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同じものを目指してはいない
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ジークヴァインは、無事に着いただろうか。
柔らかな風にそよぐ樹々の葉を見て、カルセイランはふとそんなことを考えた。
そんなどこか気が逸れた様子は、側から見ていても明らかだったのだろう。
同じテーブルでお茶を飲んでいたアーサフィルドが、「兄上?」と不思議そうに声をかけた。
「何でもないよ」
そう言って、手元のカップを口元へと運んでいく。
中庭の木々はよく手入れされていて、枝を形よく伸ばしている。
柔らかな午後の日射しがそれらの緑を照らし、風が優しく揺らす。
それはとても、とても穏やかで、まるでここだけ時が止まったかのような錯覚まで起こさせる。
・・・ああ、これまでのこと全てが、ただの悪夢であったなら。
そうであれば、ひと月後の婚姻の儀で私の隣に立つ相手は、君だったろうに。
何度も、何度も頭に浮かんでは、その都度、私を絶望の淵に落とす儚い願い。
静かに息を吐いた。
その時、ふと木陰の向こうに、あの懐かしい銀色の髪が風にふわりと靡いたような、そんな気がして。
それに一瞬、目を奪われ、だがすぐに幻だと気づき、失笑する。
馬鹿だな。いる筈もない。ここで会える筈もないのに。
・・・ユリアティエル。私の愛しいひと。
「兄上・・・どうかなさいましたか?」
長く黙り込んでいた為だろう、アーサフィルドの声が、先ほどとは違い気遣わしげだ。
「・・・ごめん、少しぼんやりしてたみたいだ」
大丈夫だよ、と言おうとして、アーサフィルドの後方から近づいて来る人影に気づく。
「これはこれは、王太子殿下に第二王子殿下。かような場所でお目にかかれますとは」
背後からの声に、アーサフィルドが怪訝な表情で振り向く。この子は彼に会ったことはあっただろうか。
ヴァルハリラの契約の仲介者でありながら、時折こちらを利する動きも見せる掴み所のない男を。
「おや、王太子殿下はお疲れのようですね。ただでさえ婚姻の儀が近くなり、多忙な時期なのです。もう少しお身体を労って頂かないといけませんな。お倒れになっては一大事ですからね」
「サルトゥリアヌス・・・どうしてここに」
「たまたまですよ。優しい木漏れ日に誘われましてね」
嘘だ。
お前が何の目的もなく私の前に現れるものか。
カルセイランは努めて落ち着いた声を出した。
「アーサー」
「はい」
「悪いが、続きはまた今度にしよう。急ぎの用を思い出した」
「・・・分かりました」
思慮深いアーサフィルドは、こういう時に余計な口を挟むことはない。いたずらに好奇心を満たそうとすることも。
すぐに立ち上がり、だがやはり気がかりなのだろう、ほんの僅かの間、じっとカルセイランを見つめると礼をして去って行った。
「・・・それで、サルトゥリアヌス。私に何か用があるのか?」
警戒を怠ることなく、静かに問う。
「そのように警戒なさらずとも。私たちは同じものを目指して走る者同士ではありませんか」
「必ずしも同じとは言い難い。より強く望むものがあるとはいえ、お前たちにとっては、対価がどちらであっても構わないのだろう?」
「おやおや、なんとも手厳しい」
サルトゥリアヌスは薄笑いを浮かべながら肩を竦めた。
「まぁ、確かにこちらとしては、どちらに転んでもそれなりの目的は果たせますがね。・・・ですが、それを言うのならばカルセイランさまとて同じでは?」
「・・・どういう意味だ?」
思わず眉根を寄せたカルセイランを見て、サルトゥリアヌスは、く、と喉を鳴らす。
「貴方さまも私たちと同じではないかと申し上げているのですよ。どちらに転んでも、あの女を始末できるのですからね」
柔らかな風にそよぐ樹々の葉を見て、カルセイランはふとそんなことを考えた。
そんなどこか気が逸れた様子は、側から見ていても明らかだったのだろう。
同じテーブルでお茶を飲んでいたアーサフィルドが、「兄上?」と不思議そうに声をかけた。
「何でもないよ」
そう言って、手元のカップを口元へと運んでいく。
中庭の木々はよく手入れされていて、枝を形よく伸ばしている。
柔らかな午後の日射しがそれらの緑を照らし、風が優しく揺らす。
それはとても、とても穏やかで、まるでここだけ時が止まったかのような錯覚まで起こさせる。
・・・ああ、これまでのこと全てが、ただの悪夢であったなら。
そうであれば、ひと月後の婚姻の儀で私の隣に立つ相手は、君だったろうに。
何度も、何度も頭に浮かんでは、その都度、私を絶望の淵に落とす儚い願い。
静かに息を吐いた。
その時、ふと木陰の向こうに、あの懐かしい銀色の髪が風にふわりと靡いたような、そんな気がして。
それに一瞬、目を奪われ、だがすぐに幻だと気づき、失笑する。
馬鹿だな。いる筈もない。ここで会える筈もないのに。
・・・ユリアティエル。私の愛しいひと。
「兄上・・・どうかなさいましたか?」
長く黙り込んでいた為だろう、アーサフィルドの声が、先ほどとは違い気遣わしげだ。
「・・・ごめん、少しぼんやりしてたみたいだ」
大丈夫だよ、と言おうとして、アーサフィルドの後方から近づいて来る人影に気づく。
「これはこれは、王太子殿下に第二王子殿下。かような場所でお目にかかれますとは」
背後からの声に、アーサフィルドが怪訝な表情で振り向く。この子は彼に会ったことはあっただろうか。
ヴァルハリラの契約の仲介者でありながら、時折こちらを利する動きも見せる掴み所のない男を。
「おや、王太子殿下はお疲れのようですね。ただでさえ婚姻の儀が近くなり、多忙な時期なのです。もう少しお身体を労って頂かないといけませんな。お倒れになっては一大事ですからね」
「サルトゥリアヌス・・・どうしてここに」
「たまたまですよ。優しい木漏れ日に誘われましてね」
嘘だ。
お前が何の目的もなく私の前に現れるものか。
カルセイランは努めて落ち着いた声を出した。
「アーサー」
「はい」
「悪いが、続きはまた今度にしよう。急ぎの用を思い出した」
「・・・分かりました」
思慮深いアーサフィルドは、こういう時に余計な口を挟むことはない。いたずらに好奇心を満たそうとすることも。
すぐに立ち上がり、だがやはり気がかりなのだろう、ほんの僅かの間、じっとカルセイランを見つめると礼をして去って行った。
「・・・それで、サルトゥリアヌス。私に何か用があるのか?」
警戒を怠ることなく、静かに問う。
「そのように警戒なさらずとも。私たちは同じものを目指して走る者同士ではありませんか」
「必ずしも同じとは言い難い。より強く望むものがあるとはいえ、お前たちにとっては、対価がどちらであっても構わないのだろう?」
「おやおや、なんとも手厳しい」
サルトゥリアヌスは薄笑いを浮かべながら肩を竦めた。
「まぁ、確かにこちらとしては、どちらに転んでもそれなりの目的は果たせますがね。・・・ですが、それを言うのならばカルセイランさまとて同じでは?」
「・・・どういう意味だ?」
思わず眉根を寄せたカルセイランを見て、サルトゥリアヌスは、く、と喉を鳴らす。
「貴方さまも私たちと同じではないかと申し上げているのですよ。どちらに転んでも、あの女を始末できるのですからね」
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