61 / 116
命の恩人
しおりを挟む
「そうよ。私たちはその時に死んでいた筈なの。軽減魔法をかけてくれた誰かがいなければ」
「レナライア・・・」
「軽減・・・魔法・・・。やは、り・・そうだったか・・サリタス・・お前が・・」
相当な痛みの筈だが、サルマンの顔には笑みすら浮かんで。
「完全に、は・・かけ損なった・・とは、いえ・・よく軽減など・・する、気になった、な・・。命を捨て・・る気、で臨ん、だか・・」
「・・・余計なことを言うな、サルマン」
「はっ、・・そう、いえば、いつ、も・・お前は・・何かと・・第二、王妃、を・・気にかけ、て・・いた・・な」
「黙れ」
「・・・お願い。もう隠さないでください、カーマインさん」
サルマンを黙らせようと声を荒げたカーマインをレーナが制止する。
そしてレーナは、カーマインの背中にそっと手を当てた。
「変よね。私はうっすらとしか貴方のことを覚えてないの。私の記憶に・・・何かしたのでしょう? 私を・・・サーヤを助けてくれたのは、本当は貴方なんでしょう?」
「レナライアさま・・・」
即座に否定できないのが答えだった。
レーナは、眉を下げながら微笑んだ。
それはまるで泣き笑いのようで。
「私たちの命の恩人は・・・貴方だったのね」
そして、涙がひとすじ、レーナの頬を伝った。
「理由があって隠したのでしょう? きっと、貴方は今、バレてしまって困っているわね、・・・だけど私は嬉しいの。だって、ずっとお礼が言いたかったんだもの・・・」
「レナ、ライア? 何の話をしている?」
カーマインの背に手を添え、囁くように語りかけるレーナの姿に、焦りを含んだ声が投げかけられる。
「・・・ダーラス。貴方のために生きていた第二王妃は死にました。貴方の求めに応じて王家に嫁したにもかかわらず、貴方から助けの手を差し伸べられなかったレナライア・バンテランはあの夜、お腹の子と共に殺されました。今、ここにいるのは、この人の手でシリルやサルマンや貴方から逃れる事が出来た、只のレーナです」
「な、にを・・・?」
震える声でかけられた問いに、レーナは真っ直ぐに顔を上げて答えた。
「私は、もう一人の私の命まで、貴方に捧げる事はしない」
毅然とした姿だった。
威厳すら漂わせて。
バンテラン王国の民が、こぞって褒め称えた『王国の花』の姿が、そこにあった。
「ダーラス、今度こそ、王としての責を果たしてください。そして、次の王位は貴方の義弟君にでもお譲りください。私の娘には過ぎたものです」
「だが、レナライア・・・」
「王座は要りません。・・・あの子は、そんなものを欲しがってはいませんし、何より・・・次の王になってしまったら、あの子は好きな人と結ばれることも出来なくなるわ」
そう言って、ちらりとアユールに視線を送る。
アユールは照れ臭そうに頭をがしがしと掻いている。
その姿に、珍しいものを見た、とでも言いたげに、シェマンが目を丸くした。
「娘に・・会わせては・・・くれないか?」
項垂れたまま、ぼそりと呟く。
「一度は死にかけた命よ、・・・貴方の無関心さ故に。少なくとも、私は会わせたくない。・・・でも、本人が会いたいって言うのなら、連れて来るわ」
「そ、うか・・・」
王の口から力のない呟きが漏れた。
レーナは、眉を下げ、そんなダーラスの姿を見つめる。
「私、貴方のことが好きだったわ。優しい人だと思っていた。この人なら民を想う立派な王になると思ってた。・・・だから、今度こそ・・・民の事を考えて、この国のために尽くしてくれると嬉しい。そして、どうかこの国を前のように平和な国へと立て直してほしいの」
そう言って、レーナは臣下の礼を取った。
流れるような所作で、美しく、優雅な一礼を。
「どうか、これからの陛下の統治により、この王国に再び平安と安寧がもたらされますように」
そんな姿を、ダーラスは眩しそうに見つめて。
「・・・わかった」
小さな声で、だが確かに王は頷いた。
「・・・じゃあ、用も済んだことだし・・・行くか」
「そうだな」
「きっとクルテルくんたちも心配しています。早く戻って、安心させてあげましょう」
「あっ・・・と、そうだ。おい、シェマン」
それまで、黙って事の次第を眺めていたシェマンの方を振り返ると、その顔に緊張が走るのが見えた。
「なーに構えてんだよ? あのな、そいつの始末、頼んだぞ」
「は?」
「そいつだよ、サルマンだ」
「・・・? え?」
「責任もって、牢屋にでも放り込んどけ。お前、宮廷魔法使いなんだろ? ちゃんと仕事しとけよ? この先、王国の信用は、ダーラス陛下は勿論だが、お前の働きにもかかってんだからな」
「アユール・・・」
「じゃ、頼んだぞ。新・宮廷魔法使い長」
そう言って背を向ける。
シェマンは、涙を堪えようと、ぐっと唇を引き結んだ。
「・・・わかった。任せろ」
その言葉を背に数歩ほど進んだところで、アユールはくるりと振り向いて、意地の悪い笑みを浮かべる。
「・・・ああ、そうだ。言い忘れてた」
「・・・?」
「お前、後で4、5発殴らせろよ? 優しい俺は、それでチャラにしてやるからな」
その時、せっかく今までどうにか堪えていた涙が、シェマンの眼からどっと溢れ出した。
「・・・4、5発どころか、10発でも20発でも・・・殴っていいぞ・・・」
涙ながらに発した答えに、アユールは思わず、といった風に、はは、と笑った。
「レナライア・・・」
「軽減・・・魔法・・・。やは、り・・そうだったか・・サリタス・・お前が・・」
相当な痛みの筈だが、サルマンの顔には笑みすら浮かんで。
「完全に、は・・かけ損なった・・とは、いえ・・よく軽減など・・する、気になった、な・・。命を捨て・・る気、で臨ん、だか・・」
「・・・余計なことを言うな、サルマン」
「はっ、・・そう、いえば、いつ、も・・お前は・・何かと・・第二、王妃、を・・気にかけ、て・・いた・・な」
「黙れ」
「・・・お願い。もう隠さないでください、カーマインさん」
サルマンを黙らせようと声を荒げたカーマインをレーナが制止する。
そしてレーナは、カーマインの背中にそっと手を当てた。
「変よね。私はうっすらとしか貴方のことを覚えてないの。私の記憶に・・・何かしたのでしょう? 私を・・・サーヤを助けてくれたのは、本当は貴方なんでしょう?」
「レナライアさま・・・」
即座に否定できないのが答えだった。
レーナは、眉を下げながら微笑んだ。
それはまるで泣き笑いのようで。
「私たちの命の恩人は・・・貴方だったのね」
そして、涙がひとすじ、レーナの頬を伝った。
「理由があって隠したのでしょう? きっと、貴方は今、バレてしまって困っているわね、・・・だけど私は嬉しいの。だって、ずっとお礼が言いたかったんだもの・・・」
「レナ、ライア? 何の話をしている?」
カーマインの背に手を添え、囁くように語りかけるレーナの姿に、焦りを含んだ声が投げかけられる。
「・・・ダーラス。貴方のために生きていた第二王妃は死にました。貴方の求めに応じて王家に嫁したにもかかわらず、貴方から助けの手を差し伸べられなかったレナライア・バンテランはあの夜、お腹の子と共に殺されました。今、ここにいるのは、この人の手でシリルやサルマンや貴方から逃れる事が出来た、只のレーナです」
「な、にを・・・?」
震える声でかけられた問いに、レーナは真っ直ぐに顔を上げて答えた。
「私は、もう一人の私の命まで、貴方に捧げる事はしない」
毅然とした姿だった。
威厳すら漂わせて。
バンテラン王国の民が、こぞって褒め称えた『王国の花』の姿が、そこにあった。
「ダーラス、今度こそ、王としての責を果たしてください。そして、次の王位は貴方の義弟君にでもお譲りください。私の娘には過ぎたものです」
「だが、レナライア・・・」
「王座は要りません。・・・あの子は、そんなものを欲しがってはいませんし、何より・・・次の王になってしまったら、あの子は好きな人と結ばれることも出来なくなるわ」
そう言って、ちらりとアユールに視線を送る。
アユールは照れ臭そうに頭をがしがしと掻いている。
その姿に、珍しいものを見た、とでも言いたげに、シェマンが目を丸くした。
「娘に・・会わせては・・・くれないか?」
項垂れたまま、ぼそりと呟く。
「一度は死にかけた命よ、・・・貴方の無関心さ故に。少なくとも、私は会わせたくない。・・・でも、本人が会いたいって言うのなら、連れて来るわ」
「そ、うか・・・」
王の口から力のない呟きが漏れた。
レーナは、眉を下げ、そんなダーラスの姿を見つめる。
「私、貴方のことが好きだったわ。優しい人だと思っていた。この人なら民を想う立派な王になると思ってた。・・・だから、今度こそ・・・民の事を考えて、この国のために尽くしてくれると嬉しい。そして、どうかこの国を前のように平和な国へと立て直してほしいの」
そう言って、レーナは臣下の礼を取った。
流れるような所作で、美しく、優雅な一礼を。
「どうか、これからの陛下の統治により、この王国に再び平安と安寧がもたらされますように」
そんな姿を、ダーラスは眩しそうに見つめて。
「・・・わかった」
小さな声で、だが確かに王は頷いた。
「・・・じゃあ、用も済んだことだし・・・行くか」
「そうだな」
「きっとクルテルくんたちも心配しています。早く戻って、安心させてあげましょう」
