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玉璽の使い道
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長い、長い話が終わった。
国王ダリウスも、王妃マリーベルも、第二王子アーサフィルドも、ずっと無言だった。
部屋を辞し、隠し通路を歩くアーサフィルドは、前を行く兄の後ろ姿をじっと見つめる。
・・・あんな理不尽に兄は耐えていたのか。
そしてこの先もまた、兄にはあの女と対峙するという役目があると言う。
王国民全ての命を背負って。
その背中を見つめ、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
・・・僕には、何もして差し上げられるような事がない。
そう思って俯きかけたその時、兄が声をかけた。
「さっきも言ったが、お前も、きっと明日には私から聞いた話の事は忘れる筈だ」
「・・・はい」
「でもまた、お前に話をしたい時は解呪の紋様を見せてもいいかな」
そう言って、兄は腕を摩る。
きっと、自らナイフで彫ったという紋様が刻まれた箇所なのだろう。
そう言えば、最近よく、兄は身体のあちこちを確かめるように触れていたっけ。
きっと、あれは確認だったのだろう。
そんな事を考えているうちに、アーサフィルドの部屋まで来ていた。
これから兄は、父から預かった玉璽を使うらしい。
明日には再び記憶が操作されるであろう父や母、そして恐らく一番影響が少ない筈の僕にまで、兄上は事情を話してくれた。
これから先も、国政に関わる行為や決断をする場合は、予め解呪をしてから報告してくれると言う。
あくまでも為政者は父であり、晴れて全てが終わった後に、事の全容を知るような事態は許せないのだと。
兄と別れ、ベッドに潜り込む。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
自分の幼さが恨めしい。
兄の為に何も出来ない未熟さが疎ましい。
本当に想いが通じ合った婚約者と別れ、大嫌いな女性と、それがたとえフリでも結婚しなければいけないなんて、これで本当に王族なのか、と問いたくなる。
何か、自分にも出来ることはないのだろうか。
兄のために。大好きな兄上のために。
そんな事を考えながら、眠りに落ちた。
もはや随分と歩き慣れた隠し通路を抜けて、カルセイランは自室に戻った。
・・・今度、アーサーにもこの通路の仕組みを教えておかないとな。
いつ、私が居なくなっても支障が出ないように。
自室の机に向かい、腰を下ろす。
大事に懐に抱えていた小袋を取り出した。
中にあるのは、国王が裁定の際に用いる玉璽。
引き出しをそっと開ける。
二重底になっている隠し棚から、しまっておいた紙を取り出す。
予め書いておいた文面に再度目を通して確認し、その一番下に印を押した。
・・・これでひとつ。
そして、更に隠し棚から別の紙を取り出す。
それにももう一度目を通し、それから印を押した。
もう、あまり時間がない。
思いつく限りの事を、可能な限りやり遂げろ。
印を押し終えたそれらの書類を、それぞれ封筒に入れ、蝋を垂らして再び印を押す。
どうか・・・上手くいきますように。
心の中で、ほんの一言、短く祈る。
そうして再びカルセイランは立ち上がり、隠し通路にまで続く扉へと消えていった。
それから数日後、牢番からもその存在を忘れ去られていた地下牢の囚人が、ひとり消えた。
だが、もはや誰からも関心を示される事なく放置されていたせいなのか、その男が何処に行ったのか、どうやって逃げたのかなど、追及する者はいなかった。
結果、名前すらも記録されていなかったその囚人の行方については誰も詮索する事なく、やがてその話は自然と消滅したのだった。
国王ダリウスも、王妃マリーベルも、第二王子アーサフィルドも、ずっと無言だった。
部屋を辞し、隠し通路を歩くアーサフィルドは、前を行く兄の後ろ姿をじっと見つめる。
・・・あんな理不尽に兄は耐えていたのか。
そしてこの先もまた、兄にはあの女と対峙するという役目があると言う。
王国民全ての命を背負って。
その背中を見つめ、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
・・・僕には、何もして差し上げられるような事がない。
そう思って俯きかけたその時、兄が声をかけた。
「さっきも言ったが、お前も、きっと明日には私から聞いた話の事は忘れる筈だ」
「・・・はい」
「でもまた、お前に話をしたい時は解呪の紋様を見せてもいいかな」
そう言って、兄は腕を摩る。
きっと、自らナイフで彫ったという紋様が刻まれた箇所なのだろう。
そう言えば、最近よく、兄は身体のあちこちを確かめるように触れていたっけ。
きっと、あれは確認だったのだろう。
そんな事を考えているうちに、アーサフィルドの部屋まで来ていた。
これから兄は、父から預かった玉璽を使うらしい。
明日には再び記憶が操作されるであろう父や母、そして恐らく一番影響が少ない筈の僕にまで、兄上は事情を話してくれた。
これから先も、国政に関わる行為や決断をする場合は、予め解呪をしてから報告してくれると言う。
あくまでも為政者は父であり、晴れて全てが終わった後に、事の全容を知るような事態は許せないのだと。
兄と別れ、ベッドに潜り込む。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
自分の幼さが恨めしい。
兄の為に何も出来ない未熟さが疎ましい。
本当に想いが通じ合った婚約者と別れ、大嫌いな女性と、それがたとえフリでも結婚しなければいけないなんて、これで本当に王族なのか、と問いたくなる。
何か、自分にも出来ることはないのだろうか。
兄のために。大好きな兄上のために。
そんな事を考えながら、眠りに落ちた。
もはや随分と歩き慣れた隠し通路を抜けて、カルセイランは自室に戻った。
・・・今度、アーサーにもこの通路の仕組みを教えておかないとな。
いつ、私が居なくなっても支障が出ないように。
自室の机に向かい、腰を下ろす。
大事に懐に抱えていた小袋を取り出した。
中にあるのは、国王が裁定の際に用いる玉璽。
引き出しをそっと開ける。
二重底になっている隠し棚から、しまっておいた紙を取り出す。
予め書いておいた文面に再度目を通して確認し、その一番下に印を押した。
・・・これでひとつ。
そして、更に隠し棚から別の紙を取り出す。
それにももう一度目を通し、それから印を押した。
もう、あまり時間がない。
思いつく限りの事を、可能な限りやり遂げろ。
印を押し終えたそれらの書類を、それぞれ封筒に入れ、蝋を垂らして再び印を押す。
どうか・・・上手くいきますように。
心の中で、ほんの一言、短く祈る。
そうして再びカルセイランは立ち上がり、隠し通路にまで続く扉へと消えていった。
それから数日後、牢番からもその存在を忘れ去られていた地下牢の囚人が、ひとり消えた。
だが、もはや誰からも関心を示される事なく放置されていたせいなのか、その男が何処に行ったのか、どうやって逃げたのかなど、追及する者はいなかった。
結果、名前すらも記録されていなかったその囚人の行方については誰も詮索する事なく、やがてその話は自然と消滅したのだった。
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