175 / 183
それはいつの日の姿
しおりを挟むここは国境付近にぽつんと一つだけある非常に辺ぴな村だ。
だから基本的に周囲の風景はどこもかしこも森、森、森。
それでも村には、一箇所だけ少し視点を変えた風景が楽しめる場所がある。
それは村の入り口とは正反対の位置、もっとも奥まった所にある崖から眺める光景だ。
守りが厳重なこの村は、周囲をぐるりと柵で囲まれているが、それが途切れるのがこの切り立った崖の部分だった。
ユリアは、この崖の上から一面に広がる森を見るのが好きだった。
どの時間帯に来ても気持ちが安らぐ。
朝は露で湿った木々の葉が微かに煌めく様が。
昼は太陽の光を生き生きと反射する景色が。
夕は沈む夕日に照らされて森が茜色に染まる姿が。
いつ来ても、つい時間を忘れる程に眺めてしまうのだ。
「・・・見つけた、ユリア。やっぱりここにいたね」
だから、こんな風に後ろから声をかけられることも実はよくあること。
「セイ?」
ユリアは名前を呼ばれて振りかえった。
今は正午近く。
日射しが明るく降り注ぎ、周囲の木々の緑までもが眩しく光を反射している。
「・・・っ」
ユリアは一瞬、自分の目を疑った。
煌めく陽光がセイの金色の髪の上にも降り注いで。
その眩しさにユリアが思わず目を眇めた、その時。
ユリアの脳裏に残像のような何かが浮かび上がったのだ。
・・・あれは。
あれは、セイ・・・?
眩しいばかりに凛々しい姿の。
頭上には輝く・・・が・・・。
「・・・」
・・・なに?
今、浮かんだ光景は・・・なに・・・?
「・・・ユリア?」
「あ・・・セイ・・・」
思わず頭を押さえると、心配そうな表情のセイが早足で近づいてきた。
「具合が悪いのかい?」
不安げな瞳で覗きこむセイに、ユリアは緩く首を振る。
「大丈夫。なんでもないわ」
「本当に? 今日は日射しが強いからね。そろそろ日陰に入った方がいいかもしれないよ」
「・・・そうね」
買い物や仕事帰り、それから他に用事がない時でも、ユリアはよくこの場所に来る。
眼下の風景を時間も忘れて眺めては、よく心配したセイが迎えに来るのだ。
「熱はないかい?」
そう言ってユリアの額に当てた手は、少しひやりとしていて心地よい。
ユリアはふふ、と微笑んだ。
「少し体に熱が籠ってしまったのかもしれないわ」
「そうだね、今日は暑いからね」
ユリアは頷く。
「こんなに日射しが強い日だとノブさんたちも大変ね。村の入り口に立って、ずっと見張ってくれているのですもの」
「ああ、そうだね。確かに夏場はキツイと思うよ。それに冬の雪や寒さもね。でも、ノブやリューは普段から鍛えてるから少しくらい無理もきくけど、ユリアは違う。君はか弱い女性なんだよ。こんな日はあまり無茶しないで、出歩くにしてももう少し陽が落ちてからにしないと」
まるで父親のような口ぶりのセイに、ユリアが思わず笑みを零す。
それに気付いたセイが、じとりとした目で見つめてきた。
「ユリア? 私は心配してるんだよ?」
「ふふ、分かりました。これからは気をつけます」
「よし。いい子だね」
そう言って頭を撫でる姿はいつもの優しいセイだ。
・・・だから。
きっと、気のせい。
さっき頭に浮かんだ光景は、きっと。
「・・・ユリア? 行こう」
「・・・ええ」
二人はそっと手をつないで歩き出す。
「ユリア? どうかした?」
「・・・なんでもないわ」
だって、そんな筈ないもの。
セイがあまりに素敵で優しくて、王子さまみたいに格好いいから、だから。
だから光を反射する金色の髪に錯覚したの。
ただそれだけ。
そう、それだけなの。
きっと、口にしたら笑われてしまう。
私の家の隣に住んでいるセイが。
そう、セイが冠を被っている様に見えたなんて。
そんなことを言ったら、きっと。
あり得ないよって、きっとセイは笑うわ。
12
お気に入りに追加
1,146
あなたにおすすめの小説
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる