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悪の光明
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痛ぇ。
血が止まらねぇ。
くそ、目まで霞んできやがった。
・・・ここ、で、終わり、な、のか・・・。
シャイラックの意識は深い闇の底へと沈んでいった。
体が上下に規則的に揺れる、そんな振動を感じて、薄らと目を開けた。
あれ、俺、ここで何してんだ?
ぼんやりした頭でそんな事を考える。
だらりと下がった腕に視線を遣れば、その両腕の途中から先は、不自然な箇所で失くなっている。
そしてその無様な腕の先は、布がぐるぐると巻かれ、キツく縛られていて。
その布は、血で真っ赤に染まっていた。
意識がはっきりしてくるにつれ、切られた両腕の痛みと疼きはより鮮明になっていく。
・・・なんで俺の両腕の先がねぇんだっけ。
てか、ここ何処だ?
そしてここに来て漸く、さっきからずっとこの体に響いている一定の振動の正体に気付いた。
男がシャイラックを肩に担いで歩いているのだ。
「・・・起きたか」
ぼそり、と、少し金属音の混じったような耳障りの悪い声が男から発せられる。
なんだ、コイツか。
揺れる視界いっぱいに、破れて血で汚れた背中が広がっている。
だが、その聞き慣れた声で、いつも処理の際に自分が重用している傭兵の一人だと気付いた。
そして、意識を失う前の出来事も。
そっか、突然現れた知らない男に、腕、切られたんだっけ。
「・・・ドルトン。お前、無事だったのか」
「まぁな。どう見ても数で敵いそうにもなかったからよ、とっとと離脱したんだよ。そしたらお前が両手から血を噴き出しながら地面に転がってるじゃねぇか」
「相変わらず立ち回りが上手いな。ま、今回はそれで助かった。ところで何処に向かってんだ?」
「お前の家。連れてきゃ金が貰えるかと思ってさ」
体力バカのこの男、傭兵ドルトン。
シャイラックが意識を失っている間、時間にしておよそ一日と半、途中で薬草などを集めて怪我の処置をしながらシャイラックの家へと歩き続けていたようだ。
「あと、どんぐらいで着く?」
「んー、そうだな。二日? 途中で馬でも盗めりゃ半日ってとこかな」
ずっと歩き詰めであるにもかかわらず、ドルトンの足取りの力強さは変わらない。
「ありがとよ、礼ははずませて貰うぜ」
どうやら、まだ運は尽きてねぇみたいだな。
シャイラックの口元が、安堵でにやりと緩んだ。
「・・・なんだよ、これ・・・っ!」
その後、結局、人家から馬を盗んですっ飛ばして帰ってきたのだが、シャイラックは目の前の光景に青ざめていた。
「一体、どうなってんだ・・・?」
呆けた声でドルトンも呟く。
いつもであれば見世物用の檻に詰め込まれた奴隷たちがいて。
親父とおふくろが、言うこと聞けって商品を怒鳴りつけてて。
たくさんの使用人、欲の皮の突っ張った客、見物だけの冷やかし客。
それはそれは賑やかなのに。
「・・・なんで誰もいないんだ・・・?」
家の中は人気がなく、奴隷も使用人の姿も見当たらない。
親父は、おふくろは?
俺を置いてどこかに行く筈なんかない。
嫌な予感がして、家の中へと入っていく。
ドルトンが黙って俺の後ろをついてきた。
檻の入り口はすべて開け放たれていて、やっぱりここにも奴隷はいない。
あれだけいた使用人も一人もいなくなっていた。
そして。
「おい、シャイラック」
先に奥の部屋に入っていったドルトンが声を上げる。
「お前の親父とおふくろさんが---」
音が抜ける、色が消える。
・・・嘘だろ。
なんで、なんで、なんで。
俺たちは、そっち側の人間じゃない。
そうだ、俺たちはいつだって、殺す方の人間だった。
間違っても、殺される側の人間じゃなかった筈なのに。
俺は足元に転がる死体を見て、ぐっと歯を噛み締めた。
・・・許さない。
俺はこんな世界を認めない。絶対に。
血が止まらねぇ。
くそ、目まで霞んできやがった。
・・・ここ、で、終わり、な、のか・・・。
シャイラックの意識は深い闇の底へと沈んでいった。
体が上下に規則的に揺れる、そんな振動を感じて、薄らと目を開けた。
あれ、俺、ここで何してんだ?
