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何かが変わる瞬間
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やがて兵士たちの元へカサンドロスが戻って来た。そしてその背の向こうには地面に膝をついたまま、呆けているシャイラックが。
「・・・殺さなかったのですね」
「まぁな」
感情の見えないノヴァイアスの声に、淡々と一言だけ返して。
だがその顔は、どこか満足気だった。
「あの男に魔道具を嵌めたのですか」
「ああ。なかなかの見ものだった。如何に自分が小さな事で騒ぎ立てているかに漸く思い至ったようだぞ」
カサンドロスは、兵全体に帰途へ向かう声を上げる。
「まぁ、じきに魔道具の効果も切れて、また真実は覆い隠されてしまうのだろうがな」
「・・・また、ユリアティエルさまに危害を加えようとはしないでしょうか」
「それはない」
ノヴァイアスの懸念を、カサンドロスは一蹴した。
「何故言い切れるのです?」
食い下がるノヴァイアスに対し、カサンドロスはにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「ユリアティエルの件に関する記憶とは関係のないところで、アレは何かを思い定めたようだからだ」
「・・・」
「心配か?」
「当たり前です」
「即答か」
カサンドロスは愉快だとばかりに声を出して笑った。
「まぁ、それも仕方ない。前に両腕だけで済ませた事を後悔しているのだろう? お前の事だ、あの時殺しておけば後の憂いも少なかったと、そう考えたのだろう。・・・だがな、ノヴァイアス」
一瞬で真顔になる。
「今回、ユリアティエルの居場所が早くに割り出せたのは、シャイラックたちが動いたお陰だ。でなければ、私たちの到着は遥かに遅く、ユリアティエルを生きて取り返せたかも分からない」
「・・・」
「情報は命だ。その情報をもたらすのは人だ。まだ利用価値が残っているかもしれないものを残しておいても損はないだろう。いつでも切り捨てられるのだから」
「・・・分かりました」
今回の件は特に、カサンドロスの情報網がなければ動きようがなかった。
それを身にしみて感じているノヴァイアスは、納得するしか道はない。
「それにユリアティエルの意思もある。どうやら今回はお前に手を汚して欲しくなかったようだからな」
少し離れたところで、スラヴァと話しているユリアティエルに視線を向ける。
「良かったじゃないか。最初は敵方に寝返った卑怯者の極悪人だった評価が、少々理解しがたい協力者程度には格が上がったようだぞ」
「・・・そうなのでしょうか」
「ああ。少なくとも共に闘う者として認定されたことは間違いない」
「・・・」
「良かったな」
「・・・はい」
兵たちの一人が、スラヴァたちが乗るための馬を連れてやって来た。
スラヴァはともかく、まだ体力が回復していない様子のユリアティエルは、一人で騎乗するのは無理だろう。
そう考えたカサンドロスは馬を寄せ、ユリアティエルへと近づいた。
「どうする、スラヴァと一緒に移動するか? それとも私が直々にお前を抱きかかえて運んでやろうか。・・・ああ、もう一人候補がいるな」
そう言って、カサンドロスは背後を振り返り、ノヴァイアスをちらりと見た。
「普段はお前に顔を見せまいと逃げ回るくせに、非常時には真っ先に現場に突っ込んで行く馬鹿な男が」
「カサンドロスさま、ご冗談もほどほどに・・・」
「・・・では」
揶揄い交じりの提案に、ノヴァイアスがささやかな抵抗を見せようとしたところを、ユリアティエルがおずおずと口を開く。
そしてその答えは、ノヴァイアスを驚愕させた。
「今日のところはノヴァイアスさまにお願い致します」
「・・・」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべるカサンドロスの横で、驚きのあまり固まるノヴァイアスがいた。
ユリアティエルは少し気まずげな表情を浮かべたが、思い切ったように次の言葉を告げた。
「・・・少し、ノヴァイアスさまにお話したいことがございますので」
「あ・・・そ、うですか・・・承知致しました・・・」
そこからは静寂が続き、なんとも微妙な空気が流れたのだが、カサンドロスは馬をさっさと走らせて兵団の先頭に向かい、スラヴァもまた素知らぬ顔でそれに従った。
ぞろぞろと移動を始めた兵団たちを見ながら、どうにも会話が始まらない二人がそこに残っている。
やがて、このままではこの場に取り残されてしまう、と我に返ったノヴァイアスが、馬の横で膝をつき、両手を組んでユリアティエルの足元に差し出した。
「それでは・・・どうぞ・・・その、先にお乗りください」
「あ・・・はい。では・・・失礼いたします」
組んで差し出された両掌に足をかけ、馬の上に乗りあげる。
続いて、ノヴァイアスがその後ろ側に乗った。
「・・・失礼します」
ユリアティエルを囲むように左右から手を伸ばし、馬の手綱を取る。
これほどに互いの身体が近づくのはいつ以来だろうか。
