上 下
8 / 116

これは病気じゃない

しおりを挟む
よかった、食べてくれて。
これで少しは元気になるかな。

初めはひどく嫌がられたものの、結局、サーヤからの「あーん」で野菜スープを完食したアユールは、目を覚ましてから大した時間も経っていないというのに、再び眠たそうな顔をしていた。

少し乱れた布団をかけ直しながら、サーヤにはちょっとした疑問が湧いていた。

でも、なんでこんなに具合が悪くなっちゃったんだろう?

思い返せば、最初にあったときからひどく具合が悪そうだった。

ここに連れてきてから3日間眠り続けて、やっと目を覚ましたかと思えば、スープ一杯飲んだだけでもう疲れてしまってるのだ。

見たところ、怪我とかはなかったのに。

こてん、と首を傾げて、不思議そうな顔でアユールを見つめる眼差しに気づいたのか、アユールが小さくふっと笑みを漏らした。

「……すまん、眠くなった。話は……後で……する、から……」

と、そこまで言いかけて、眠りに落ちてしまった。

あーあ、寝ちゃった。

少し残念に思いながらも、もう命の心配はしなくて良さそうで、それがとても嬉しくて。
空っぽのスープ皿を手に台所に行くと、レーナが自分たちの食事を用意してくれていた。

「あら、結局きれいに食べたのね。お腹空いてたくせに、まったく意地っ張りなんだから」

皿を洗うサーヤに、サラダを取り分けながらそうレーナは笑って言った。

そして、結局、アユールが次に目を覚ましたのは、翌日の午後をまわったところで。

「・・・アユールさんって何か悪い病気にでも、かかってます?」

心配そうにレーナが質問した。
隣にいるサーヤも、不安そうに首を傾げている。

その手には、たくさんの薬草の入った鍋が抱えられていて。

ここまで眠って、ようやく首が軽く動かせる程度しか回復しないアユールの姿に、気だての良すぎるこの親子は、心配でたまらない様子だ。

いろいろな薬草を煎じて、アユールが目覚めたら飲ませねばと、待ち構えていた。

どんな薬草かを確認してから、アユールは有難くそれら全てを飲み干すことにして。

・・・苦いこと、この上なかったが。

薬効で少しは体が楽になったのか、今回はすぐに眠りに落ちることもなく。

ベッド脇で、心配そうにオロオロし続ける親子を見て、しばしの逡巡の後、アユールは意を決したように口を開いた。

「これは病気ではないから安心していい。・・・少々、油断してな。攻撃を受けたのだ、宮廷魔法使いに。それで力を封じられて、動けなくなってしまった」
「・・・宮廷、・・魔法使い・・・?」

初めて聞く言葉に、サーヤは、こてんと首を傾げるが。
レーナの顔は目に見えて青ざめた。

「アユールさん、あなた、まさか・・・宮廷魔法使いの一人なの?」
「まさか。そんなものになる程、俺は落ちぶれちゃいない。まぁ、俺は確かに魔法が使えるし、王城に呼び出されて宮廷魔法使いになれと命令はされたが、もちろん断ってやったさ」

その時のことを思い出したのか、アユールは思い切り渋面になって。

「・・そうしたら、あのイカれた王妃が、宮廷魔法使いの長をけしかけて俺に魔力封じの術をかけさせやがった」
「宮廷魔法使いの・・・長・・」
「まぁ、なんとか自力で王城から逃げ出せたまでは良かったんだが、奴のかけた術の効果が現れ出してな、どんどん力が吸い取られてしまって。・・・最後には、とうとう動けなくなってしまったって訳だ」

アユールの返答に、レーナはほっと息を吐く。

「宮廷魔法使いが、どうかしたのか? こんな辺境で、その存在に詳しい者がいるとも思えないが」

その問いにレーナはすぐには答えず、しばらくの間、じっとアユールを見つめている。

だが、やがて、落ち着いた静かな声で、アユールにこんな問いを投げかけた。

「あなたに術をかけたという、その宮廷魔法使いの長とは、もしや、サルマンという名の人ではありませんか・・・?」

聞き覚えのある名に、アユールの眉がぴくりと上がった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

【完結済】ラーレの初恋

こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた! 死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし! けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──? 転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。 他サイトにも掲載しております。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

処理中です...