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解呪の方法
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カサンドロスは予定していた三つの市や町での商談を終え、最後に王都へと向かっていた。
ノヴァイアスにも既に連絡が行っている。
到着は夕刻ごろ。
食事の後、ノヴァイアスと落ち合って直接報告を聞く予定だ。
群青色の真っ直ぐな長い髪。
その内に凶暴な熱情を秘めながら、表向きはどこまでも理性的に振る舞う二面性にも似たその性格。
頭は切れるし、融通も効く。
元王太子の最側近だっただけあって、王国の内部情報にも通じている。
しかも、フットワークが軽いため、命令を下せば即座に動いてくれる。
予想以上の働きだった。
ここ一か月でノヴァイアスが収集してきた価値ある情報の量は計りしれない。
ノヴァイアスとは多少の時間差はあるものの、情報の共有は出来ている。
だからあちらでも、恐らく自分と同じ結論に達していることだろう。
契約の期限は、予想していたよりも早く到来する、と。
だが、理想としては、自分のこの目で聞き、判断し、確認したい。
その方が確実だ。
そして、難しいことではあろうが、出来ることならば直接会って、どんな人物なのかをこの目で確かめたいものだ。
サルトゥリアヌスと、地下牢に囚われているというジークヴァイン・アデルハイデン公爵、そして・・・可能であればカルセイラン・ガゼルハイノン王太子殿下と。
「はてさて・・・どんな結果が出るか・・・」
馬の背に揺られながら、カサンドロスはこの先の計画を考えた。
王都をぐるりと囲む城壁の一画、四方にある門の一つに到着し、中へと入ったカサンドロスの目は、中央通り奥にある一つの看板へと向けられた。
『カイコウ』---ノヴァイアスが指定した宿の名だ。
カサンドロスは、ゆっくりと馬をそちらへ向けた。
食事を取り、湯を浴びた後、ノヴァイアスが現れ、これまで調査したことの詳細について報告を受ける。
やはり限られた紙面上では書ききれない細かな情報が多くあり、それらを聞くことが出来ただけでも、王都まで足を伸ばした甲斐があったとカサンドロスは感じていた。
「王太子は、今もヴァルハリラとか言う女の術からは無事に逃れる事が出来ているのか?」
「そのようです」
だがカサンドロスは、ノヴァイアスの答えを直ぐには鵜呑みには出来ないようだった。
「ノヴァイアス、お前は解呪の紋様を描いた紙を一枚、渡しただけなのだろう? それだけで、こうも長く防御が出来るものか?」
「いいえ」
「ならば何故」
ノヴァイアスは目を逸らすことなく、静かに言葉を継いだ。
「殿下は毎日、あの女に術をかけられています。ですがその後、術を自ら解かれるのです」
「・・・は?」
カサンドロスの眉が、眉間に寄せられる。
「解呪した状態を保ち続けるのではなく、術をかけられる度に解いておられます」
「・・・いや、そういう意味なのは分かっている。だが、そうであれば尚更、たった一枚の紙に頼るのは危険だろう」
「殿下もそう思われたようです。恐らくは、私が紙を渡したその夜に」
「・・・では?」
ノヴァイアスは軽く視線を落とした。
カップを持つ手元を見つめ、少しだけ悲しそうに口元を歪めた。
「・・・お身体に、その紋様を刻みこまれたようです」
「なに?」
「自ら、ナイフか何かでその紋様をそっくりそのまま刻まれた、と」
「・・・それで効果があった、と?」
ノヴァイアスは頷いた。
「まずは試験的に、と左腕にその紋様を刻み、翌日にヴァルハリラと会ったそうです。そして予想通り術に嵌ったものの、その後、着替えるなどの際に腕の紋様を目にして・・・術が解けた、と・・・そう伺っております」
カサンドロスは顎に手を当て、低い声で呟いた。
「確か・・・あの紋様はそれなりに複雑だったと記憶しているが・・・」
「そうですね。かなり痛みが伴う方法だと思います」
「だが、誰かに奪われる恐れはない。・・・まあ、傷痕なのだから直に消えてしまうのが難点か」
その言葉に、ノヴァイアスは静かに頷いた。
「それで殿下は、複数箇所に、しかも時期をずらして紋様を刻むことでそれを解決なさろうとされています」
その言葉に、カサンドロスが驚愕で目を瞠る。
「そうすることで、紋様を失うこと、そして解呪効果を他の誰かに消されてしまう恐れを失くそうと・・・。紋様を刻んだ傷痕が一つであれば、そこを覆われるか、更に別の傷で重ねられれば終いだと仰って」
「だが、それは流石に・・・かなりの苦痛を伴うだろう?」
褐色色の端正な顔が僅かに歪む。
だがノヴァイアスは、その通りです、と静かに頷いた。
「ですが、それが一番確実だ、と、そう仰っておられます」
「・・・そうか」
「既に三か所、時期をずらして紋様を刻まれたようです。彫物師に頼めば一度の痛みで済みますが、情報が漏れる恐れもありますし、誰かの差し金で違う紋様を彫られては命取りだと」
「・・・それをこの先ずっと続けるおつもりか? 王太子殿下は」
「閨では裸になる故、ヴァルハリラの術に対抗するには丁度よかろうと笑っておられました」
「なんと・・・」
カサンドロスは背もたれに身体を預け、大きく息を吐いた。
「次期国王となられるカルセイラン王太子殿下は知恵と洞察に優れた賢い方、という評判は耳にしていたが、肝が据わった豪胆なお方でもあるのだな」
「そうですね。幼少の頃より穏やかな方ではあられましたが、武にも優れ、勇敢さもお持ちですので」
ノヴァイアスが微かな笑みを浮かべた。
「本当にお似合いでございました、カルセイラン殿下とユリアティエルさまが並び立つお姿は。・・・まるで、この国の平和な未来を約束するかのようで」
その眼は、どこか懐かしそうで、遠くを見つめていて、そして少し切なげで。
「私は・・・私はユリアティエルさまに焦がれながらも、将来、国王そして王妃となられるお二人を支え、この国のためにこの身を捧げようと・・・そう心に誓って・・・」
そうして一度、沈黙が降りて。
「・・・なればこそ残念に思います。あの女の策謀さえなければ、と」
そんな声が、小さく零れ落ちた。
ノヴァイアスにも既に連絡が行っている。
到着は夕刻ごろ。
食事の後、ノヴァイアスと落ち合って直接報告を聞く予定だ。
群青色の真っ直ぐな長い髪。
その内に凶暴な熱情を秘めながら、表向きはどこまでも理性的に振る舞う二面性にも似たその性格。
頭は切れるし、融通も効く。
元王太子の最側近だっただけあって、王国の内部情報にも通じている。
しかも、フットワークが軽いため、命令を下せば即座に動いてくれる。
予想以上の働きだった。
ここ一か月でノヴァイアスが収集してきた価値ある情報の量は計りしれない。
ノヴァイアスとは多少の時間差はあるものの、情報の共有は出来ている。
だからあちらでも、恐らく自分と同じ結論に達していることだろう。
契約の期限は、予想していたよりも早く到来する、と。
だが、理想としては、自分のこの目で聞き、判断し、確認したい。
その方が確実だ。
そして、難しいことではあろうが、出来ることならば直接会って、どんな人物なのかをこの目で確かめたいものだ。
サルトゥリアヌスと、地下牢に囚われているというジークヴァイン・アデルハイデン公爵、そして・・・可能であればカルセイラン・ガゼルハイノン王太子殿下と。
「はてさて・・・どんな結果が出るか・・・」
馬の背に揺られながら、カサンドロスはこの先の計画を考えた。
王都をぐるりと囲む城壁の一画、四方にある門の一つに到着し、中へと入ったカサンドロスの目は、中央通り奥にある一つの看板へと向けられた。
『カイコウ』---ノヴァイアスが指定した宿の名だ。
カサンドロスは、ゆっくりと馬をそちらへ向けた。
食事を取り、湯を浴びた後、ノヴァイアスが現れ、これまで調査したことの詳細について報告を受ける。
やはり限られた紙面上では書ききれない細かな情報が多くあり、それらを聞くことが出来ただけでも、王都まで足を伸ばした甲斐があったとカサンドロスは感じていた。
「王太子は、今もヴァルハリラとか言う女の術からは無事に逃れる事が出来ているのか?」
「そのようです」
だがカサンドロスは、ノヴァイアスの答えを直ぐには鵜呑みには出来ないようだった。
「ノヴァイアス、お前は解呪の紋様を描いた紙を一枚、渡しただけなのだろう? それだけで、こうも長く防御が出来るものか?」
「いいえ」
「ならば何故」
ノヴァイアスは目を逸らすことなく、静かに言葉を継いだ。
「殿下は毎日、あの女に術をかけられています。ですがその後、術を自ら解かれるのです」
「・・・は?」
カサンドロスの眉が、眉間に寄せられる。
「解呪した状態を保ち続けるのではなく、術をかけられる度に解いておられます」
「・・・いや、そういう意味なのは分かっている。だが、そうであれば尚更、たった一枚の紙に頼るのは危険だろう」
「殿下もそう思われたようです。恐らくは、私が紙を渡したその夜に」
「・・・では?」
ノヴァイアスは軽く視線を落とした。
カップを持つ手元を見つめ、少しだけ悲しそうに口元を歪めた。
「・・・お身体に、その紋様を刻みこまれたようです」
「なに?」
「自ら、ナイフか何かでその紋様をそっくりそのまま刻まれた、と」
「・・・それで効果があった、と?」
ノヴァイアスは頷いた。
「まずは試験的に、と左腕にその紋様を刻み、翌日にヴァルハリラと会ったそうです。そして予想通り術に嵌ったものの、その後、着替えるなどの際に腕の紋様を目にして・・・術が解けた、と・・・そう伺っております」
カサンドロスは顎に手を当て、低い声で呟いた。
「確か・・・あの紋様はそれなりに複雑だったと記憶しているが・・・」
「そうですね。かなり痛みが伴う方法だと思います」
「だが、誰かに奪われる恐れはない。・・・まあ、傷痕なのだから直に消えてしまうのが難点か」
その言葉に、ノヴァイアスは静かに頷いた。
「それで殿下は、複数箇所に、しかも時期をずらして紋様を刻むことでそれを解決なさろうとされています」
その言葉に、カサンドロスが驚愕で目を瞠る。
「そうすることで、紋様を失うこと、そして解呪効果を他の誰かに消されてしまう恐れを失くそうと・・・。紋様を刻んだ傷痕が一つであれば、そこを覆われるか、更に別の傷で重ねられれば終いだと仰って」
「だが、それは流石に・・・かなりの苦痛を伴うだろう?」
褐色色の端正な顔が僅かに歪む。
だがノヴァイアスは、その通りです、と静かに頷いた。
「ですが、それが一番確実だ、と、そう仰っておられます」
「・・・そうか」
「既に三か所、時期をずらして紋様を刻まれたようです。彫物師に頼めば一度の痛みで済みますが、情報が漏れる恐れもありますし、誰かの差し金で違う紋様を彫られては命取りだと」
「・・・それをこの先ずっと続けるおつもりか? 王太子殿下は」
「閨では裸になる故、ヴァルハリラの術に対抗するには丁度よかろうと笑っておられました」
「なんと・・・」
カサンドロスは背もたれに身体を預け、大きく息を吐いた。
「次期国王となられるカルセイラン王太子殿下は知恵と洞察に優れた賢い方、という評判は耳にしていたが、肝が据わった豪胆なお方でもあるのだな」
「そうですね。幼少の頃より穏やかな方ではあられましたが、武にも優れ、勇敢さもお持ちですので」
ノヴァイアスが微かな笑みを浮かべた。
「本当にお似合いでございました、カルセイラン殿下とユリアティエルさまが並び立つお姿は。・・・まるで、この国の平和な未来を約束するかのようで」
その眼は、どこか懐かしそうで、遠くを見つめていて、そして少し切なげで。
「私は・・・私はユリアティエルさまに焦がれながらも、将来、国王そして王妃となられるお二人を支え、この国のためにこの身を捧げようと・・・そう心に誓って・・・」
そうして一度、沈黙が降りて。
「・・・なればこそ残念に思います。あの女の策謀さえなければ、と」
そんな声が、小さく零れ落ちた。
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