121 / 183
王太子の務め 王太子妃の務め
しおりを挟む「王太子妃さま。王太子殿下よりご伝言でございます」
夜になって現れた侍女の言葉に、ヴァルハリラは不機嫌を隠そうともせずに振り向いた。
「・・・何よ」
侍女は恭しく頭を下げたまま、口を開く。
「今夜は予定していた政務が終わらなかったため戻るのが遅くなる、先に休んでいるように、とのことでございます」
「・・・なんですって?」
「きゃっ・・・っ」
かっと頭に血が上ったヴァルハリラは、扉近くにいた侍女を突き飛ばし、勢いよく部屋を出ていった。
肌が透けて見える薄地の夜着のまま。
「王太子妃さまっ、せめてガウンを・・・っ」
「煩い」
ガウンを手に追いかける侍女を無視し、肌が透けて見える薄い夜着のまま、カルセイランの執務室へとずんずん進む。
もう十日。いえ、まだ十日。
まだ時間は十分にあるわ。
・・・だけど、ここに来て何故、うまくいかない事ばかり続くの?
カルセイランの雄芯は、未だ一度も勃ちあがったことがない。
手で、口で、胸で、直に秘部にあてて、それでも。
どれほど刺激を与えてもピクリとも反応しない。
そしてカルセイランは、いつも不思議そうに首を傾げるのだ。
--- おかしいな。どうも君とだとうまくいかない ---
そんな筈、ないでしょう・・・っ!
昨夜は媚薬を盛った。
それなのに・・・。
ヴァルハリラは唇をきつく噛み、恐ろしい形相でツカツカと廊下を進んで行った。
婚約者だった時から毎日のように通った部屋へと。
途中、護衛騎士たちと何人もすれ違うが、そのあられもない姿に、皆、慌てて顔を伏せる。
その隙に、ヴァルハリラは扉の前まで来た。
バンッと勢いよく扉を開けると、山のように積まれた書類を前にペンを握る夫の姿があった。
「・・・カルセイランさま」
「ああ、君か。どうしたんだい?」
ペンを持つ手を休めることなく、カルセイランは問いかけた。
ヴァルハリラは、そっと手で目元を抑え、口を開く。
「あんまりですわ・・・っ。結婚したばかりの妻を放っておくなんて。夫のいないベッドでひとり寂しく寝ろと仰るの?」
「・・・君の言いたい事は分かるけどね。今夜は聞き分けてくれないか? 見ての通り、書類が溜まってしまっていてね」
カルセイランは、新妻に視線を向ける事なく返答する。
「妻よりも仕事を取るのですか? 明日でよろしいではありせんか」
「よろしくないから今やってるんだよ」
「・・・カルセイランさまっ!」
怒りがこみ上げ、思わず両手をバンッと机に叩きつけた。
あまりの勢いに、重ねていた書類が数枚、宙を舞う。
「・・・なんだい?」
ここで漸くカルセイランは顔を上げた。
「なんだい、ではありませんっ! 妻を蔑ろにして良いと思ってらっしゃるの?」
「良いなんて思っていない。当たり前じゃないか」
「でしたら、わたくしと一緒に寝室に来てください。貴方の子を産むのが王太子妃であるわたくしの務めなのです。貴方も王太子としての務めを果たしてください」
「・・・王太子の務めと言われるなら仕方ないね」
その答えになってヴァルハリラが満足して笑みを浮かべたその瞬間、カルセイランが続けてこう言った。
「では、その務めを果たす為この仕事を手伝ってもらえるかな。そうすれば早く寝室に戻れる」
「・・・はぁ?」
カルセイランは立ち上がり、ヴァルハリラが吹き飛ばした書類を一枚一枚拾い集める。
「これ全部ね、明日の朝一番に閣僚との会議で使うものなんだ」
ヴァルハリラの方に振り向いて微笑む。
「徹夜になるかと覚悟していたけど、君が手伝ってくれるならその半分で終わるだろう。そうしたらベッドで、今夜こそ私も王太子の務めを果たすことが出来るかもしれないね」
ヴァルハリラは途端に落ち着きがなくなり、そわそわし始めた。
「・・・あ,あの、わたくし前にも申し上げたでしょう? 政治には興味がありませんの」
「ああ、知っているとも」
拾い集めた書類を、元の机の上に置き直した。
「知っているからこそ、たとえ徹夜になろうとも一人で頑張ろうと思っていたんだ。・・・でも、そこまで君が王太子妃としての務めを果たしたいと願っているのならば、応えるのもまた王太子である私の務めだろう?」
椅子に座り直し、再びペンを取る。
「何と言っても、そんな格好で城内を歩き回るくらいだ。私を手伝うために、はしたない姿も気にせずに駆けつけてくれたんだね。・・・とても嬉しいよ」
ヴァルハリラは、先ほどまでの剣幕はどこに行ったのか、顔色を悪くして視線を泳がせている。
「君がその気ならば私としても大助かりだ。じゃあ早速だけど、内容を確認して種類別に分けてくれるかな」
「カルセイランさま・・・あの、わたくし・・・」
「うん? なんだい?」
カルセイランがにっこりと微笑みを返す。
「王太子妃として務めを果たしたいのだろう?」
3
お気に入りに追加
1,135
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる