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一騎打ち
しおりを挟むその時、兵士たちをかき分け、一人の男が進み出た。
「向かった先の国境近くの怪しい村に、何故か王太子殿下を自称する者が現れ、自分が偽者か本者かを確かめてみろと言う。本来ならば一考だに値せず、王太子を騙ったと不敬罪で斬って捨てるところであるが・・・」
男は腰に下げた長剣に手をかけ、すらりと抜いた。
「他の者たちは手出し無用。この私が直々に検分してくれる!」
カルセイランは、それまで自分の前に付き、盾で矢を防いでいた二人に向かって手を振って合図し、後ろに下がらせた。
二人は、特にリュクスは何か物言いたげではあったが、ただ黙って主君の言うことに従った。
ざり、という土を踏む音と共に一歩ずつ近づいて来た男は、やがて薄ぼんやりとした姿から、松明の明かりにはっきりと照らされるまでに近くなる。
赤茶色の短髪で眼光鋭い、威風堂々とした大男だった。
「ガルス将軍、久しいな」
名を呼ばれたガルスは、カルセイランを間近で見て僅かに顔を歪ませる。
「ほう、私が誰かを知っていると・・・。顔だけ見れば、確かに王太子と言われても信じる輩が多いかもしれぬ。実に似ている」
「・・・それはそうだろう。本人なのだからな」
「では、王都におられる筈の王太子殿下が何故ここに? 殿下がこちらに向かわれたという知らせはどこの領にも届いておらぬぞ。ひと月程前に王国騎士団が討伐隊として派遣されてはいた様だがな。しかし殿下はその時にも同隊してはおられない」
その声には、明らかな不信感が込められていた。
「さて、自らを王太子と名乗った者よ。私の話に、どこか間違ったところはあるだろうか?」
信じない、信じられない。
そう言われても無理からぬこと。
ヴァルハリラの術下にあって、こうして確認に出て来たこと自体が普通であればあり得ないのだ。
ガルスの示した公正な態度は、流石は大将軍だと言うしかあるまい。
「・・・いいや、お前の言う通りだ。私は先の討伐隊に同隊してはいない。そもそもこの村に来たのがわずか数日前だからな」
動揺する素振りもなく淡々と言葉を返すカルセイランに、ガルスの片眉がぴくりと跳ね上がる。
「やはりその声・・・似ている、王太子殿下のものに。だが解せぬ、王太子妃殿下の意に沿って動く我らを、王太子殿下が止めに入るなどあり得るだろうか」
今もなおヴァルハリラに駆り立てられている内なる狂熱を懸命に抑え、自らを王太子と称する者の真偽を見定めようと将軍は呟きを漏らす。
そんな将軍の姿を、背後にいる軍の兵士たちは食い入る様に見つめている。
カルセイランは、静かに視線を巡らせ、将軍の向こう側にいる兵士たちを観察した。
今にも弓を放とうと構えている者、憎々しげにこちらを睨みつける者、物言いたげな表情で将軍の言葉に聞き入る者、そして・・・明らかに今の状況に戸惑い、驚いている者。
既に術が解けているのは、十数人といったところか。
総数は百を優に超えている。
まずは目の前にいる、この将軍を。
朝日が昇るまで、あと少し。
カルセイランはごくりと唾を飲んだ。
指先は緊張で微かに震えている。
だが、それでも声を振り絞った。
--- ガルス、その剣で私に打ちかかれ --- と。
「・・・は?」
滅多に見せることのない呆けた顔。
カルセイランは、意識的に声音を落とし、言葉を継いだ。
「私と剣を交えてみよ。そうすれば分かる。私が本者の王太子かどうか、すべての真実が」
「・・・剣を交えればそれが分かると?」
ぎろり、睨みつけるような鋭い視線が注がれる。
カルセイランは、ただ黙って頷いた。
「はっ・・・! 面白い。万が一にもない事とはいえ、王族に剣を向けるなどあってはならぬと辛抱していたものを」
ガルスはそれまで右手に持っていた抜き身の剣を、すっと前に向けた。
「打ちかかれとまで挑発されて、こちらが躊躇する言われはない・・・いくぞ」
その声に応えて、カルセイランも腰に下げていた剣を抜く。
そして両の手で掬を握り、低く構えた。
「全てを明らかにしよう・・・来いっ! ガルス!」
「うおおおおっ!」
ガルスは咆哮を上げると同時に地面を蹴った。
3メートルは離れていた筈の距離が瞬時に詰められる。
速い。
「・・・っ!」
ガルスは長剣を高く振り上げたかと思うと、凄まじい勢いでカルセイランの頭上に振り下ろした。
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