90 / 183
魔樹
しおりを挟む
「・・・『魔樹』という言葉を耳にした事くらいあるのでは? 何故そんなに不思議そうな顔をなさるのです?」
「・・・いや」
確かに言葉自体は知っている。
『魔樹』というものが存在するもう一つの世界についても。
だが、それが特に好むものがあるなどという話は聞いたことがない。
ましてや、魔樹にとっては、濁った血にこそ価値があるなんて。
・・・待て。もしや。
サルトゥリアヌスが再び薄い笑みを浮かべた。
「お察しの通りです。人間の血が魔樹の養分なのですよ。瘴気を生み出す媒介ともなるものでしてね。我々が願いを叶える対価に人の命を含めることが多いのは、魔樹に吸わせる血を得る為なのです」
禍々しい話題を、この男はいとも簡単に口にする。
「仕方がありませんでしょう。なんの見返りもなしに願いが叶うなどと思う人間の方がおかしいのです」
いとも容易く他人の心を読んでおきながら、同意を求めるかのように首を傾げ、カルセイランの顔を覗き込む。
「勝手に呼び出して頼み事をしておいて、いざ願いが叶ったとなれば途端に対価の支払いを渋る。そんな輩のなんと多いことか」
だから、とサルトゥリアヌスは続けた。
「だから払えない人間の場合は勝手に頂いていくのですよ。契約が終了した時点でね。我が主はどんな弁解や言い訳にも耳を貸すことはありませぬ故」
サルトゥリアヌスが、ここまでこちらに情報を漏らす理由は何なのだろう。
そんな事を考え、更に知ろうと言葉を重ねた。
「勝手に取るとは・・・王国民全ての人間のことか?」
サルトゥリアヌスは、我意を得たり、とこれまでにない明るい笑みを浮かべた。
「成功の対価としてあの女が提示したものはそれでしたね」
やはり、ヴァルハリラはそう提案したか。
「ですが、そうなった時でも貴方と、あと数名の使用人は残しておくつもりのようでしたよ? いやはや、私が人外であるせいなのか、あの女の思考はさっぱり理解できませぬ。それから後はどうやって生きていくつもりなのでしょうな」
「・・・」
如何にも楽しそうな笑い声を溢す・・・が、眼は冷たくこちらを見据えていた。
「それだけの数の王国民を養分にすれば、暫くは補充の必要がなくなるかもしれませんね。その間はこちらも人間どもの下らない願いを叶えなくて済むので助かると言えば助かりますが」
「そんな・・・」
「欲を言えば、もっと長い間使える肥料が欲しいのです」
その言葉に、カルセイランは息を呑む。
「普通の血は大して価値のある養分とはなりませんのでね、大量に必要となります。何千何万と揃えたとして、意外とすぐになくなってしまうのですよ」
「・・・それは、つまり」
カルセイランは、拳をぎゅっと握りしめ、必死で己を抑えながら続きを促す。
「つまり、そうでない対価を本当は欲している、と?」
サルトゥリアヌスは頷いた。
「あの女が対価として王国民を差し出すことになれば、勿論喜んで受け取る心づもりでおりますよ? ・・・ですが、そうならなかった時の方が、我々にとってはより喜ばしいでしょうな」
カルセイランは刮目した。
これは最も知りたかったことの一つではないだろうか。
「そうならなかった時・・・とは、ヴァルハリラの契約が成功しなかった時のことか?」
あの女が目的を果たせず、その目論見が失敗に終わった時、それでももし同じ対価を取ると言われたら・・・この国は終わる。
だが、そうでないのならば。
緊張で背中に汗が伝う。
サルトゥリアヌスの眼が一層冷ややかになったような。
なのに、笑みは更に深くなったような。
「・・・あの女が失敗しても、貸し与えたもの全てに見合ったものは返して頂きますよ。勿論、その時はこちらが真に望むものを遠慮なく取らせてもらいます」
・・・真に望むもの。
「当然ではないですか。あの女に与えたものは完璧な力でした。失敗するとしたら、それを使いこなせなかった者の咎でしかない」
カルセイランは、ごくりと唾を飲んだ。
「王太子殿下はご存知ですかな。契約者が背負う対価とは、自分に属するものからでしか支払えないのですよ。もしあの女が名実共に王族の一員となれぬのであれば、王国民を支払いに充てるなど不可能なのです」
「・・・では」
では、失敗に終わった時には。
その時に王国民を対価として払わせないためには。
そう考えたカルセイランに、サルトゥリアヌスは頷いた。
「実のところ、今回はこれまでにない程の好条件が揃っておりまして。上手くいけば半永久的に上質の養分が手に入ることになる・・・どちらに転ぶかはまだ分かりませんが、我が主は、出来ることならば真に望むものの方を得たいと願っておられます。ええ、今、貴方の頭に浮かんだ対価の方を」
「上手く・・・いけば」
「ええ。私がこうして貴方の前に現れたのもその為に他なりません」
眼が、すっと細められる。
「ですからどうか王太子殿下。頑張って闘いなされませ。主だけではありません。私も本当に楽しみにしているのですよ、その日が来るのを」
・・・私もあの女が大嫌いですので。
カルセイランの耳元に、そんな言葉がそっと囁かれた。
