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出会い その3
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ああ。
どうして私は声が出せないの。
声を出せれば。
ライガルに逃げてって言えるのに。
危ないって言えるのに。
必死で走る。息が切れる。
ほとんど転がるようにして、ライガルの前に出た。
そのまま大きく両手を広げて、これ以上進まないようにライガルの鬣に強くしがみついた。
ダメ、止まって。
ライガルは、サーヤに気づくとすぐに唸るのを止め、サーヤの腕に頭をこすりつけて喉を鳴らし始めた。
よかった、止まってくれた。
ありがとう。いい子ね、ライガル。
「・・・何だ? 他に何かいるのか?」
焦りをにじませた声が、後ろから聞こえて。
ホッとしたのも束の間、今度は背後に人がいたことを思い出した。
どうしよう。
あっちの人のこと、ぜんぜん忘れてた。
自分に向かって密猟者が銃を構える姿を想像して、背筋に冷たいものが走る。
でも、そのとき。
・・・あれ?
他に何かいるのかって・・・。
何かって・・・私が、わからないの?
目が、見えてないの?
じゃあ、密猟者じゃ・・・ない?
そ~っと静かに振り返って。
やっぱり。
視界に映った人の姿にほっと安堵の息を吐く。
そこにいたのは、銃なんか構えてすらいない。
何故か苦しそうにシュリの木の根本にうずくまっている、赤銅色の長いケープをまとった若い男の人。
同じ男の人でも、たまに小屋に立ち寄る行商のおじさんとはぜんぜん違って。
長くてまっすぐな黒髪に、輝く黄金の瞳。
細身な体にちょっと神経質そうな顔立ちで。
すごく整った顔の、綺麗な男の人。
ほっとして力が抜けて、私は思わずよろけてしまった。
そのとき、私の足が落ちていた木の枝を踏んで。
ばきん、と軽い音がして。
「・・・何だ? ん? この影は・・・まさか人か? おい、人がいるのか?」
そう呟いた人の顔色はひどく悪くて。
息をするのも苦しそう。
この人、病気なの?
すっかり大人しくなったライガルをその場に残して、恐る恐るその人に近づく。
その人の金色の眼は、どことなくぼんやりとしていて。
こちらが見えているのか、見えていないのかもわからない。
前に伸ばした手も、少し震えてるように見える。
喉からは、ゼイゼイと荒い息の音がして。
うわ、大丈夫?
伸ばされた手にそっと触れる。
しっかりと、手を握った、そう思った瞬間。
とんでもない力で引っ張られて。
えっ?
景色がくるっと回転する。
どすん、という音がして。
気がついたらその人の腕の中に、しっかりと抱え込まれていた。
さっきまでの苦しそうな姿からは想像も出来ないような、強い力。
サーヤが身動きすらできない程の。
「・・・動くな」
そう耳元でささやく低い声に、サーヤは恐怖で固まった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
背中までぐるりとまわされた腕は。
あの具合の悪そうな姿の、どこにこんな力が残っていたのかと思うくらい強くて。
サーヤは身動き一つ、取ることが出来ない。
怖い。
この人、何をする気なの?
私、どうなっちゃうの?
恐怖で体がぶるぶる震える。
なんとか動けないかと、両手で力いっぱい、目の前の男の人の胸元を押そうとしても。
ぴったりと隙間なく押さえ込まれているせいか、どうにも力を上手く入れることが出来ず、結局、その人の胸に手をあてただけの格好になって。
すると、なぜか押さえつける腕の力がさらに強くなる。
この人、具合悪かったんじゃないの?
なんで、こんなに動けるの?
まさか、具合の悪い振りをして、私を騙したの?
「声を・・出すな。・・・よくは見えんが、獣が・・いる。おそらく・・・かなり大きい」
え?
先ほどと変わらない低い声が、サーヤの耳の中に流れ込む。
でも、その声が、ひどく優しいことに気づいて。
獣? ・・・ってライガル、のこと?
男の言葉の意図が分からず、恐怖で俯いていた顔を、そろそろと上げて顔を見る。
・・・ああ。
振りなんかじゃ、ない。
この人、本当に具合が悪い。
顔色が真っ青で。
額を、頬を、汗が伝っている。
胸も苦しそうで。
ゼイゼイする音が、さっきよりもさらに大きくなって。
今にも、死んじゃいそうだ。
・・・なのに、どうして?
こんなに具合が悪そうなのに、この人は私に向かって笑いかけている。
焦点の合わない、ぼやけた目を細めて、唇は綺麗に弧を描いて。
その優しい、包み込むような笑みに、一瞬、すべてを忘れて、見惚れてしまったほど。
「大丈夫だ・・・。俺が・・いる、から。静かに・・・してれば、きっと、・・・どっか行って・・・」
そこまで言って、急に、男の腕の力が緩んだ。
それまでサーヤをしっかりと抱えて離さなかった腕が、だらりと力なくほどけて。
男の体が、横にゆっくりと傾いていく、・・・ところを。
今度はサーヤが自分の腕を回し、その体をしっかりと抱え込んだ。
男の頭が、かくんと力なく揺れる。
・・・気を、失ってる。
びっくり、した。
な、んで。
この人、こんなに具合が悪いのに。
この人の方が、死んじゃいそうなのに。
私のこと、庇おうとしたり、して。
彼を支える腕に力がこもる。
私の顔はもう、半泣きに近くて。
いやだ。
死な、ないで。
だれか助けて。
こんなに具合が悪いくせに。
自分の方が死にそうなくせに。
この人は、私を、守ろうとしてくれたの。
どうして私は声が出せないの。
声を出せれば。
ライガルに逃げてって言えるのに。
危ないって言えるのに。
必死で走る。息が切れる。
ほとんど転がるようにして、ライガルの前に出た。
そのまま大きく両手を広げて、これ以上進まないようにライガルの鬣に強くしがみついた。
ダメ、止まって。
ライガルは、サーヤに気づくとすぐに唸るのを止め、サーヤの腕に頭をこすりつけて喉を鳴らし始めた。
よかった、止まってくれた。
ありがとう。いい子ね、ライガル。
「・・・何だ? 他に何かいるのか?」
焦りをにじませた声が、後ろから聞こえて。
ホッとしたのも束の間、今度は背後に人がいたことを思い出した。
どうしよう。
あっちの人のこと、ぜんぜん忘れてた。
自分に向かって密猟者が銃を構える姿を想像して、背筋に冷たいものが走る。
でも、そのとき。
・・・あれ?
他に何かいるのかって・・・。
何かって・・・私が、わからないの?
目が、見えてないの?
じゃあ、密猟者じゃ・・・ない?
そ~っと静かに振り返って。
やっぱり。
視界に映った人の姿にほっと安堵の息を吐く。
そこにいたのは、銃なんか構えてすらいない。
何故か苦しそうにシュリの木の根本にうずくまっている、赤銅色の長いケープをまとった若い男の人。
同じ男の人でも、たまに小屋に立ち寄る行商のおじさんとはぜんぜん違って。
長くてまっすぐな黒髪に、輝く黄金の瞳。
細身な体にちょっと神経質そうな顔立ちで。
すごく整った顔の、綺麗な男の人。
ほっとして力が抜けて、私は思わずよろけてしまった。
そのとき、私の足が落ちていた木の枝を踏んで。
ばきん、と軽い音がして。
「・・・何だ? ん? この影は・・・まさか人か? おい、人がいるのか?」
そう呟いた人の顔色はひどく悪くて。
息をするのも苦しそう。
この人、病気なの?
すっかり大人しくなったライガルをその場に残して、恐る恐るその人に近づく。
その人の金色の眼は、どことなくぼんやりとしていて。
こちらが見えているのか、見えていないのかもわからない。
前に伸ばした手も、少し震えてるように見える。
喉からは、ゼイゼイと荒い息の音がして。
うわ、大丈夫?
伸ばされた手にそっと触れる。
しっかりと、手を握った、そう思った瞬間。
とんでもない力で引っ張られて。
えっ?
景色がくるっと回転する。
どすん、という音がして。
気がついたらその人の腕の中に、しっかりと抱え込まれていた。
さっきまでの苦しそうな姿からは想像も出来ないような、強い力。
サーヤが身動きすらできない程の。
「・・・動くな」
そう耳元でささやく低い声に、サーヤは恐怖で固まった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
背中までぐるりとまわされた腕は。
あの具合の悪そうな姿の、どこにこんな力が残っていたのかと思うくらい強くて。
サーヤは身動き一つ、取ることが出来ない。
怖い。
この人、何をする気なの?
私、どうなっちゃうの?
恐怖で体がぶるぶる震える。
なんとか動けないかと、両手で力いっぱい、目の前の男の人の胸元を押そうとしても。
ぴったりと隙間なく押さえ込まれているせいか、どうにも力を上手く入れることが出来ず、結局、その人の胸に手をあてただけの格好になって。
すると、なぜか押さえつける腕の力がさらに強くなる。
この人、具合悪かったんじゃないの?
なんで、こんなに動けるの?
まさか、具合の悪い振りをして、私を騙したの?
「声を・・出すな。・・・よくは見えんが、獣が・・いる。おそらく・・・かなり大きい」
え?
先ほどと変わらない低い声が、サーヤの耳の中に流れ込む。
でも、その声が、ひどく優しいことに気づいて。
獣? ・・・ってライガル、のこと?
男の言葉の意図が分からず、恐怖で俯いていた顔を、そろそろと上げて顔を見る。
・・・ああ。
振りなんかじゃ、ない。
この人、本当に具合が悪い。
顔色が真っ青で。
額を、頬を、汗が伝っている。
胸も苦しそうで。
ゼイゼイする音が、さっきよりもさらに大きくなって。
今にも、死んじゃいそうだ。
・・・なのに、どうして?
こんなに具合が悪そうなのに、この人は私に向かって笑いかけている。
焦点の合わない、ぼやけた目を細めて、唇は綺麗に弧を描いて。
その優しい、包み込むような笑みに、一瞬、すべてを忘れて、見惚れてしまったほど。
「大丈夫だ・・・。俺が・・いる、から。静かに・・・してれば、きっと、・・・どっか行って・・・」
そこまで言って、急に、男の腕の力が緩んだ。
それまでサーヤをしっかりと抱えて離さなかった腕が、だらりと力なくほどけて。
男の体が、横にゆっくりと傾いていく、・・・ところを。
今度はサーヤが自分の腕を回し、その体をしっかりと抱え込んだ。
男の頭が、かくんと力なく揺れる。
・・・気を、失ってる。
びっくり、した。
な、んで。
この人、こんなに具合が悪いのに。
この人の方が、死んじゃいそうなのに。
私のこと、庇おうとしたり、して。
彼を支える腕に力がこもる。
私の顔はもう、半泣きに近くて。
いやだ。
死な、ないで。
だれか助けて。
こんなに具合が悪いくせに。
自分の方が死にそうなくせに。
この人は、私を、守ろうとしてくれたの。
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