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心は見ることが出来ないから
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到着の日時を予め伝書鳥で知らせていたのだろう、カサンドロスたちが館に到着する頃、入り口付近には使用人たちが集まっていた。
馬から降りたカサンドロスがユリアティエルを降ろす。その姿を確認した使用人たちは安堵の様子を見せた。
「皆さま、ご心配をおかけしました」
ユリアティエルは使用人たちの前で深々と頭を下げる。
「ユリアさま!」
聞き慣れた声が、ユリアティエルの名を呼んだ。
エイダが使用人服の上に着けたエプロンを両手でぎゅっと掴み、他の使用人たちと一緒に立っていた。
眉間に皺を寄せ、唇を固く引き結び、じっとユリアティエルを見つめている。その瞳からは、今にも涙が溢れそうだ。
・・・私は、貴女にいつもそんな顔をさせてしまうわね。
ユリアティエルは側までいくとエイダを抱き寄せ、ごめんなさいね、と謝った。
「いいえ、いいえユリアさま。ユリアさまが謝ることでは・・・っ!」
「だって、心配してくれていたのでしょう?」
エイダの頭を優しく撫でる。
少し猫っ毛のエイダの髪は、細くてふわふわしていて柔らかい。
元からエイダの青い髪は美しいと思っていたが、洗髪料のせいなのか、ここで働くようになってから手触りが良くなった。
以前はゴワゴワして、ところどころ絡まっていたのに、今は手触りもよくてサラサラだ。
その感触を楽しむように、ユリアティエルはエイダの頭を撫で続ける。
「ありがとうね、エイダ」
「ユリアさま・・・ユリアさま」
幼児のように泣き続けるエイダを抱く手に力が籠る。
出会ったばかりの頃が嘘のようだ、とユリアティエルは思った。
あの頃のエイダは、能面のような表情をしていて、何があっても感情を表に出さなかった。
奴隷商の主人に叩かれても、鞭で打たれても、顔色一つ変えなかった。
泣かせてしまったことは申し訳ないと思うけれど。
でも、嬉しいと思ってしまうのは不謹慎なのかしら。
エイダ、貴女が感情を表せるようになって良かったと、そう思ってしまうのは。
伝書鳥を通じてノヴァイアスからの知らせがあったのは、その次の日の朝のことだった。
取り出した紙に目を通したカサンドロスは、黙ってそれをユリアティエルに差し出す。
受け取ったユリアティエルは、その紙に目を落とすと、驚いて目を瞠った。
「父が・・・隣国へ?」
「ああ。王太子も思い切ったことをする。この国の現状を知らせるリスクは十分に承知しているだろうが・・・」
「わたくしが記憶している限りでは、隣国とは友好的な関係が築けていた筈ですが」
「数年前まではな。今は国同士の交流はほぼ途絶えている」
ユリアティエルの眼に驚きの光が灯る。「それは・・・何故」と呟きが漏れた。
「お前の父親に代わってダスダイダン侯爵が今の宰相になってから、国の方針が変わったのだ。国の・・・というより、あの女の意向だろうが」
隣国には国直属の術師がいるからな、とカサンドロスは続ける。
ああ、そういえば。
ユリアティエルは思い出した。
初めてカルセイランから『傀儡』の術について聞かされた日のことを。
「・・・あの時、カルセイランさまは使節団の術師に助けられたと仰ってましたわ」
「ん? 何のことだ」
それは、ユリアティエルが初めてカルセイランの置かれた状況を知った時。
初めてカルセイランが不安をユリアティエルに吐露した時のことだ。
そして、手紙が来なくなった時はすぐさま逃げるように、と告げられた日。
あの時、隣国の術師がカルセイランを助けてくれなければ、ユリアティエルは何も知らないまま闇に葬り去られていたのかもしれない。
そう思えば、不思議な縁だと思う。
「・・・ふむ、成程な」
事情を聴いたカサンドロスは暫し思案した。
「どこまで王太子が内情を打ち明けるか分からんが、今のような断交に近い状態はあちらとて望んではいない筈だ。王太子の判断と、お前の父親の手腕を信じるしかないな」
だが、とカサンドロスは言葉を継いだ。
「一体、隣国に使いまで送って、何をするつもりなのだろうな・・・?」
馬から降りたカサンドロスがユリアティエルを降ろす。その姿を確認した使用人たちは安堵の様子を見せた。
「皆さま、ご心配をおかけしました」
ユリアティエルは使用人たちの前で深々と頭を下げる。
「ユリアさま!」
聞き慣れた声が、ユリアティエルの名を呼んだ。
エイダが使用人服の上に着けたエプロンを両手でぎゅっと掴み、他の使用人たちと一緒に立っていた。
眉間に皺を寄せ、唇を固く引き結び、じっとユリアティエルを見つめている。その瞳からは、今にも涙が溢れそうだ。
・・・私は、貴女にいつもそんな顔をさせてしまうわね。
ユリアティエルは側までいくとエイダを抱き寄せ、ごめんなさいね、と謝った。
「いいえ、いいえユリアさま。ユリアさまが謝ることでは・・・っ!」
「だって、心配してくれていたのでしょう?」
エイダの頭を優しく撫でる。
少し猫っ毛のエイダの髪は、細くてふわふわしていて柔らかい。
元からエイダの青い髪は美しいと思っていたが、洗髪料のせいなのか、ここで働くようになってから手触りが良くなった。
以前はゴワゴワして、ところどころ絡まっていたのに、今は手触りもよくてサラサラだ。
その感触を楽しむように、ユリアティエルはエイダの頭を撫で続ける。
「ありがとうね、エイダ」
「ユリアさま・・・ユリアさま」
幼児のように泣き続けるエイダを抱く手に力が籠る。
出会ったばかりの頃が嘘のようだ、とユリアティエルは思った。
あの頃のエイダは、能面のような表情をしていて、何があっても感情を表に出さなかった。
奴隷商の主人に叩かれても、鞭で打たれても、顔色一つ変えなかった。
泣かせてしまったことは申し訳ないと思うけれど。
でも、嬉しいと思ってしまうのは不謹慎なのかしら。
エイダ、貴女が感情を表せるようになって良かったと、そう思ってしまうのは。
伝書鳥を通じてノヴァイアスからの知らせがあったのは、その次の日の朝のことだった。
取り出した紙に目を通したカサンドロスは、黙ってそれをユリアティエルに差し出す。
受け取ったユリアティエルは、その紙に目を落とすと、驚いて目を瞠った。
「父が・・・隣国へ?」
「ああ。王太子も思い切ったことをする。この国の現状を知らせるリスクは十分に承知しているだろうが・・・」
「わたくしが記憶している限りでは、隣国とは友好的な関係が築けていた筈ですが」
「数年前まではな。今は国同士の交流はほぼ途絶えている」
ユリアティエルの眼に驚きの光が灯る。「それは・・・何故」と呟きが漏れた。
「お前の父親に代わってダスダイダン侯爵が今の宰相になってから、国の方針が変わったのだ。国の・・・というより、あの女の意向だろうが」
隣国には国直属の術師がいるからな、とカサンドロスは続ける。
ああ、そういえば。
ユリアティエルは思い出した。
初めてカルセイランから『傀儡』の術について聞かされた日のことを。
「・・・あの時、カルセイランさまは使節団の術師に助けられたと仰ってましたわ」
「ん? 何のことだ」
それは、ユリアティエルが初めてカルセイランの置かれた状況を知った時。
初めてカルセイランが不安をユリアティエルに吐露した時のことだ。
そして、手紙が来なくなった時はすぐさま逃げるように、と告げられた日。
あの時、隣国の術師がカルセイランを助けてくれなければ、ユリアティエルは何も知らないまま闇に葬り去られていたのかもしれない。
そう思えば、不思議な縁だと思う。
「・・・ふむ、成程な」
事情を聴いたカサンドロスは暫し思案した。
「どこまで王太子が内情を打ち明けるか分からんが、今のような断交に近い状態はあちらとて望んではいない筈だ。王太子の判断と、お前の父親の手腕を信じるしかないな」
だが、とカサンドロスは言葉を継いだ。
「一体、隣国に使いまで送って、何をするつもりなのだろうな・・・?」
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