ノヴァイアスは、場違いな高揚感を覚える自分を恥ずかしく思いながらも、「話がある」と言ったときのユリアティエルの思いつめたような真剣な眼差しに指先が冷たくなっていくのを感じた。
「・・・殺さなかったのですね」
「まぁな」
感情の見えないノヴァイアスの声に、淡々と一言だけ返して。
だがその顔は、どこか満足気だった。
「あの男に魔道具を嵌めたのですか」
「ああ。なかなかの見ものだった。如何に自分が小さな事で騒ぎ立てているかに漸く思い至ったようだぞ」
カサンドロスは、兵全体に帰途へ向かう声を上げる。
「まぁ、じきに魔道具の効果も切れて、また真実は覆い隠されてしまうのだろうがな」
「・・・また、ユリアティエルさまに危害を加えようとはしないでしょうか」
「それはない」
ノヴァイアスの懸念を、カサンドロスは一蹴した。
「何故言い切れるのです?」
食い下がるノヴァイアスに対し、カサンドロスはにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「ユリアティエルの件に関する記憶とは関係のないところで、アレは何かを思い定めたようだからだ」
「・・・」
「心配か?」
「当たり前です」
「即答か」
カサンドロスは愉快だとばかりに声を出して笑った。
「まぁ、それも仕方ない。前に両腕だけで済ませた事を後悔しているのだろう? お前の事だ、あの時殺しておけば後の憂いも少なかったと、そう考えたのだろう。・・・だがな、ノヴァイアス」
一瞬で真顔になる。
「今回、ユリアティエルの居場所が早くに割り出せたのは、シャイラックたちが動いたお陰だ。でなければ、私たちの到着は遥かに遅く、ユリアティエルを生きて取り返せたかも分からない」
「・・・」
「情報は命だ。その情報をもたらすのは人だ。まだ利用価値が残っているかもしれないものを残しておいても損はないだろう。いつでも切り捨てられるのだから」
「・・・分かりました」
今回の件は特に、カサンドロスの情報網がなければ動きようがなかった。
それを身にしみて感じているノヴァイアスは、納得するしか道はない。
「それにユリアティエルの意思もある。どうやら今回はお前に手を汚して欲しくなかったようだからな」
少し離れたところで、スラヴァと話しているユリアティエルに視線を向ける。
「良かったじゃないか。最初は敵方に寝返った卑怯者の極悪人だった評価が、少々理解しがたい協力者程度には格が上がったようだぞ」
「・・・そうなのでしょうか」
「ああ。少なくとも共に闘う者として認定されたことは間違いない」
「・・・」
「良かったな」
「・・・はい」
兵たちの一人が、スラヴァたちが乗るための馬を連れてやって来た。
スラヴァはともかく、まだ体力が回復していない様子のユリアティエルは、一人で騎乗するのは無理だろう。
そう考えたカサンドロスは馬を寄せ、ユリアティエルへと近づいた。
「どうする、スラヴァと一緒に移動するか? それとも私が直々にお前を抱きかかえて運んでやろうか。・・・ああ、もう一人候補がいるな」
そう言って、カサンドロスは背後を振り返り、ノヴァイアスをちらりと見た。
「普段はお前に顔を見せまいと逃げ回るくせに、非常時には真っ先に現場に突っ込んで行く馬鹿な男が」
「カサンドロスさま、ご冗談もほどほどに・・・」
「・・・では」
揶揄い交じりの提案に、ノヴァイアスがささやかな抵抗を見せようとしたところを、ユリアティエルがおずおずと口を開く。
そしてその答えは、ノヴァイアスを驚愕させた。
「今日のところはノヴァイアスさまにお願い致します」
「・・・」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべるカサンドロスの横で、驚きのあまり固まるノヴァイアスがいた。
ユリアティエルは少し気まずげな表情を浮かべたが、思い切ったように次の言葉を告げた。
「・・・少し、ノヴァイアスさまにお話したいことがございますので」
「あ・・・そ、うですか・・・承知致しました・・・」
そこからは静寂が続き、なんとも微妙な空気が流れたのだが、カサンドロスは馬をさっさと走らせて兵団の先頭に向かい、スラヴァもまた素知らぬ顔でそれに従った。
ぞろぞろと移動を始めた兵団たちを見ながら、どうにも会話が始まらない二人がそこに残っている。
やがて、このままではこの場に取り残されてしまう、と我に返ったノヴァイアスが、馬の横で膝をつき、両手を組んでユリアティエルの足元に差し出した。
「それでは・・・どうぞ・・・その、先にお乗りください」
「あ・・・はい。では・・・失礼いたします」
組んで差し出された両掌に足をかけ、馬の上に乗りあげる。
続いて、ノヴァイアスがその後ろ側に乗った。
「・・・失礼します」
ユリアティエルを囲むように左右から手を伸ばし、馬の手綱を取る。
これほどに互いの身体が近づくのはいつ以来だろうか。
ノヴァイアスは、場違いな高揚感を覚える自分を恥ずかしく思いながらも、「話がある」と言ったときのユリアティエルの思いつめたような真剣な眼差しに指先が冷たくなっていくのを感じた。
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