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捕食者
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ドンッという大きな音と共に、苛立ちが滲んだ声が響く。
「どういう事だよ? ちゃんと見張りは付けてあった筈だろ?」
顔を真っ赤にしてそう叫んだのは、シャイラックだ。
だが、ドルトンはそんな様相もいつもの事、と淡々と言葉を返す。
「見張りは付いてたよ。だからこっちにまで連絡が来たんだ。あの奴隷女が消えたって大騒ぎになってるってな」
反応の薄い返しに、シャイラックの爆発しそうだった怒りが少しばかり勢いを失って冷静さを取り戻す。
「・・・で? まさか見失ったとか言ってねぇよな? そいつら」
椅子に座り直してからの問いかけに、ドルトンは微かな笑みを浮かべた。
「勿論。俺らは戦時には偵察だってこなしてたんだぜ? 怪しそうな奴らは、取り敢えず疑いが晴れるまでは尾行すんのが基本だろ?」
その返答に満足したのか、シャイラックは酷薄な笑みを浮かべながら何度も頷く。
「・・・なら、数日中にははっきりするな」
「そうさ。後はゆっくり報告を待てばいい。別にそれからでも遅くはない。・・・だろ?」
言葉を一旦切って、意味ありげな視線を目の前の雇用主に投げかける。
「目当ての女はもう処女じゃないんだ。急ぐ必要もないもんな」
「・・・ああ」
ギリッという硬質な歯軋り音と共に、地の底を這うような低い声が返された。
そんな様子を見てもドルトンは別に何かの反応を返す訳でもなく、いつもの如く感情の読めない平坦な口調で再び口を開いた。
「そうそう、余計な作業分の支払いも忘れんなよ」
「当たり前だ」
吐き捨てるように一言だけを返すと、シャイラックはテーブルの上に置かれた料理の皿に向かって上半身を倒し、口をつけてガツガツと食べ始めた。
両腕がない故の獣のような食べ方だが、シャイラックにはそれ以上に、外面を気にする素振りもない。
綺麗に拭かれてきちんと食事が配置されてあったテーブルは、食べカスや皿から零れ落ちた食材などが散らばり、どんどん汚れていく。
その様子がどれだけ無様でも、みっともなくても、シャイラックは誰かの手を借りて食べようとはしなかった。
もとより、自分の欲望を叶える事にしか興味がなかった男だ。
見栄も体裁もどうでも良かった。
今、シャイラックを動かしているのはただ一つの欲望。
あの女・・・信じられないほど美しい女を犯すこと、ただそれだけ。
親を殺した使用人たちへの復讐はもう済んだ。
盗んだ金は勿論、そいつらの持っていた物は全て、そう何もかも奪ってやった。そして、それら全てを、ドルトンたちに報酬として取らせた。
・・・あの女さえ抱けりゃ、それでいい。
喉が渇いたような、どうしても消えない生理的な飢えが、シャイラックを絶え間なく襲っていた。
欲しくて堪らなくて、他のものでは補えなくて、どうしてもあの女を自分で滅茶滅茶にしてやりたい。
それをしなければ、いっそ死んだ方がマシのような、そんな気持ちにさせられる。
まあ、抱いたらもう何の未練もなくなるんだろうけどな。
満腹になって皿から顔を離し、ベトベトに汚れた口元を舌で舐め回した。
それから、横に置いてある布にゴシゴシと顔を擦り付ける。
はあ、面倒くせぇ。
生きてんのも、いい加減、面倒くせぇな。
まあ、あの女を抱くまでの辛抱だ。
そうだ、一度でいいんだ。あの女を滅茶苦茶に犯せれば。
そしたら、別にもうやりたい事もない。後は死んじまえばいいんだ。
うん、それがいい。
俺が死んだ後の処理は、ドルトンが上手くやってくれる。
そうだよ、きっとこいつにはもう、俺の考えてる事なんか丸分かりだろう。
