上 下
26 / 183

鞭傷

しおりを挟む
「その目つきを何とかしろって言っただろっ!」

怒声と同時に、ぱあんと乾いた音が辺りに響いた。

まだ幼さの残る少女は、打たれた片頬を赤く腫らしながらも、ぐっと相手を睨みつける。

「本当に生意気。・・・お前にはまだまだ躾が足らないようだねぇ」

体格の良い中年の女は、苛立たしげに呟いた。
それから、女は檻の向こう側で番をしていた使用人の男に目配せをすると、心得たように男はすっと鞭を差し出した。

女はそれを手に取ると、もう片方の手に軽くそれを打ち付けて大きく音を鳴らしながら少女に近づいて行く。

「お前みたいな糞ガキには、これをたっぷりとくれてやるよ。少しは大人しくなってくれるといいんだがねぇ」

女の目に残虐の光が宿るのを見てその少女は一瞬、怯む様子を見せた。
だがしかし、拳を握りしめ、微かに震えながらも辛うじて女主人を睨み返す。

「ここに来たら、皆すぐに大人しくなるっていうのに、お前はいつになったらその反抗的な態度が改まるんだろうね?」

そう言い放つと同時に鞭が飛ぶ。

鞭が当たる音に遅れることほんの数秒、少女は腕を押さえて蹲った。

「その生意気な態度のせいで、お前はいつまで経っても買い手がつかないじゃないか! 雑用を少し手伝うくらいじゃ元が取れないんだよ! この役立たずが!」

大声で罵りながら、鞭を振り続ける。

少女は両腕で頭を覆うけれども、それで躱せる筈もなく、見る間に全身の皮膚が裂け、そこから血が滲み出していく。

「何とか言いなってんだ、この・・・!」
「そこまでにしとけ」

その声に、鞭を振り上げた腕がぴたりと止まる。

「ちょっとは加減しろよ、ハイデ。やり過ぎると使い物にならなくなるだろ」
「・・・だけどさ、どうせこいつは碌な仕事も出来やしないんだよ?」
「いや、それがな」

声の主は、にたりと笑った。

「こいつにやらせるのに丁度いい仕事が出来たんだ。・・・おい、お前。ちょっと来い」
「・・・」

全身に出来た裂傷などまるで見えていないかのような涼しい顔で、男は少女の腕を乱暴に引っ張り上げる。

痛みで顔を歪めるが、それでも少女は何も言わない。

ただ爛々と目を滾らせているだけだ。

「こいつに出来るような仕事なんてあったかい?」

不思議そうに問いかけるハイデに、夫は上機嫌で頷いた。

「もの凄い上玉が入ったんだよ。上手いこと値を釣り上げりゃ、相当な金が手に入る」
「上玉?」
「ああ、貴族や金持ち商人らが、ほいほい喜んで大金を払いそうな、とんでもない美人だ」
「へぇ・・・」

機嫌のいい旦那に対し、ハイデの眼は怪しく光る。

「・・・シェケム。あんた、まさかもうしたのかい?」

妻の言葉に、シェケムはぶっと吹き出した。

「バーカ、する訳ねぇだろ。その女は処女だぞ? ここで手を出したら価値が下がって大損しちまうじゃないか」
「ああ、成程ね。そういうこと。・・・ふうん、そりゃあ高く売れそうだねえ」

嬉しそうに笑う妻に釣られ、シェケムも下卑た笑い声を漏らす。

「そうさ。質が落ちないように、こいつにしっかりと身の回りの世話をさせる。買おうとする客はすぐに見つかるだろうが、ここはぐっと堪えて複数の客が揃うまで待つぞ」
「じゃあ・・・」
「ああ、集めた上客の前で競りにかける」

二人の後ろを黙ってついていく少女は全身が血だらけで、あちこち避けた皮膚が痛々しい。
だが、そんな少女の姿など目に入らないかのように、シェケムとハイデは楽しそうに金の算段で盛り上がっている。

そんな主人夫婦を後ろから見つめる少女は、お金の事しか頭にないこの二人がこれほど騒ぎたてるなんて、どれほどのが入ったんだろう、などとぼんやり考えていた。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

私は私を大切にしてくれる人と一緒にいたいのです。

火野村志紀
恋愛
花の女神の神官アンリエッタは嵐の神の神官であるセレスタンと結婚するが、三年経っても子宝に恵まれなかった。 そのせいで義母にいびられていたが、セレスタンへの愛を貫こうとしていた。だがセレスタンの不在中についに逃げ出す。 式典のために神殿に泊まり込んでいたセレスタンが全てを知ったのは、家に帰って来てから。 愛らしい笑顔で出迎えてくれるはずの妻がいないと落ち込むセレスタンに、彼の両親は雨の女神の神官を新たな嫁にと薦めるが……

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...