「あっ・・・と、そうだ。おい、シェマン」
それまで、黙って事の次第を眺めていたシェマンの方を振り返ると、その顔に緊張が走るのが見えた。
「なーに構えてんだよ? あのな、そいつの始末、頼んだぞ」
「は?」
「そいつだよ、サルマンだ」
「・・・? え?」
「責任もって、牢屋にでも放り込んどけ。お前、宮廷魔法使いなんだろ? ちゃんと仕事しとけよ? この先、王国の信用は、ダーラス陛下は勿論だが、お前の働きにもかかってんだからな」
「アユール・・・」
「じゃ、頼んだぞ。新・宮廷魔法使い長」
そう言って背を向ける。
シェマンは、涙を堪えようと、ぐっと唇を引き結んだ。
「・・・わかった。任せろ」
その言葉を背に数歩ほど進んだところで、アユールはくるりと振り向いて、意地の悪い笑みを浮かべる。
「・・・ああ、そうだ。言い忘れてた」
「・・・?」
「お前、後で4、5発殴らせろよ? 優しい俺は、それでチャラにしてやるからな」
その時、せっかく今までどうにか堪えていた涙が、シェマンの眼からどっと溢れ出した。
「・・・4、5発どころか、10発でも20発でも・・・殴っていいぞ・・・」
涙ながらに発した答えに、アユールは思わず、といった風に、はは、と笑った。
22
お気に入りに追加
349
あなたにおすすめの小説
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
偽りの結婚生活 ~私と彼の6年間の軌跡
結城芙由奈
恋愛
偽りの結婚をした男性は決して好きになってはいけない私の初恋の人でした―
大手企業に中途採用された「私」。だけどその実態は仮の結婚相手になる為の口実・・。
これは、初恋の相手を好きになってはいけない「私」と「彼」・・そして2人を取り巻く複雑な人間関係が繰り広げられる6年間の結婚生活の軌跡の物語—。
<全3部作:3部作目で完結です:終章に入りました:本編完結、番外編完結しました>
※カクヨム・小説家になろうにも投稿しています
『白い結婚』が好条件だったから即断即決するしかないよね!
三谷朱花
恋愛
私、エヴァはずっともう親がいないものだと思っていた。亡くなった母方の祖父母に育てられていたからだ。だけど、年頃になった私を迎えに来たのは、ピョルリング伯爵だった。どうやら私はピョルリング伯爵の庶子らしい。そしてどうやら、政治の道具になるために、王都に連れていかれるらしい。そして、連れていかれた先には、年若いタッペル公爵がいた。どうやら、タッペル公爵は結婚したい理由があるらしい。タッペル公爵の出した条件に、私はすぐに飛びついた。だって、とてもいい条件だったから!
【完結】悪女のなみだ
じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」
双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。
カレン、私の妹。
私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。
一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。
「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」
私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。
「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」
罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。
本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。
王子様と朝チュンしたら……
梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)
野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。
※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。
※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、
どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる