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風が鳴る
しおりを挟むカルセイランたちがいる村側は完全に灯りを遮断した状態だったのに対し、向かい来るペイプル軍はそれぞれの部隊の先頭の者が松明を手にしていた。
故に、村からははっきりと彼らの位置を把握出来る。
更に一刻ほどが過ぎた今。
ペイプル軍は、未だカルセイランたちが村へと続く道の中央に立っている事に気づかぬまま村の入り口に迫っていた。
そして、カルセイランは緊張の面持ちでそれらの光を見据えていた。
村の中の建物のひとつ。
その明かりを消した部屋の窓辺から、ユリアティエルはじっと外を見つめていた。
その視線が向かうのは村の入り口、そして暗闇の向こうでゆらゆらと揺れながらも確実に近づいている松明の灯り。
そうしてユリアティエルはひとつ、溜息を吐いた。
その時。
ユリアティエルの背後で扉を叩く音がした。
返事をすると同時に扉が開き、カサンドロスが現れる。
腰には長剣を帯び、普段とは違い胸当てと脛当て身につけている。
窓辺に立ったまま、黙って振り向いたユリアティエルに、カサンドロスは静かな声で話しかけた。
「万が一に備え、いつでもこの村を離れられるように用意をしておけ」
ユリアティエルは軽く目を瞠る。
そんなユリアティエルの表情が見えているのかいないのか、カサンドロスは安心させるようにこう続けた。
「期限は今日この日のうちのどこかの時点、あの女がサルトゥリアヌスを介して契約を結んだ時刻までだ。その時までお前が無事に逃げ切れれば私たちの勝ちだ」
ユリアティエルは一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべる。
だが、カサンドロスはそれに構うことなく言葉を継ぐ。
「お前の愛する王太子殿は欲張りでな。迫り来る兵士たちも、ここにいる私の兵や騎士たちも、そして誰よりもまずお前を守ろうとしている。誰ひとり命を失うことなくその時刻までやり過ごそうというのだ。酔狂な話だろう?」
「・・・」
「そのために自らが道の中央に立ち、迫り来る兵士たちを止めようとしている。ああ勿論、殿下ご自身も生き抜くつもりでおられるから安心しろ」
もの言いたげな視線に気づいたのだろう。
カサンドロスは宥めるように、そう付け加えた。
「ユリアティエル。まさかとは思うが、自分ひとりが、などと夢ゆめ考えるな。誰のために、何のために、この国の王太子が危険を冒してあそこに立ったのか、その意味するところを忘れるな。ここにいる誰ひとり死んではならない。私も、お前もだ」
「・・・」
「ここまで粘ったのだ。必ずやその刻限まで生き抜くぞ・・・そして最後は、ざまあみろとあの女を笑ってやれ」
その時のあの女の顔はきっと見ものだろうよ、そう言ってカサンドロスは笑った。
ユリアティエルが頷こうとしたその時。
風を切る乾いた鋭い音がした。
「来たか」
カサンドロスの呟き。
ユリアティエルは外へと視線を戻した。
闇夜を切り裂きながら、ペイプル軍が放った矢のうちの一本が村入り口近くまで飛んで来た。
別にカルセイランを狙った訳ではないその矢は、道の中央からは大きく逸れ、カルセイランたちからは少し離れた場所に突き刺さる。
ついに弓の射程距離内に入ったようだ。
リュクスとノヴァイアスは左手に盾を構え、カルセイランの両脇に付く。
「もう少し引きつけたい。耐えられるか?」
小声でそう尋ねるカルセイランに、リュクスとノヴァイアスは無言で頷いた。
多数の足音が闇に響く。
それらは徐々に距離を詰めてきた。
やがて、カルセイランの眼にも朧げに映り込む。
それは、闇の向こうから微かに浮かび上がった無数の人影だ。
ヒュンヒュンと矢を放つ音だけが、暗闇の中に響き渡る。
だが、まだ入り口を特定できていない為だろう、音がする程にはカルセイランたちに届く矢の数は多くない。
カルセイランの周囲にも降り注ぐ矢はあれど、それら全ては傍に立つ二人が持つ盾で防いでいた。
足音は更に近づく。
人影もはっきりと見えてきた。
刹那、カルセイランの声が轟いた。
「松明を灯せ!」
掛け声と同時に、傍で草木の陰に潜んでいた者たちが、あちこちに並べた松明に次々と火を灯していく。
カルセイランの姿が闇に浮かび上がった。
だが、その姿がこの国の王太子であることは、ペイプル軍の兵士たちにはまだ認識されない。
照らされたその姿は、炎の揺めきでその多くが影となっていたからだ。
ペイプル軍を率いる将が「矢を放て!」と声を張り上げる。
カルセイランの立つその場所一点に向けて、矢が雨のように降り注ぐ。
それら全てを、リュクスとノヴァイアスは盾で防ぎ、剣で払った。
カルセイランもまた己の盾で身を守りながら声を上げる。
「私はガゼルハイノン王国王太子、カルセイラン・ドウ・ダイラ・ガゼルハイノンである! 私の民よ、我が国の領土であるペイプルを守る忠実な兵士たちよ。直ちに矢をつがうのを止めよ、そして私の声に耳を傾けよ!」
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