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分かってはいるんです
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「せっかく、籠いっぱいに貴重な薬草を摘んできたのに無駄になってしまった、そう思ったんですけどね」
ふ、と薄く笑んだ。
「気が抜けた僕は妹の葬儀の後、倒れてしまったんですよ。最初は、ただの疲労かと思っていたのですが、そうじゃなくて・・・僕も妹と同じ病にかかっていたようで」
なんだろう。
クルテルくんは、静かに笑みを浮かべていて。
なのに、すごく、すごく、怒って見える。
「でも、僕の時は薬が十分にありましたからね。十日もすれば、すぐに元気になりましたよ。街のお医者さんも吃驚してました。・・・そりゃそうですよね。それまで誰も・・・街の皆も妹も、薬がなくて死んでいったんですから」
「・・・」
「母は、お医者さんに残りの薬草を全部渡しました。街の皆のために使ってくれ、と言って。勿論、お医者さんは大喜びで受け取ったんですが、その時、万が一のためにと、一人分だけ薬を家に置いていったんです。その万が一というのは、当然、母がその病気になった時という意味でした」
一旦、話が途切れた。
ちら、と視線をやると、クルテルくんはぐっと唇を噛んでいて。
それはもう、きつく、きつく、今にも切れて、血が滲むんじゃないかって思うくらいに。
「・・・ある日、見知らぬ男性が訪ねてきて、玄関先で何か母と話していたことがあったんです。僕も他にやる事がたくさんあったので、何の用だったかも知らなかったのですが・・・」
ようやく口を開いたクルテルくんの声は、少し掠れていて。
「そんな時に、お医者さんの予想が当たりました。母がとうとうその病に罹ってしまったんです。それでも薬はあるから大丈夫、母さんはちゃんと治るって、そう安心していたんですけど」
・・・え?
「安心、していたんですけど、ね・・・」
え? どうして?
「薬・・・なくて」
「え・・・? ないって、どうして・・・?」
「・・・前に僕が見かけた男性、あの人に薬をあげちゃってたんです。その人の子どもが病に罹っていたのですが、薬はもう底をついていたらしく手に入らない状態だったようで。そしたら母は、自分の分を渡したらしくて・・・」
クルテルくんが口をつぐむと静けさが部屋を包んだ。
時計の針が進む、カチコチ、という音だけが響いて。
僕はなんだか胸が苦しくなった。
どうしよう。
何て声をかけたらいいか、分からない。
僕なんかが、クルテルくんの話を聞いて良かったんだろうかって心配になって。
耳が痛くなるような静寂の後、ようやくクルテルくんは口を開いた。
「母の葬儀の後、最初は一人で暮らしていました。でも、ある日、使いが来て、父親が僕を引き取りたいと言っている、と・・・。そのとき初めて、父親がいることを知ったんです」
眼が・・・。
クルテルくんの眼が。
暗く淀んで、いつものクルテルくんじゃないみたいだ。
「その時の僕は、今よりももっと子どもでしたし、ただ黙ってついて行くしかありませんでした。・・・まあ、顔も知らない父親に会ってみたかったっていう気持ちも多少はあったんですけどね。でも、行ってすぐに後悔しました」
ぐっと握り込んだ拳に、更に力が加わって。
これは・・・怒り?
それとも・・・悲しいの?