水がなみなみと注がれたコップの端に口をつけ、ちょろちょろと吸い上げながら。
そうシャイラックは思った。
「どういう事だよ? ちゃんと見張りは付けてあった筈だろ?」
顔を真っ赤にしてそう叫んだのは、シャイラックだ。
だが、ドルトンはそんな様相もいつもの事、と淡々と言葉を返す。
「見張りは付いてたよ。だからこっちにまで連絡が来たんだ。あの奴隷女が消えたって大騒ぎになってるってな」
反応の薄い返しに、シャイラックの爆発しそうだった怒りが少しばかり勢いを失って冷静さを取り戻す。
「・・・で? まさか見失ったとか言ってねぇよな? そいつら」
椅子に座り直してからの問いかけに、ドルトンは微かな笑みを浮かべた。
「勿論。俺らは戦時には偵察だってこなしてたんだぜ? 怪しそうな奴らは、取り敢えず疑いが晴れるまでは尾行すんのが基本だろ?」
その返答に満足したのか、シャイラックは酷薄な笑みを浮かべながら何度も頷く。
「・・・なら、数日中にははっきりするな」
「そうさ。後はゆっくり報告を待てばいい。別にそれからでも遅くはない。・・・だろ?」
言葉を一旦切って、意味ありげな視線を目の前の雇用主に投げかける。
「目当ての女はもう処女じゃないんだ。急ぐ必要もないもんな」
「・・・ああ」
ギリッという硬質な歯軋り音と共に、地の底を這うような低い声が返された。
そんな様子を見てもドルトンは別に何かの反応を返す訳でもなく、いつもの如く感情の読めない平坦な口調で再び口を開いた。
「そうそう、余計な作業分の支払いも忘れんなよ」
「当たり前だ」
吐き捨てるように一言だけを返すと、シャイラックはテーブルの上に置かれた料理の皿に向かって上半身を倒し、口をつけてガツガツと食べ始めた。
両腕がない故の獣のような食べ方だが、シャイラックにはそれ以上に、外面を気にする素振りもない。
綺麗に拭かれてきちんと食事が配置されてあったテーブルは、食べカスや皿から零れ落ちた食材などが散らばり、どんどん汚れていく。
その様子がどれだけ無様でも、みっともなくても、シャイラックは誰かの手を借りて食べようとはしなかった。
もとより、自分の欲望を叶える事にしか興味がなかった男だ。
見栄も体裁もどうでも良かった。
今、シャイラックを動かしているのはただ一つの欲望。
あの女・・・信じられないほど美しい女を犯すこと、ただそれだけ。
親を殺した使用人たちへの復讐はもう済んだ。
盗んだ金は勿論、そいつらの持っていた物は全て、そう何もかも奪ってやった。そして、それら全てを、ドルトンたちに報酬として取らせた。
・・・あの女さえ抱けりゃ、それでいい。
喉が渇いたような、どうしても消えない生理的な飢えが、シャイラックを絶え間なく襲っていた。
欲しくて堪らなくて、他のものでは補えなくて、どうしてもあの女を自分で滅茶滅茶にしてやりたい。
それをしなければ、いっそ死んだ方がマシのような、そんな気持ちにさせられる。
まあ、抱いたらもう何の未練もなくなるんだろうけどな。
満腹になって皿から顔を離し、ベトベトに汚れた口元を舌で舐め回した。
それから、横に置いてある布にゴシゴシと顔を擦り付ける。
はあ、面倒くせぇ。
生きてんのも、いい加減、面倒くせぇな。
まあ、あの女を抱くまでの辛抱だ。
そうだ、一度でいいんだ。あの女を滅茶苦茶に犯せれば。
そしたら、別にもうやりたい事もない。後は死んじまえばいいんだ。
うん、それがいい。
俺が死んだ後の処理は、ドルトンが上手くやってくれる。
そうだよ、きっとこいつにはもう、俺の考えてる事なんか丸分かりだろう。
水がなみなみと注がれたコップの端に口をつけ、ちょろちょろと吸い上げながら。
そうシャイラックは思った。
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