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待ってた言葉

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「母さんとカーマインさんの結婚式に王さまを招待するの!」

サーヤのその言葉を耳にした時、心臓が止まるかと思った。
また同時に、花嫁衣裳を身に纏った美しいレーナの姿が眼裏に浮かんだ。

そして、その隣に立つ新郎が。
新郎が、私になる、と。

いかん、想像の域を超える程の身に余る話だ。

この私が、レーナの・・・夫を名乗るなど。

いや、確かにガルハムたちがレーナを『奥さん』と言った時は死ぬほど嬉しかったが。
実際、死ぬかと思うほど鼓動が激しくなって、呼吸もままならなくなって、気が遠くなりかけたが。

だからといって、け、け、け、け、結婚式でレーナを妻とすることを宣言するなんて。

いくらダーラスの動きを牽制するためとはいえ、これは私の利にしかならない話ではないだろうか。
レーナは、それでいいと言ってくれるのだろうか。

・・・ただ側にいられればそれでいい、と王宮で出会った時から思っていたのに。
困った時に助けになれれば、その命を守れれば、ただそう思っていただけなのに。

なのに、私の利にしかならないようなこの話を・・・おこがましくも嬉しいと思ってしまうなんて。

レーナほどの素晴らしい女性ならば、世界強国の大王、アルタザークスでさえ結婚を申し込むのに躊躇するだろうに。
この世界の創始者あると言われる大君、マカイオラスでさえその隣に立てば見劣りするだろうに。

それを、それを、一国の一魔法使いに過ぎない私が行ってしまうとは。

・・・一生分の幸運を一度に使い切ったような、そんな気分だ。
ああ、そうだ、私はなんと・・・



「・・・貴、・・・叔父貴」

耳元で聞こえた大きな声に、はっと我に返る。

「あ、戻ってきた? ったく、何ぼーっとしてんだよ」

いつの間にか目の前に立っていたのは、愛想の欠片もない私の甥だ。
こんな乱暴者にあの方のお子が好意を寄せているとは、全くもって納得しがたい。
彼女の心の広さには限度というものがないのだろうか。

「・・・何かロクでもない事を考えてるんじゃないだろうな?」

この甥は、たまに鋭い。
相手にすると面倒なので、ここは黙っておこう。

「それで、何の用だ?」
「ああ、レーナが叔父貴のこと探してたぜ」
「レーナが?」

なんだろう。

「なんか、式のことで相談したいとか何とか言ってたけど」

式。結婚式のことか。

「わかった」

先ほどまでいたという庭先に足を向ける中、頭では色々な考えがぐるぐると巡っていた。

好きだ、と、あの方は何度も私に伝えてくださっている。
おこがましい事ではあるが、あの方の深い愛情を疑うつもりなど毛頭ない。

お人柄も素晴らしい。
優しく、美しく、気高く、芯のある強い女性だ。

それほどの方に、私が与えられるものは、内奥から湧き出るこの深い敬愛の念だけ。
この気持ちしか、私にはあの方にお捧げできるものがない。

こんな私でいいのだろうか。
先の国王との婚姻で絶望の底に叩き落とされたあの方は、今度こそ幸せになれるだろうか。

私は、あの方を幸せに出来るのだろうか。

庭に出ると、竿に干されて風にはためく洗濯物が目に入る。

目を細めてそれを眺めているレーナの後ろ姿が、何故だろう、ただ立っているだけなのに、とても眩しくて。

私の足音に気づいたのか、レーナが振り返る。
そして、ふわりと笑った。

「来てくれたのね、カーマイン」
「はい」
「今日は風があるから、お洗濯ものがよく乾きそう」
「そうですね」
「竿にずらっとお洗濯ものが並んでるのって、なんだか壮観よね」

何とはない会話が続く。

話があったのではないのか?
もしや、何か言いづらい話なのだろうか。

もしかして。
もしかして、王に見せつける為だけに式まで執り行うのは、やりすぎだ、とか。

それは、そうだが。
そうなんだが。

・・・うん?
私は止められたら嫌なのか?

自分では相応しくない、これでいいのか、とか悩んでいながら、止めると言われたら嫌なのか?

・・・私は。

「ねぇ、カーマイン」
「・・・はい」
「式のことなんだけどね」
「はい」
「嫌、じゃない?」
「・・・」

やはり、そこまでするのは嫌だ、と、思っておられるのですか?

「嫌だったらはっきり言ってね。貴方、私のことになると、どんな無茶でもやってくれるから」

無茶ではありません。
ただ貴女の重荷になりたくないのです。

いつでも、どこでも、貴女が困っていたら助けたいだけなのです。

「嫌・・・ではありません。私は貴女に自分の全てを捧げると誓った男ですから」

レーナは困ったように笑う。

「私のことより・・・貴方の気持ちは? 貴方は、自分のことを考えてる?」

その質問に戸惑いを覚える。

私の気持ち?
自分のこと?

この方は何を仰っているんだ?

私は。
何故なら私は。

「・・・自分の気持ちなど、今さら考える必要もありません。私の幸せは貴女と共にいることにあるのですから」
「・・・」
「ただ・・・」
「ただ?」
「それでは私が幸せになるだけで、貴女の幸せが保証されないのが残念です」
「・・・私の幸せが貴方の幸せと同じ条件だったら?」
「は?」
「私も、貴方と一緒にいることで幸せになれるのなら、貴方はどうする?」
「それは・・・」

一旦、口を噤む。
少し考えて。

「私が・・・夫となる事で、貴女は幸せになれるのですか?」
「そうね、絶対になれるわ」
「私が、幸せになれるだけでなく?」
「ええ」

ああ、そんな単純な事だったのか、と、ようやく気づいて。

「私が貴女を幸せに出来るという事でしたら、それは望外の喜びです」

そう答えて、膝を折る。
そうして彼女の前に跪いてから、その手を取った。

私と幸せになれると確約してくださった方に、心を込めて申し込む。

「それではレーナ、どうか私と結婚してくださいませんか」

ここでやっとレーナは、あの花のように美しい微笑みを見せてくれて。

そうして嬉しそうに「はい」と答えた。
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