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鞭傷
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「その目つきを何とかしろって言っただろっ!」
怒声と同時に、ぱあんと乾いた音が辺りに響いた。
まだ幼さの残る少女は、打たれた片頬を赤く腫らしながらも、ぐっと相手を睨みつける。
「本当に生意気。・・・お前にはまだまだ躾が足らないようだねぇ」
体格の良い中年の女は、苛立たしげに呟いた。
それから、女は檻の向こう側で番をしていた使用人の男に目配せをすると、心得たように男はすっと鞭を差し出した。
女はそれを手に取ると、もう片方の手に軽くそれを打ち付けて大きく音を鳴らしながら少女に近づいて行く。
「お前みたいな糞ガキには、これをたっぷりとくれてやるよ。少しは大人しくなってくれるといいんだがねぇ」
女の目に残虐の光が宿るのを見てその少女は一瞬、怯む様子を見せた。
だがしかし、拳を握りしめ、微かに震えながらも辛うじて女主人を睨み返す。
「ここに来たら、皆すぐに大人しくなるっていうのに、お前はいつになったらその反抗的な態度が改まるんだろうね?」
そう言い放つと同時に鞭が飛ぶ。
鞭が当たる音に遅れることほんの数秒、少女は腕を押さえて蹲った。
「その生意気な態度のせいで、お前はいつまで経っても買い手がつかないじゃないか! 雑用を少し手伝うくらいじゃ元が取れないんだよ! この役立たずが!」
大声で罵りながら、鞭を振り続ける。
少女は両腕で頭を覆うけれども、それで躱せる筈もなく、見る間に全身の皮膚が裂け、そこから血が滲み出していく。
「何とか言いなってんだ、この・・・!」
「そこまでにしとけ」
その声に、鞭を振り上げた腕がぴたりと止まる。
「ちょっとは加減しろよ、ハイデ。やり過ぎると使い物にならなくなるだろ」
「・・・だけどさ、どうせこいつは碌な仕事も出来やしないんだよ?」
「いや、それがな」
声の主は、にたりと笑った。
「こいつにやらせるのに丁度いい仕事が出来たんだ。・・・おい、お前。ちょっと来い」
「・・・」
全身に出来た裂傷などまるで見えていないかのような涼しい顔で、男は少女の腕を乱暴に引っ張り上げる。
痛みで顔を歪めるが、それでも少女は何も言わない。
ただ爛々と目を滾らせているだけだ。
「こいつに出来るような仕事なんてあったかい?」
不思議そうに問いかけるハイデに、夫は上機嫌で頷いた。
「もの凄い上玉が入ったんだよ。上手いこと値を釣り上げりゃ、相当な金が手に入る」
「上玉?」
「ああ、貴族や金持ち商人らが、ほいほい喜んで大金を払いそうな、とんでもない美人だ」
「へぇ・・・」
機嫌のいい旦那に対し、ハイデの眼は怪しく光る。
「・・・シェケム。あんた、まさかもう味見したのかい?」
妻の言葉に、シェケムはぶっと吹き出した。
「バーカ、する訳ねぇだろ。その女は処女だぞ? ここで手を出したら価値が下がって大損しちまうじゃないか」
「ああ、成程ね。そういうこと。・・・ふうん、そりゃあ高く売れそうだねえ」
嬉しそうに笑う妻に釣られ、シェケムも下卑た笑い声を漏らす。
「そうさ。質が落ちないように、こいつにしっかりと身の回りの世話をさせる。買おうとする客はすぐに見つかるだろうが、ここはぐっと堪えて複数の客が揃うまで待つぞ」
「じゃあ・・・」
「ああ、集めた上客の前で競りにかける」
二人の後ろを黙ってついていく少女は全身が血だらけで、あちこち避けた皮膚が痛々しい。
だが、そんな少女の姿など目に入らないかのように、シェケムとハイデは楽しそうに金の算段で盛り上がっている。
