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秘めたる決意
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ノヴァイアスが去った後、一人私室に残ったカルセイランは、先ほどまでの会話を思い返しながらこの後の行動について考えていた。
彼の手元に残されたのは、手帳とノヴァイアスが彼に見せた一枚の紙。
それはカルセイランの術を解くためにノヴァイアスが用いた解呪の紋様が描かれた紙だった。
---こんな紙切れ一枚、破り捨てられたら終わりなのですから---
その通りだ。
ヴァルハリラが毎日のようにかけ直すという術を防ぐには、この紙一枚に頼るのは心許なさすぎる。
何とかして自分の心を守らねば。
・・・何とかして。
下げていた首飾りを胸元から取り出す。
掌に乗せたそれが何故あんなにも愛おしかったのか、その理由が分かった今、却って悲しみは増すばかりだった。
君は、その身を売らざるを得なかったのだな。
私を愛したが故に。私が君を愛したが故に。
生涯をかけて守ると誓った愛しい人は、自身の記憶が沈んでいた間に、こんなにも遠くに連れ去られてしまった。
分かっている。
ノヴァイアスが行動を起こさなければ、今頃ユリアティエルはこの世にいなかったのだろう。
あの女、ヴァルハリラにとことん追い詰められて、嬲り殺されていたのだろう。
分かっている。
分かってはいる。
だが、それでも。
それでもなお湧き上がってくるこの怒りは、この絶望は、どこに向ければいいのだろう。
カルセイランは机の引き出しから小刀を取り出し、暫くの間その輝く刃を黙って眺めていた・・・が。
柄を持ち変え、徐に自分の腕に突き立てた。
「くっ・・・!」
走る痛みを堪え、小刀を横に動かしていく。
慎重に、慎重に。
これで効果があるかどうかを、今のうちに確かめねば。
この紙を誰かが見つけてしまわないうちに。
傷が深すぎて腕が動かなくなっては本末転倒。
だが、あまりに浅すぎては跡が残らない。
小刀が自身の身体に刻んでいく傷を見つめながら、カルセイランは痛みを堪えつつ、柄を握りしめる手に力を籠める。
これしきの痛み。
ユリアティエルが味わった苦悩に比べれば何でもない。
もう二度とあの女の術に落ちて堪るものか。
もう二度とユリアティエルを忘れて堪るものか。
小刀が、カルセイランの腕をゆっくりと刻んでいく。
その夜、遅くまでカルセイランの私室の灯りはともっていた。
カルセイランの私室を出たノヴァイアスは、隠し通路を使って地下牢に近い廊下へと現れた。
深夜をまわり、人気はない。
地下牢入り口に警備の者がいたとしても、恐らくは一人か二人が配置されているだけだろう。
そう予想していた。
だが驚いたことに警備は一人も配置されてはいなかった。
よく考えれば、それも道理。
この地下牢は、王族に仇なす者たちを留め置く特別な牢獄。
窃盗や殺人などの通常の犯罪者とは別の場所に設けられている。
国全体が術中にある中、王族への敵意を示す者などいる筈がないのだ。
・・・普通ならば。
つまり、ここにいるのはヴァルハリラの意に沿わない人物だけとなる。
そしてそれは今やただ一人。
ノヴァイアスは中へと進む。
ゆっくりと歩を進めていく。
牢の一つ一つを確かめながら。
やがて一つの檻の前で、ぴたりと足を止めた。
それに気づいたのだろうか、中の男性が微かに視線を上げる。
整った美しい顔は疲労と焦燥の色が濃く、髭はだらしなく伸びている。
だが、その眼から生気は消えておらず、怒りで爛々と燃えていた。
「私を覚えてらっしゃいますか。アデルハイデン卿」
ノヴァイアスの姿に、その呼びかけに、微かに目を瞠る。
だが、疑いの眼差しを向けるだけで口を開こうとはしない。