ぼんやりした頭でそんな事を考える。
だらりと下がった腕に視線を遣れば、その両腕の途中から先は、不自然な箇所で失くなっている。
そしてその無様な腕の先は、布がぐるぐると巻かれ、キツく縛られていて。
その布は、血で真っ赤に染まっていた。
意識がはっきりしてくるにつれ、切られた両腕の痛みと疼きはより鮮明になっていく。
・・・なんで俺の両腕の先がねぇんだっけ。
てか、ここ何処だ?
そしてここに来て漸く、さっきからずっとこの体に響いている一定の振動の正体に気付いた。
男がシャイラックを肩に担いで歩いているのだ。
「・・・起きたか」
ぼそり、と、少し金属音の混じったような耳障りの悪い声が男から発せられる。
なんだ、コイツか。
揺れる視界いっぱいに、破れて血で汚れた背中が広がっている。
だが、その聞き慣れた声で、いつも処理の際に自分が重用している傭兵の一人だと気付いた。
そして、意識を失う前の出来事も。
そっか、突然現れた知らない男に、腕、切られたんだっけ。
「・・・ドルトン。お前、無事だったのか」
「まぁな。どう見ても数で敵いそうにもなかったからよ、とっとと離脱したんだよ。そしたらお前が両手から血を噴き出しながら地面に転がってるじゃねぇか」
「相変わらず立ち回りが上手いな。ま、今回はそれで助かった。ところで何処に向かってんだ?」
「お前の家。連れてきゃ金が貰えるかと思ってさ」
体力バカのこの男、傭兵ドルトン。
シャイラックが意識を失っている間、時間にしておよそ一日と半、途中で薬草などを集めて怪我の処置をしながらシャイラックの家へと歩き続けていたようだ。
「あと、どんぐらいで着く?」
「んー、そうだな。二日? 途中で馬でも盗めりゃ半日ってとこかな」
ずっと歩き詰めであるにもかかわらず、ドルトンの足取りの力強さは変わらない。
「ありがとよ、礼ははずませて貰うぜ」
どうやら、まだ運は尽きてねぇみたいだな。
シャイラックの口元が、安堵でにやりと緩んだ。
「・・・なんだよ、これ・・・っ!」
その後、結局、人家から馬を盗んですっ飛ばして帰ってきたのだが、シャイラックは目の前の光景に青ざめていた。
「一体、どうなってんだ・・・?」
呆けた声でドルトンも呟く。
いつもであれば見世物用の檻に詰め込まれた奴隷たちがいて。
親父とおふくろが、言うこと聞けって商品を怒鳴りつけてて。
たくさんの使用人、欲の皮の突っ張った客、見物だけの冷やかし客。
それはそれは賑やかなのに。
「・・・なんで誰もいないんだ・・・?」
家の中は人気がなく、奴隷も使用人の姿も見当たらない。
親父は、おふくろは?
俺を置いてどこかに行く筈なんかない。
嫌な予感がして、家の中へと入っていく。
ドルトンが黙って俺の後ろをついてきた。
檻の入り口はすべて開け放たれていて、やっぱりここにも奴隷はいない。
あれだけいた使用人も一人もいなくなっていた。
そして。
「おい、シャイラック」
先に奥の部屋に入っていったドルトンが声を上げる。
「お前の親父とおふくろさんが---」
音が抜ける、色が消える。
・・・嘘だろ。
なんで、なんで、なんで。
俺たちは、そっち側の人間じゃない。
そうだ、俺たちはいつだって、殺す方の人間だった。
間違っても、殺される側の人間じゃなかった筈なのに。
俺は足元に転がる死体を見て、ぐっと歯を噛み締めた。
・・・許さない。
俺はこんな世界を認めない。絶対に。
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