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澄んだ夜空 輝く月
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夜も更けて少々肌寒くなっていたせいだろうか、エイダがふと目を覚ます。
そして、隣で眠っている筈のユリアティエルがいない事に驚き、慌てて跳ね起きたが、窓の手すりに腰掛けて夜空を見上げる姿を見つけ、ほっと安堵の息を吐いた。
真っ暗の闇に包まれ、ほのかに月光が射す窓辺に、ユリアティエルがガラスにもたれかかるように座り夜空を見上げるその姿は、まるで一枚の絵画のようで。
声をかけることも憚られるような、どこか神聖さすら感じるような、そんな厳かな空気に包まれた姿を、エイダはただじっと眺めていると。
やがてその視線に気付いたのだろう、ふと視線をエイダの方へと向ける。
「ごめんなさい、起こしてしまったかしら?」
ふわりと見せた笑みは、どこまでも優しさに溢れているのに、何故かいつも悲しそうで。
それはどうしてなんだろう、と、ずっとエイダは不思議だった。
ユリアティエルの問いに、エイダは黙って首を横に振る。
すると、ユリアティエルはもう一度笑みを溢し、また夜空を見上げた。
・・・寂しそうなお顔。
あんなに優しく笑うのに。
この世の全ての祝福をその身に受けたような美しさをお持ちなのに。
ユリアティエルさまの瞳からは、いつも陰りが消えない。
・・・それは、あの人のせいなんだろうか。
あの日、エイダの前に現れた、自分に似た髪色の男性。
エイダをシェケムたちから解放してくれた人。
ユリアティエルを付け狙ってカサンドロスに襲撃を仕掛けたシャイラックに怒り狂って、その両腕を切り落とした人。
そして、ユリアティエルから、いつも距離を置こうとする人。
エイダは再び横になり、微かに目を眇めながら、眠気に襲われるのを静かに待つ。
目の前の美しい情景を、ただただ眺めながら。
気付いてしまった。
ユリアティエルとノヴァイアスの間に何があったのかなんて、誰もエイダには言わなかったけど。
でも、それでも。
やはり分かってしまう。
言葉の端々に表れる小さな小さな片鱗に、どうしても気がついてしまう。
きっと、ノヴァイアスという人は、ユリアティエルさまを酷く、それはもう酷く、傷つけたのだ。
そしてその事を、当人は、ノヴァイアスという人は、心底悔やんでいる。
心配で、あちこち走り回って、こんなところにまで押しかけて、ユリアティエルさまの安否を確かめるほどに。
ユリアティエルさまのために、自分が奴隷に成り代わると申し出るほどに。
・・・初めは、恋人同士なのかと思った。
明らかに、普通以上の感情をお互いに持っているように見えたから。
でも、ユリアティエルさまは、お慕いしている方がおられると仰った。
それは遠いところにおられる方だと。
きっと、もう二度と会うこともないと。
そう言って、寂しそうに笑った。
ノヴァイアスが急に姿を消してから、既に六日が経つ。
あれからユリアティエルたちは更に移動を重ね、四日前にカサンドロスが用意した館に到着した。
取り敢えず、エイダに関する処遇の決定は保留となっている。
ユリアティエルは、ノヴァイアスの名を口にすることはない。
ただ毎夜、ユリアティエルは月を見上げ、その唇は小さな声で何かを呟いている。
それはまるで、何かを願うように。
それはまるで、何かを問うように。
その光景を見るたび、エイダは胸を締め付けられるような感覚に陥るのだ。
そして、隣で眠っている筈のユリアティエルがいない事に驚き、慌てて跳ね起きたが、窓の手すりに腰掛けて夜空を見上げる姿を見つけ、ほっと安堵の息を吐いた。
真っ暗の闇に包まれ、ほのかに月光が射す窓辺に、ユリアティエルがガラスにもたれかかるように座り夜空を見上げるその姿は、まるで一枚の絵画のようで。
声をかけることも憚られるような、どこか神聖さすら感じるような、そんな厳かな空気に包まれた姿を、エイダはただじっと眺めていると。
やがてその視線に気付いたのだろう、ふと視線をエイダの方へと向ける。
「ごめんなさい、起こしてしまったかしら?」
ふわりと見せた笑みは、どこまでも優しさに溢れているのに、何故かいつも悲しそうで。
それはどうしてなんだろう、と、ずっとエイダは不思議だった。
ユリアティエルの問いに、エイダは黙って首を横に振る。
すると、ユリアティエルはもう一度笑みを溢し、また夜空を見上げた。
・・・寂しそうなお顔。
あんなに優しく笑うのに。
この世の全ての祝福をその身に受けたような美しさをお持ちなのに。
ユリアティエルさまの瞳からは、いつも陰りが消えない。
・・・それは、あの人のせいなんだろうか。
あの日、エイダの前に現れた、自分に似た髪色の男性。
エイダをシェケムたちから解放してくれた人。
ユリアティエルを付け狙ってカサンドロスに襲撃を仕掛けたシャイラックに怒り狂って、その両腕を切り落とした人。
そして、ユリアティエルから、いつも距離を置こうとする人。
エイダは再び横になり、微かに目を眇めながら、眠気に襲われるのを静かに待つ。
目の前の美しい情景を、ただただ眺めながら。
気付いてしまった。
ユリアティエルとノヴァイアスの間に何があったのかなんて、誰もエイダには言わなかったけど。
でも、それでも。
やはり分かってしまう。
言葉の端々に表れる小さな小さな片鱗に、どうしても気がついてしまう。
きっと、ノヴァイアスという人は、ユリアティエルさまを酷く、それはもう酷く、傷つけたのだ。
そしてその事を、当人は、ノヴァイアスという人は、心底悔やんでいる。
心配で、あちこち走り回って、こんなところにまで押しかけて、ユリアティエルさまの安否を確かめるほどに。
ユリアティエルさまのために、自分が奴隷に成り代わると申し出るほどに。
・・・初めは、恋人同士なのかと思った。
明らかに、普通以上の感情をお互いに持っているように見えたから。
でも、ユリアティエルさまは、お慕いしている方がおられると仰った。
それは遠いところにおられる方だと。
きっと、もう二度と会うこともないと。
そう言って、寂しそうに笑った。
ノヴァイアスが急に姿を消してから、既に六日が経つ。
あれからユリアティエルたちは更に移動を重ね、四日前にカサンドロスが用意した館に到着した。
取り敢えず、エイダに関する処遇の決定は保留となっている。
ユリアティエルは、ノヴァイアスの名を口にすることはない。
ただ毎夜、ユリアティエルは月を見上げ、その唇は小さな声で何かを呟いている。
それはまるで、何かを願うように。
それはまるで、何かを問うように。
その光景を見るたび、エイダは胸を締め付けられるような感覚に陥るのだ。
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