に育てられていたからだ。だけど、年頃になった私を迎えに来たのは、ピョルリング伯爵だった。どうやら私はピョルリング伯爵の庶子らしい。そしてどうやら、政治の道具になるために、王都に連れていかれるらしい。そして、連れていかれた先には、年若いタッペル公爵がいた。どうやら、タッペル公爵は結婚したい理由があるらしい。タッペル公爵の出した条件に、私はすぐに飛びついた。だって、とてもいい条件だったから!
【完結】悪女のなみだ
じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」
双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。
カレン、私の妹。
私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。
一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。
「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」
私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。
「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」
罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。
本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。
王子様と朝チュンしたら……
梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)
野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。
※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。
※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、
どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる