103 / 183
心は見ることが出来ないから
しおりを挟む
到着の日時を予め伝書鳥で知らせていたのだろう、カサンドロスたちが館に到着する頃、入り口付近には使用人たちが集まっていた。
馬から降りたカサンドロスがユリアティエルを降ろす。その姿を確認した使用人たちは安堵の様子を見せた。
「皆さま、ご心配をおかけしました」
ユリアティエルは使用人たちの前で深々と頭を下げる。
「ユリアさま!」
聞き慣れた声が、ユリアティエルの名を呼んだ。
エイダが使用人服の上に着けたエプロンを両手でぎゅっと掴み、他の使用人たちと一緒に立っていた。
眉間に皺を寄せ、唇を固く引き結び、じっとユリアティエルを見つめている。その瞳からは、今にも涙が溢れそうだ。
・・・私は、貴女にいつもそんな顔をさせてしまうわね。
ユリアティエルは側までいくとエイダを抱き寄せ、ごめんなさいね、と謝った。
「いいえ、いいえユリアさま。ユリアさまが謝ることでは・・・っ!」
「だって、心配してくれていたのでしょう?」
エイダの頭を優しく撫でる。
少し猫っ毛のエイダの髪は、細くてふわふわしていて柔らかい。
元からエイダの青い髪は美しいと思っていたが、洗髪料のせいなのか、ここで働くようになってから手触りが良くなった。
以前はゴワゴワして、ところどころ絡まっていたのに、今は手触りもよくてサラサラだ。
その感触を楽しむように、ユリアティエルはエイダの頭を撫で続ける。
「ありがとうね、エイダ」
「ユリアさま・・・ユリアさま」
幼児のように泣き続けるエイダを抱く手に力が籠る。
出会ったばかりの頃が嘘のようだ、とユリアティエルは思った。
あの頃のエイダは、能面のような表情をしていて、何があっても感情を表に出さなかった。
奴隷商の主人に叩かれても、鞭で打たれても、顔色一つ変えなかった。
泣かせてしまったことは申し訳ないと思うけれど。
でも、嬉しいと思ってしまうのは不謹慎なのかしら。
エイダ、貴女が感情を表せるようになって良かったと、そう思ってしまうのは。
伝書鳥を通じてノヴァイアスからの知らせがあったのは、その次の日の朝のことだった。
取り出した紙に目を通したカサンドロスは、黙ってそれをユリアティエルに差し出す。
受け取ったユリアティエルは、その紙に目を落とすと、驚いて目を瞠った。
「父が・・・隣国へ?」
「ああ。王太子も思い切ったことをする。この国の現状を知らせるリスクは十分に承知しているだろうが・・・」
「わたくしが記憶している限りでは、隣国とは友好的な関係が築けていた筈ですが」
「数年前まではな。今は国同士の交流はほぼ途絶えている」
ユリアティエルの眼に驚きの光が灯る。「それは・・・何故」と呟きが漏れた。
「お前の父親に代わってダスダイダン侯爵が今の宰相になってから、国の方針が変わったのだ。国の・・・というより、あの女の意向だろうが」
隣国には国直属の術師がいるからな、とカサンドロスは続ける。
ああ、そういえば。
ユリアティエルは思い出した。
初めてカルセイランから『傀儡』の術について聞かされた日のことを。
「・・・あの時、カルセイランさまは使節団の術師に助けられたと仰ってましたわ」
「ん? 何のことだ」
それは、ユリアティエルが初めてカルセイランの置かれた状況を知った時。
初めてカルセイランが不安をユリアティエルに吐露した時のことだ。
そして、手紙が来なくなった時はすぐさま逃げるように、と告げられた日。
あの時、隣国の術師がカルセイランを助けてくれなければ、ユリアティエルは何も知らないまま闇に葬り去られていたのかもしれない。
そう思えば、不思議な縁だと思う。
「・・・ふむ、成程な」
事情を聴いたカサンドロスは暫し思案した。
「どこまで王太子が内情を打ち明けるか分からんが、今のような断交に近い状態はあちらとて望んではいない筈だ。王太子の判断と、お前の父親の手腕を信じるしかないな」
だが、とカサンドロスは言葉を継いだ。
「一体、隣国に使いまで送って、何をするつもりなのだろうな・・・?」
馬から降りたカサンドロスがユリアティエルを降ろす。その姿を確認した使用人たちは安堵の様子を見せた。
「皆さま、ご心配をおかけしました」
ユリアティエルは使用人たちの前で深々と頭を下げる。
「ユリアさま!」
聞き慣れた声が、ユリアティエルの名を呼んだ。
エイダが使用人服の上に着けたエプロンを両手でぎゅっと掴み、他の使用人たちと一緒に立っていた。
眉間に皺を寄せ、唇を固く引き結び、じっとユリアティエルを見つめている。その瞳からは、今にも涙が溢れそうだ。
・・・私は、貴女にいつもそんな顔をさせてしまうわね。
ユリアティエルは側までいくとエイダを抱き寄せ、ごめんなさいね、と謝った。
「いいえ、いいえユリアさま。ユリアさまが謝ることでは・・・っ!」
「だって、心配してくれていたのでしょう?」
エイダの頭を優しく撫でる。
少し猫っ毛のエイダの髪は、細くてふわふわしていて柔らかい。
元からエイダの青い髪は美しいと思っていたが、洗髪料のせいなのか、ここで働くようになってから手触りが良くなった。
以前はゴワゴワして、ところどころ絡まっていたのに、今は手触りもよくてサラサラだ。
その感触を楽しむように、ユリアティエルはエイダの頭を撫で続ける。
「ありがとうね、エイダ」
「ユリアさま・・・ユリアさま」
幼児のように泣き続けるエイダを抱く手に力が籠る。
出会ったばかりの頃が嘘のようだ、とユリアティエルは思った。
あの頃のエイダは、能面のような表情をしていて、何があっても感情を表に出さなかった。
奴隷商の主人に叩かれても、鞭で打たれても、顔色一つ変えなかった。
泣かせてしまったことは申し訳ないと思うけれど。
でも、嬉しいと思ってしまうのは不謹慎なのかしら。
エイダ、貴女が感情を表せるようになって良かったと、そう思ってしまうのは。
伝書鳥を通じてノヴァイアスからの知らせがあったのは、その次の日の朝のことだった。
取り出した紙に目を通したカサンドロスは、黙ってそれをユリアティエルに差し出す。
受け取ったユリアティエルは、その紙に目を落とすと、驚いて目を瞠った。
「父が・・・隣国へ?」
「ああ。王太子も思い切ったことをする。この国の現状を知らせるリスクは十分に承知しているだろうが・・・」
「わたくしが記憶している限りでは、隣国とは友好的な関係が築けていた筈ですが」
「数年前まではな。今は国同士の交流はほぼ途絶えている」
ユリアティエルの眼に驚きの光が灯る。「それは・・・何故」と呟きが漏れた。
「お前の父親に代わってダスダイダン侯爵が今の宰相になってから、国の方針が変わったのだ。国の・・・というより、あの女の意向だろうが」
隣国には国直属の術師がいるからな、とカサンドロスは続ける。
ああ、そういえば。
ユリアティエルは思い出した。
初めてカルセイランから『傀儡』の術について聞かされた日のことを。
「・・・あの時、カルセイランさまは使節団の術師に助けられたと仰ってましたわ」
「ん? 何のことだ」
それは、ユリアティエルが初めてカルセイランの置かれた状況を知った時。
初めてカルセイランが不安をユリアティエルに吐露した時のことだ。
そして、手紙が来なくなった時はすぐさま逃げるように、と告げられた日。
あの時、隣国の術師がカルセイランを助けてくれなければ、ユリアティエルは何も知らないまま闇に葬り去られていたのかもしれない。
そう思えば、不思議な縁だと思う。
「・・・ふむ、成程な」
事情を聴いたカサンドロスは暫し思案した。
「どこまで王太子が内情を打ち明けるか分からんが、今のような断交に近い状態はあちらとて望んではいない筈だ。王太子の判断と、お前の父親の手腕を信じるしかないな」
だが、とカサンドロスは言葉を継いだ。
「一体、隣国に使いまで送って、何をするつもりなのだろうな・・・?」
4
お気に入りに追加
1,146
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化

妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる