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だがそれでも私は
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ノヴァイアスの表情には、何の感情も浮かんではいなかった。
ただ、じっと目の前にいる男を、自分が凌辱した女性の父親を静かに見つめていた。
まるで詰られるのを、罵られるのを、ひたすら待っているかのように。
「・・・ノヴァイアス。お前の取った行動は倫理にもとる行為であり、その行為そのものは褒められたものではない。そして、ユリアティエルはそれを辛い記憶として抱えているかもしれん。・・・だがそれでも」
ジークヴァインは自身が留め置かれている地下牢をぐるりと見回した。
「・・・それでも、お前は私よりも確実にあの子の命を守ったのだろう」
ノヴァイアスは目を瞠る。
その唇は何かを言おうとしたのだろうか、一瞬、僅かに開かれたが、だがすぐに固く引き結ばれた。
「あの子がそれを恨んだとて・・・私はまず、あの子が未だ生きのびていてくれたことを嬉しく思う」
「・・・私にあのような目に遭わされてなお、あの方が自害なさらずに生きる事をお選びになったのは、ひとえにあの方ご自身の内面の強さによるものでございます」
「ノヴァイアス」
ジークヴァインの声は、あくまでも静かだった。
彼とて、ヴァルハリラによって地下牢に放り込まれて約一年半。
その間ずっと、愛娘の死を覚悟し、己の無力さを嘆き続けていたのだ。
「全ての原因はあの女にある筈だろう。我々は各々がそれに抗おうと動いただけなのだ。・・・その方法の是非を問う資格は、少なくとも私にはない」
「・・・」
「私の取った手段だけでは、あの子はいつか殺されていたに違いないのだから」
だとしても。
それでもきっと、この男は自分を責め続けるのだろう。
目の前で牢の鉄柵を握りしめ、所在なさげに立ちつくす惨めな男の姿を見て、ジークヴァインはそう判じた。
きっとお前は、この先もずっと、それこそ生きる限り願い続けるのだろうな。
私を許さないでくれ、と。
どうか憎んでくれ、と。
自分を取り巻く世界の全てに向かって。
それは、だがそれは。
お前にとって何より辛いことだろうに。
自分を呪いながら生きるよりは、いっそ死を選んだ方が楽だろうに。
こうして自分が犯した罪を、周囲に告解して回るよりは。
「・・・だがなノヴァイアス。他にどんな手段があったと言うのだろうな・・・?」
呟きにも似た、小さな小さな問い。
恐らくは誰も、ジークヴァインにもノヴァイアスにも、またカルセイランにも答えられないであろう疑問。
ユリアティエルが生きていてくれてよかった。
そう思ってしまった自分が間違いなのか。
そんな目に遭わされるくらいなら、いっそ死んで仕舞った方がマシだった、と言うべきなのか。
今、あの子がどれほどの絶望を抱えていても、それでも生きて、存在してくれている事実が嬉しい、と、そう思ってしまう自分が残酷なのか。
自分が刑の執行人としての役を負わずにすんだ事実を棚に上げて。
お前を、お前だけをただ一人、恨むべき対象として罪に問うべきなのか。
ああ、済まない。
済まない、ユリアティエル。
済まない・・・ノヴァイアス。
それでも私は、あの子が生きていてくれた事が嬉しいのだ。
その時だった。
何者かが地下牢に足を踏み入れた。
その足音は迷わず最奥へと進んでくる。
だが、ジークヴァインも、そしてノヴァイアスにも驚いた様子はない。
「・・・そろそろ出て来る頃だと思っていた」
そう言いながら、ノヴァイアスはゆっくりと後ろを振り返る。
「アデルハイデン卿に食事を運んでいたのはお前だろう? ・・・サルトゥリアヌス」
ただ、じっと目の前にいる男を、自分が凌辱した女性の父親を静かに見つめていた。
まるで詰られるのを、罵られるのを、ひたすら待っているかのように。
「・・・ノヴァイアス。お前の取った行動は倫理にもとる行為であり、その行為そのものは褒められたものではない。そして、ユリアティエルはそれを辛い記憶として抱えているかもしれん。・・・だがそれでも」
ジークヴァインは自身が留め置かれている地下牢をぐるりと見回した。
「・・・それでも、お前は私よりも確実にあの子の命を守ったのだろう」
ノヴァイアスは目を瞠る。
その唇は何かを言おうとしたのだろうか、一瞬、僅かに開かれたが、だがすぐに固く引き結ばれた。
「あの子がそれを恨んだとて・・・私はまず、あの子が未だ生きのびていてくれたことを嬉しく思う」
「・・・私にあのような目に遭わされてなお、あの方が自害なさらずに生きる事をお選びになったのは、ひとえにあの方ご自身の内面の強さによるものでございます」
「ノヴァイアス」
ジークヴァインの声は、あくまでも静かだった。
彼とて、ヴァルハリラによって地下牢に放り込まれて約一年半。
その間ずっと、愛娘の死を覚悟し、己の無力さを嘆き続けていたのだ。
「全ての原因はあの女にある筈だろう。我々は各々がそれに抗おうと動いただけなのだ。・・・その方法の是非を問う資格は、少なくとも私にはない」
「・・・」
「私の取った手段だけでは、あの子はいつか殺されていたに違いないのだから」
だとしても。
それでもきっと、この男は自分を責め続けるのだろう。
目の前で牢の鉄柵を握りしめ、所在なさげに立ちつくす惨めな男の姿を見て、ジークヴァインはそう判じた。
きっとお前は、この先もずっと、それこそ生きる限り願い続けるのだろうな。
私を許さないでくれ、と。
どうか憎んでくれ、と。
自分を取り巻く世界の全てに向かって。
それは、だがそれは。
お前にとって何より辛いことだろうに。
自分を呪いながら生きるよりは、いっそ死を選んだ方が楽だろうに。
こうして自分が犯した罪を、周囲に告解して回るよりは。
「・・・だがなノヴァイアス。他にどんな手段があったと言うのだろうな・・・?」
呟きにも似た、小さな小さな問い。
恐らくは誰も、ジークヴァインにもノヴァイアスにも、またカルセイランにも答えられないであろう疑問。
ユリアティエルが生きていてくれてよかった。
そう思ってしまった自分が間違いなのか。
そんな目に遭わされるくらいなら、いっそ死んで仕舞った方がマシだった、と言うべきなのか。
今、あの子がどれほどの絶望を抱えていても、それでも生きて、存在してくれている事実が嬉しい、と、そう思ってしまう自分が残酷なのか。
自分が刑の執行人としての役を負わずにすんだ事実を棚に上げて。
お前を、お前だけをただ一人、恨むべき対象として罪に問うべきなのか。
ああ、済まない。
済まない、ユリアティエル。
済まない・・・ノヴァイアス。
それでも私は、あの子が生きていてくれた事が嬉しいのだ。
その時だった。
何者かが地下牢に足を踏み入れた。
その足音は迷わず最奥へと進んでくる。
だが、ジークヴァインも、そしてノヴァイアスにも驚いた様子はない。
「・・・そろそろ出て来る頃だと思っていた」
そう言いながら、ノヴァイアスはゆっくりと後ろを振り返る。
「アデルハイデン卿に食事を運んでいたのはお前だろう? ・・・サルトゥリアヌス」
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