上 下
12 / 183

期待

しおりを挟む
私はなんて愚かだったのかしら。

一瞬だけ、期待してしまった。

宿に泊まった時、見張りを置かれたとはいえ、ノヴァイアスは部屋を別に取ってくれたから。
以前と変わらぬ態度のままで、ユリアティエルに触れようともしなかったから。

もしかして。
もしかして、彼はカルセイランの部下として本当に私を迎えに来てくれたのかも、なんて思ってしまった。

そんな筈はないと、わかっていたのに。

愚かな私は見たい夢を見ようとしていた。


そして今。
ノヴァイアスの言う『隠れ家』の一室で、私は彼にベッドの上で組み敷かれていた。

「・・・怯えた顔も美しいですね」

上から見下ろしながら恍惚とした表情で、彼はそんな言葉を呟いた。

「ああ、カルセイラン殿下に操を守る必要はありませんよ。あの方には新しい婚約者が決まっていますから」

その言葉に思わず息を呑むと、ノヴァイアスは嬉しそうに微笑んだ。

「あの方も随分と粘られました。何度も術を破られてしまって・・・魔力も持たないというのに、あそこまで抵抗出来るものなのですね。感心しました」

改めてそう告げられて初めて、どこかでノヴァイアスを信じたいと思っていた自分に気づいた。

幼い頃から、ノヴァイアスはカルセイランの隣にいた。
影のようにいつもぴったりとカルセイランに寄り添い、支えていた。

そんな人が、カルセイランが一番の信頼を寄せていた男が、今、ユリアティエルの唇に自分のそれをゆっくりと重ねる。

思わず頬を打とうとして手を上げれば、即座に両手を捕まれ、捻り上げられる。

顔を逸らそうとしても、手でがっちりと顎を抑えられて動かすことが出来ない。

何度も角度を変えて唇を重ねられ、動揺と羞恥で気が遠くなりかけて、意を決して彼の唇に噛みついた。

「・・・っ!」

ユリアティエルからゆっくりと顔を離したノヴァイアスの唇からは、薄く血が滲み出て。

「・・・優しくされるのはお好みではないのでしょうか」

血を指で拭いながら薄い笑みを浮かべる彼の言葉に、ユリアティエルの背はぞくりと粟立つ。

「お願い・・・します。もう、止めてくださいませ・・・」

涙で視界が滲む。
恐怖で声が震える。

なのにノヴァイアスは、そんなユリアティエルを見てもただ目を細めるだけだ。

胸元のリボンをしゅるりと解き、襟元を広げる。
胸元を留めていたボタンを外し、肌を露わにしていく。

「ああ、思っていた通りですね。真っ白できめ細やかで、まるで陶器のように美しい肌だ」

記憶にある彼となんら変わらない穏やかな表情のまま、ノヴァイアスは衣服を剥ぎ取っていく。

「ノヴァイアスさま・・・お願いです。どうかこれ以上は・・・お止めくださいませ・・・」

置かれた状況に理解が追いつかず、これは現実なのかと疑問すら湧く。
なのにユリアティエルに触れるノヴァイアスの掌は熱く、悪夢であってほしいという願いも打ち砕かれる。

「泣いても叫んでも無駄ですよ。殿下は貴女が私とこうしてここにいることをご存知ありませんし、そもそも貴女のことをもう何とも思っておられない。じきに今の婚約者との正式な結婚の日取りも決まることでしょう」

ユリアティエルの頬を優しく撫でながら、ノヴァイアスは残酷な現実を耳元で囁いた。

「ユリアティエルさま。ノヴァイアスは貴女をずっとお慕いしておりました。まだ殿下の婚約者候補でもなかった幼い頃から、私は貴女ひとりをずっと見つめていたのです」

ノヴァイアスの手が、ユリアティエルの柔らかな丸みへと伸ばされる。

ユリアティエルはただ涙を流し、ノヴァイアスから顔を背けた。

そんな様子すら嬉しく思うのだろうか、ノヴァイアスの口元から妖しい笑みが溢れる。

そして、これ以上抵抗できないようユリアティエルの両手を頭の上で拘束すると、両手でやわやわとふくらみを揉みしだいた。

「貴女は私のものだ」

そう呟くと、ノヴァイアスは唇をユリアティエルの身体の上に這わせていく。

もう彼女には口をきく余裕もない。
出来ることと言えば、ぎゅっと目を瞑り、時間が過ぎゆくのをただ待つことだけだった。

しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。 いつもの日常の、些細な出来事。 仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。 だがその後、二人の関係は一変してしまう。 辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。 記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。 二人の未来は? ※全15話 ※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。 (全話投稿完了後、開ける予定です) ※1/29 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

処理中です...