ガゼルハイノン王国筆頭公爵、ジークヴァイン・アデルハイデンその人は、地下牢の最奥に留め置かれていた。
彼の手元に残されたのは、手帳とノヴァイアスが彼に見せた一枚の紙。
それはカルセイランの術を解くためにノヴァイアスが用いた解呪の紋様が描かれた紙だった。
---こんな紙切れ一枚、破り捨てられたら終わりなのですから---
その通りだ。
ヴァルハリラが毎日のようにかけ直すという術を防ぐには、この紙一枚に頼るのは心許なさすぎる。
何とかして自分の心を守らねば。
・・・何とかして。
下げていた首飾りを胸元から取り出す。
掌に乗せたそれが何故あんなにも愛おしかったのか、その理由が分かった今、却って悲しみは増すばかりだった。
君は、その身を売らざるを得なかったのだな。
私を愛したが故に。私が君を愛したが故に。
生涯をかけて守ると誓った愛しい人は、自身の記憶が沈んでいた間に、こんなにも遠くに連れ去られてしまった。
分かっている。
ノヴァイアスが行動を起こさなければ、今頃ユリアティエルはこの世にいなかったのだろう。
あの女、ヴァルハリラにとことん追い詰められて、嬲り殺されていたのだろう。
分かっている。
分かってはいる。
だが、それでも。
それでもなお湧き上がってくるこの怒りは、この絶望は、どこに向ければいいのだろう。
カルセイランは机の引き出しから小刀を取り出し、暫くの間その輝く刃を黙って眺めていた・・・が。
柄を持ち変え、徐に自分の腕に突き立てた。
「くっ・・・!」
走る痛みを堪え、小刀を横に動かしていく。
慎重に、慎重に。
これで効果があるかどうかを、今のうちに確かめねば。
この紙を誰かが見つけてしまわないうちに。
傷が深すぎて腕が動かなくなっては本末転倒。
だが、あまりに浅すぎては跡が残らない。
小刀が自身の身体に刻んでいく傷を見つめながら、カルセイランは痛みを堪えつつ、柄を握りしめる手に力を籠める。
これしきの痛み。
ユリアティエルが味わった苦悩に比べれば何でもない。
もう二度とあの女の術に落ちて堪るものか。
もう二度とユリアティエルを忘れて堪るものか。
小刀が、カルセイランの腕をゆっくりと刻んでいく。
その夜、遅くまでカルセイランの私室の灯りはともっていた。
カルセイランの私室を出たノヴァイアスは、隠し通路を使って地下牢に近い廊下へと現れた。
深夜をまわり、人気はない。
地下牢入り口に警備の者がいたとしても、恐らくは一人か二人が配置されているだけだろう。
そう予想していた。
だが驚いたことに警備は一人も配置されてはいなかった。
よく考えれば、それも道理。
この地下牢は、王族に仇なす者たちを留め置く特別な牢獄。
窃盗や殺人などの通常の犯罪者とは別の場所に設けられている。
国全体が術中にある中、王族への敵意を示す者などいる筈がないのだ。
・・・普通ならば。
つまり、ここにいるのはヴァルハリラの意に沿わない人物だけとなる。
そしてそれは今やただ一人。
ノヴァイアスは中へと進む。
ゆっくりと歩を進めていく。
牢の一つ一つを確かめながら。
やがて一つの檻の前で、ぴたりと足を止めた。
それに気づいたのだろうか、中の男性が微かに視線を上げる。
整った美しい顔は疲労と焦燥の色が濃く、髭はだらしなく伸びている。
だが、その眼から生気は消えておらず、怒りで爛々と燃えていた。
「私を覚えてらっしゃいますか。アデルハイデン卿」
ノヴァイアスの姿に、その呼びかけに、微かに目を瞠る。
だが、疑いの眼差しを向けるだけで口を開こうとはしない。
ガゼルハイノン王国筆頭公爵、ジークヴァイン・アデルハイデンその人は、地下牢の最奥に留め置かれていた。
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