「新しい家に到着した僕を出迎えたのは、アデルさんとソフィ、そしてあの男性でした」
「え?」
思わず呆けた声が出た。
「母に薬をもらいに来た男、その男が僕の父だったんです」
「え、と・・・それはつまり・・・薬が必要だったのは・・・」
僕の声まで掠れていて。
「ソフィ・・・さん?」
自分の声じゃないみたいだ。
クルテルくんは、こくりと頷くのが見えた。
そんな。
そんな。
どうして。
「父は知らなかったみたいでした。あの薬が母の分だったということを」
クルテルくんは、淡々と話し続ける。
「ただ、町の皆を救った薬草は、もともとは僕が摘んできたものだったと聞いて、なんとかならないかと母を訪ねてきただけらしいのですが」
手は、そんなに強くきつく握りしめられているのに。
顔色はそんなに真っ青なのに。
「まさか、そのために母が命を落とすとは思ってもいなかった、と、そう言って」
言葉だけは、平坦なまま。
「父も、義母も、それはそれは、僕に気を遣ってくれました。感謝して、優しくして、色々と物を買い与えて、贅沢な食事を用意して。・・・ソフィも僕に懐いて、どこに行くにもまとわりついてきて・・・」
あの時のクルテルくんは、あんなに泣きじゃくってたのに。
今はそんな気配もなくて。
「分かってはいるんです。母が死んだのは、あの人たちのせいじゃない。薬を渡した時の母は元気でしたし、何よりそうすることを選んだのは母自身ですしね。・・・でも、一緒にいると・・・必死になって僕に優しくするあの人たちを見てると、息が詰まるんですよ」
泣いてくれた方が、まだ安心する。
こんなクルテルくんは、感情を押し殺してしまったクルテルくんは、危うくて、壊れそうで。
「贖罪をしようと必死過ぎて、求めてもいないものを与えようとする。そして、それを感謝して受け入れないと、がっかりして許してほしいと懇願する。恨んでいないとどれだけ言っても、決してそれを信じてはくれない。可笑しいでしょう? 離れたって繋がりは消えないのに、どうしたって家族という事実は残るのに、あの人たちの罪悪感を打ち消すためだけにあの家にいることを望まれて・・・。もうそんなの、どうでもいいのに」
こんな顔してるの、見ているだけで辛い。
「恨みとか、そういうのじゃなくて、僕は、師匠みたいな魔法使いになりたいだけなのに」
うん、そうだよね。
クルテルくん、僕、分かるよ。
何もかも失くしても、それでもまだ、諦められないものがあるって。
それがあるから、なんとか生きていけるんだって。
ふ、と薄く笑んだ。
「気が抜けた僕は妹の葬儀の後、倒れてしまったんですよ。最初は、ただの疲労かと思っていたのですが、そうじゃなくて・・・僕も妹と同じ病にかかっていたようで」
なんだろう。
クルテルくんは、静かに笑みを浮かべていて。
なのに、すごく、すごく、怒って見える。
「でも、僕の時は薬が十分にありましたからね。十日もすれば、すぐに元気になりましたよ。街のお医者さんも吃驚してました。・・・そりゃそうですよね。それまで誰も・・・街の皆も妹も、薬がなくて死んでいったんですから」
「・・・」
「母は、お医者さんに残りの薬草を全部渡しました。街の皆のために使ってくれ、と言って。勿論、お医者さんは大喜びで受け取ったんですが、その時、万が一のためにと、一人分だけ薬を家に置いていったんです。その万が一というのは、当然、母がその病気になった時という意味でした」
一旦、話が途切れた。
ちら、と視線をやると、クルテルくんはぐっと唇を噛んでいて。
それはもう、きつく、きつく、今にも切れて、血が滲むんじゃないかって思うくらいに。
「・・・ある日、見知らぬ男性が訪ねてきて、玄関先で何か母と話していたことがあったんです。僕も他にやる事がたくさんあったので、何の用だったかも知らなかったのですが・・・」
ようやく口を開いたクルテルくんの声は、少し掠れていて。
「そんな時に、お医者さんの予想が当たりました。母がとうとうその病に罹ってしまったんです。それでも薬はあるから大丈夫、母さんはちゃんと治るって、そう安心していたんですけど」
・・・え?
「安心、していたんですけど、ね・・・」
え? どうして?
「薬・・・なくて」
「え・・・? ないって、どうして・・・?」
「・・・前に僕が見かけた男性、あの人に薬をあげちゃってたんです。その人の子どもが病に罹っていたのですが、薬はもう底をついていたらしく手に入らない状態だったようで。そしたら母は、自分の分を渡したらしくて・・・」
クルテルくんが口をつぐむと静けさが部屋を包んだ。
時計の針が進む、カチコチ、という音だけが響いて。
僕はなんだか胸が苦しくなった。
どうしよう。
何て声をかけたらいいか、分からない。
僕なんかが、クルテルくんの話を聞いて良かったんだろうかって心配になって。
耳が痛くなるような静寂の後、ようやくクルテルくんは口を開いた。
「母の葬儀の後、最初は一人で暮らしていました。でも、ある日、使いが来て、父親が僕を引き取りたいと言っている、と・・・。そのとき初めて、父親がいることを知ったんです」
眼が・・・。
クルテルくんの眼が。
暗く淀んで、いつものクルテルくんじゃないみたいだ。
「その時の僕は、今よりももっと子どもでしたし、ただ黙ってついて行くしかありませんでした。・・・まあ、顔も知らない父親に会ってみたかったっていう気持ちも多少はあったんですけどね。でも、行ってすぐに後悔しました」
ぐっと握り込んだ拳に、更に力が加わって。
これは・・・怒り?
それとも・・・悲しいの?
「新しい家に到着した僕を出迎えたのは、アデルさんとソフィ、そしてあの男性でした」
「え?」
思わず呆けた声が出た。
「母に薬をもらいに来た男、その男が僕の父だったんです」
「え、と・・・それはつまり・・・薬が必要だったのは・・・」
僕の声まで掠れていて。
「ソフィ・・・さん?」
自分の声じゃないみたいだ。
クルテルくんは、こくりと頷くのが見えた。
そんな。
そんな。
どうして。
「父は知らなかったみたいでした。あの薬が母の分だったということを」
クルテルくんは、淡々と話し続ける。
「ただ、町の皆を救った薬草は、もともとは僕が摘んできたものだったと聞いて、なんとかならないかと母を訪ねてきただけらしいのですが」
手は、そんなに強くきつく握りしめられているのに。
顔色はそんなに真っ青なのに。
「まさか、そのために母が命を落とすとは思ってもいなかった、と、そう言って」
言葉だけは、平坦なまま。
「父も、義母も、それはそれは、僕に気を遣ってくれました。感謝して、優しくして、色々と物を買い与えて、贅沢な食事を用意して。・・・ソフィも僕に懐いて、どこに行くにもまとわりついてきて・・・」
あの時のクルテルくんは、あんなに泣きじゃくってたのに。
今はそんな気配もなくて。
「分かってはいるんです。母が死んだのは、あの人たちのせいじゃない。薬を渡した時の母は元気でしたし、何よりそうすることを選んだのは母自身ですしね。・・・でも、一緒にいると・・・必死になって僕に優しくするあの人たちを見てると、息が詰まるんですよ」
泣いてくれた方が、まだ安心する。
こんなクルテルくんは、感情を押し殺してしまったクルテルくんは、危うくて、壊れそうで。
「贖罪をしようと必死過ぎて、求めてもいないものを与えようとする。そして、それを感謝して受け入れないと、がっかりして許してほしいと懇願する。恨んでいないとどれだけ言っても、決してそれを信じてはくれない。可笑しいでしょう? 離れたって繋がりは消えないのに、どうしたって家族という事実は残るのに、あの人たちの罪悪感を打ち消すためだけにあの家にいることを望まれて・・・。もうそんなの、どうでもいいのに」
こんな顔してるの、見ているだけで辛い。
「恨みとか、そういうのじゃなくて、僕は、師匠みたいな魔法使いになりたいだけなのに」
うん、そうだよね。
クルテルくん、僕、分かるよ。
何もかも失くしても、それでもまだ、諦められないものがあるって。
それがあるから、なんとか生きていけるんだって。
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