そんな主人夫婦を後ろから見つめる少女は、お金の事しか頭にないこの二人がこれほど騒ぎたてるなんて、どれほどの商品が入ったんだろう、などとぼんやり考えていた。
怒声と同時に、ぱあんと乾いた音が辺りに響いた。
まだ幼さの残る少女は、打たれた片頬を赤く腫らしながらも、ぐっと相手を睨みつける。
「本当に生意気。・・・お前にはまだまだ躾が足らないようだねぇ」
体格の良い中年の女は、苛立たしげに呟いた。
それから、女は檻の向こう側で番をしていた使用人の男に目配せをすると、心得たように男はすっと鞭を差し出した。
女はそれを手に取ると、もう片方の手に軽くそれを打ち付けて大きく音を鳴らしながら少女に近づいて行く。
「お前みたいな糞ガキには、これをたっぷりとくれてやるよ。少しは大人しくなってくれるといいんだがねぇ」
女の目に残虐の光が宿るのを見てその少女は一瞬、怯む様子を見せた。
だがしかし、拳を握りしめ、微かに震えながらも辛うじて女主人を睨み返す。
「ここに来たら、皆すぐに大人しくなるっていうのに、お前はいつになったらその反抗的な態度が改まるんだろうね?」
そう言い放つと同時に鞭が飛ぶ。
鞭が当たる音に遅れることほんの数秒、少女は腕を押さえて蹲った。
「その生意気な態度のせいで、お前はいつまで経っても買い手がつかないじゃないか! 雑用を少し手伝うくらいじゃ元が取れないんだよ! この役立たずが!」
大声で罵りながら、鞭を振り続ける。
少女は両腕で頭を覆うけれども、それで躱せる筈もなく、見る間に全身の皮膚が裂け、そこから血が滲み出していく。
「何とか言いなってんだ、この・・・!」
「そこまでにしとけ」
その声に、鞭を振り上げた腕がぴたりと止まる。
「ちょっとは加減しろよ、ハイデ。やり過ぎると使い物にならなくなるだろ」
「・・・だけどさ、どうせこいつは碌な仕事も出来やしないんだよ?」
「いや、それがな」
声の主は、にたりと笑った。
「こいつにやらせるのに丁度いい仕事が出来たんだ。・・・おい、お前。ちょっと来い」
「・・・」
全身に出来た裂傷などまるで見えていないかのような涼しい顔で、男は少女の腕を乱暴に引っ張り上げる。
痛みで顔を歪めるが、それでも少女は何も言わない。
ただ爛々と目を滾らせているだけだ。
「こいつに出来るような仕事なんてあったかい?」
不思議そうに問いかけるハイデに、夫は上機嫌で頷いた。
「もの凄い上玉が入ったんだよ。上手いこと値を釣り上げりゃ、相当な金が手に入る」
「上玉?」
「ああ、貴族や金持ち商人らが、ほいほい喜んで大金を払いそうな、とんでもない美人だ」
「へぇ・・・」
機嫌のいい旦那に対し、ハイデの眼は怪しく光る。
「・・・シェケム。あんた、まさかもう味見したのかい?」
妻の言葉に、シェケムはぶっと吹き出した。
「バーカ、する訳ねぇだろ。その女は処女だぞ? ここで手を出したら価値が下がって大損しちまうじゃないか」
「ああ、成程ね。そういうこと。・・・ふうん、そりゃあ高く売れそうだねえ」
嬉しそうに笑う妻に釣られ、シェケムも下卑た笑い声を漏らす。
「そうさ。質が落ちないように、こいつにしっかりと身の回りの世話をさせる。買おうとする客はすぐに見つかるだろうが、ここはぐっと堪えて複数の客が揃うまで待つぞ」
「じゃあ・・・」
「ああ、集めた上客の前で競りにかける」
二人の後ろを黙ってついていく少女は全身が血だらけで、あちこち避けた皮膚が痛々しい。
だが、そんな少女の姿など目に入らないかのように、シェケムとハイデは楽しそうに金の算段で盛り上がっている。
そんな主人夫婦を後ろから見つめる少女は、お金の事しか頭にないこの二人がこれほど騒ぎたてるなんて、どれほどの商品が入ったんだろう、などとぼんやり考えていた。
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