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アーサフィルドの約束
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カルセイランが転移魔法陣を使うまでの3日間、城内は驚くほど平和であった。
その理由はただ一つ、ヴァルハリラの機嫌が最高に良かったからだ。
公務のために暫く城を離れる、とカルセイランが告げた時でさえヴァルハリラは笑顔で頷いた。
ヴァルハリラの敵意は、今やサンショルベン山脈奥深くにある小さな村一つに向けられている。
カルセイランの精を受けるという目標を達成したと信じ込んでいる今、ヴァルハリラはかつてのようにドレスや宝石を買い漁り、美食を貪っては遊びに耽っていた。
その為、前よりも比較的自由に動けるようになったカルセイランは、転移を実行するまでの数日間、王族として、また王太子として出来る事を思いつく限り行っていった。
その一つが、アーサフィルドとの話し合いだった。
もとより王族の中で一番ヴァルハリラの術の影響を受けていなかった存在ではあったが、ここに来てカルセイランが城を離れる事になり、改めてアーサフィルドにも防御の魔道具を渡すことにしたのだ。
ひと月前に8歳になったばかりのアーサフィルドは、カルセイランによく似た輝く金色の髪の美少年で、お気に入りの場所が王城の図書館という大の本好きだ。
賢く穏やかな兄カルセイランを心から尊敬するこの弟は、敬愛する兄の決定を聞いて、当然ながら大きなショックを受けていた。
それでも直ぐに己の果たすべき役割を理解したアーサフィルドは、万が一の時に備え覚悟を決めておくように、という兄の言葉に頷いた。
それが、兄の後顧の憂いを断つ最善の行動だと、アーサフィルドは理解したのだ。
「兄上」
いつもと同じ、眩しそうな眼差し。
だがやはり、アーサフィルドの表情は、どこかもの悲しさを漂わせている。
「なんだい、アーサー」
それに気づいていても、素知らぬ振りでカルセイランは微笑みかける。
この子は、この先もっと強くならねばならぬ。
躓いて倒れても、一人で起き上がり、前を向いて歩いて行けるように。
道に迷っても、自力で正しく行くべき方向を探し当てられるように。
まだ8歳ではあるが、この子も私と同じ王族、そしてこの先おそらくお前は。
「僕は最善を尽くす事をお約束します・・・ですが、兄上」
「なんだい」
「どうか、ご無事でお戻りください」
「・・・勿論だよ」
一瞬、ほんの一瞬だけ、アーサフィルドの表情がくしゃりと歪んだ。
「僕は、ここで、待っていますから」
「・・・ありがとう。あとは頼んだよ、アーサー」
カルセイランは手を伸ばし、大事な弟の頭を撫でる。
柔らかな輝く金髪が、カルセイランの手の動きに合わせて緩く左右に揺れる。
「頼りにしている。・・・お前がいてくれて良かった」
アーサフィルドはぎゅっと目を瞑り、何かに耐えるように口元を引き結んだ。
「・・・お任せ下さい。兄上が思うがままに行動出来るよう、僕はここで自分の役割を精一杯努めます」
カルセイランは柔らかく微笑んだ。
弟が生まれた日のことが、昨日のように鮮やかに思い出される。
十三近く年の離れた弟の誕生に、嬉しいという言葉だけでは表せない、何とも言えないくすぐったい感覚があった。
母から父へ、それから自分へと渡され、ぎこちない手つきで生まれたばかりの弟を抱いた。
産湯で洗ったばかりのくしゃくしゃの顔が、懸命に生命を告げる産声を上げていて。
あの時は、壊れてしまうのではと心配になるくらい、か細く小さな存在だったのに。
大きくなった。
立派になったな。
お前なら大丈夫。
大好きだよ。・・・私の可愛い弟。
そう心の中で呟いた。
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