「・・・いや」
確かに言葉自体は知っている。
『魔樹』というものが存在するもう一つの世界についても。
だが、それが特に好むものがあるなどという話は聞いたことがない。
ましてや、魔樹にとっては、濁った血にこそ価値があるなんて。
・・・待て。もしや。
サルトゥリアヌスが再び薄い笑みを浮かべた。
「お察しの通りです。人間の血が魔樹の養分なのですよ。瘴気を生み出す媒介ともなるものでしてね。我々が願いを叶える対価に人の命を含めることが多いのは、魔樹に吸わせる血を得る為なのです」
禍々しい話題を、この男はいとも簡単に口にする。
「仕方がありませんでしょう。なんの見返りもなしに願いが叶うなどと思う人間の方がおかしいのです」
いとも容易く他人の心を読んでおきながら、同意を求めるかのように首を傾げ、カルセイランの顔を覗き込む。
「勝手に呼び出して頼み事をしておいて、いざ願いが叶ったとなれば途端に対価の支払いを渋る。そんな輩のなんと多いことか」
だから、とサルトゥリアヌスは続けた。
「だから払えない人間の場合は勝手に頂いていくのですよ。契約が終了した時点でね。我が主はどんな弁解や言い訳にも耳を貸すことはありませぬ故」
サルトゥリアヌスが、ここまでこちらに情報を漏らす理由は何なのだろう。
そんな事を考え、更に知ろうと言葉を重ねた。
「勝手に取るとは・・・王国民全ての人間のことか?」
サルトゥリアヌスは、我意を得たり、とこれまでにない明るい笑みを浮かべた。
「成功の対価としてあの女が提示したものはそれでしたね」
やはり、ヴァルハリラはそう提案したか。
「ですが、そうなった時でも貴方と、あと数名の使用人は残しておくつもりのようでしたよ? いやはや、私が人外であるせいなのか、あの女の思考はさっぱり理解できませぬ。それから後はどうやって生きていくつもりなのでしょうな」
「・・・」
如何にも楽しそうな笑い声を溢す・・・が、眼は冷たくこちらを見据えていた。
「それだけの数の王国民を養分にすれば、暫くは補充の必要がなくなるかもしれませんね。その間はこちらも人間どもの下らない願いを叶えなくて済むので助かると言えば助かりますが」
「そんな・・・」
「欲を言えば、もっと長い間使える肥料が欲しいのです」
その言葉に、カルセイランは息を呑む。
「普通の血は大して価値のある養分とはなりませんのでね、大量に必要となります。何千何万と揃えたとして、意外とすぐになくなってしまうのですよ」
「・・・それは、つまり」
カルセイランは、拳をぎゅっと握りしめ、必死で己を抑えながら続きを促す。
「つまり、そうでない対価を本当は欲している、と?」
サルトゥリアヌスは頷いた。
「あの女が対価として王国民を差し出すことになれば、勿論喜んで受け取る心づもりでおりますよ? ・・・ですが、そうならなかった時の方が、我々にとってはより喜ばしいでしょうな」
カルセイランは刮目した。
これは最も知りたかったことの一つではないだろうか。
「そうならなかった時・・・とは、ヴァルハリラの契約が成功しなかった時のことか?」
あの女が目的を果たせず、その目論見が失敗に終わった時、それでももし同じ対価を取ると言われたら・・・この国は終わる。
だが、そうでないのならば。
緊張で背中に汗が伝う。
サルトゥリアヌスの眼が一層冷ややかになったような。
なのに、笑みは更に深くなったような。
「・・・あの女が失敗しても、貸し与えたもの全てに見合ったものは返して頂きますよ。勿論、その時はこちらが真に望むものを遠慮なく取らせてもらいます」
・・・真に望むもの。
「当然ではないですか。あの女に与えたものは完璧な力でした。失敗するとしたら、それを使いこなせなかった者の咎でしかない」
カルセイランは、ごくりと唾を飲んだ。
「王太子殿下はご存知ですかな。契約者が背負う対価とは、自分に属するものからでしか支払えないのですよ。もしあの女が名実共に王族の一員となれぬのであれば、王国民を支払いに充てるなど不可能なのです」
「・・・では」
では、失敗に終わった時には。
その時に王国民を対価として払わせないためには。
そう考えたカルセイランに、サルトゥリアヌスは頷いた。
「実のところ、今回はこれまでにない程の好条件が揃っておりまして。上手くいけば半永久的に上質の養分が手に入ることになる・・・どちらに転ぶかはまだ分かりませんが、我が主は、出来ることならば真に望むものの方を得たいと願っておられます。ええ、今、貴方の頭に浮かんだ対価の方を」
「上手く・・・いけば」
「ええ。私がこうして貴方の前に現れたのもその為に他なりません」
眼が、すっと細められる。
「ですからどうか王太子殿下。頑張って闘いなされませ。主だけではありません。私も本当に楽しみにしているのですよ、その日が来るのを」
・・・私もあの女が大嫌いですので。
カルセイランの耳元に、そんな言葉がそっと囁かれた。
7
お気に入りに追加
1,135
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる