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最後の日に生まれた子どもの話

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「テオ先生っ! すみません、急いで家に来てくださいっ!」


焦った顔の男がテオの診療所に飛び込んで来たのは、世界最後の日になった明け方の頃だった。


「リクソンさん? どうしたんだい?」


玄関の扉を開けたテオは、寝着の上に白衣を被っただけの姿でそう尋ねた。


「うちのヤツが・・・リタが、産気づいたんだ。頼む、来てくれ・・・っ!」


その言葉に、テオは眉を顰める。


医学全般を修めてはいるが、出産は基本的に助産婦が付くのが伝統的だ。

よって今までテオが出産を手助けしたことは、ほとんどない。


「ジョナリーさんはどうしたんだい? まさか断られたのか?」


嫌な予感がして、この辺りを担当している助産婦の名前を言う。

だがリクソンは、悲しげに首を横に振った。


「ジョナリーさんは、遠くに住む息子夫婦のところに行っちまったんだ」

「そんな」


聞いたことが信じられなかった。


経験豊かな助産婦のジョナリーは、穏やかでしっかり者、そして責任感が非常に強い人だ。

たとえこの世界が終わる寸前だとしても、己の役目を放棄するような人物には見えない。


「どうして」


子ども好きで、命の重さを知っている人なのに。


「・・・どうやら一昨日に手助けした出産で、産まれてきた子がその場で父親に殺されちまったらしいんだ。どうせ長くは生きられないって言って・・・ジョナリーさんはそれがショックだったみたいで、これ以上仕事は出来ないって、それで」


その話を聞いて、テオは青ざめた。


「・・・分かった。すぐに支度するから待っててくれ」


そう言って振り返ると、そこには既にテオの妻レベッカの姿があった。


テオとレベッカは視線を交わすと頷き合う。


出産は命懸けだ。


リクソンの妻リタは経産婦だが、だからと言って安心だと楽観出来ない。

万が一のことを考えると医療の手助けができる人間は多い方がいい。


当然、レベッカも来てもらうとして、二日前から養女として共に暮らし始めたユミルをひとり家に置いていく訳にはいかない。


そう考えたテオは、真っ直ぐにユミルのところへ行った。

医療器具が入った鞄はレベッカが持ち、テオは眠るユミルを毛布ごと抱き上げ、家を出る。


リタは何分かおきに訪れる陣痛に耐えていた。


レベッカが時計を使って陣痛が訪れる間隔を測る。4分ほどだ。


初産ではないからこの先も早いだろう。
それだけが救いか。


テオはそんなことを考えながら周囲に指示を出す。


ユミルをリクソンの子供たちが眠る部屋に運んだ後、テオとレベッカは心配そうに妻の手を握るリクソンの側に行った。


再び計測。
やはり進みが早い。既に間隔は3分を切った。


今回が4人目の出産となるリタも、苦しそうではあるが取り乱した様子はない。


「リタさん、頑張ってますね。偉いです。私たちもお手伝いしますから、一緒に元気な赤ちゃんを産みましょう」


額に汗を浮かべるリタは、テオからのそんな励ましの言葉に頷いた。




「はっ、ううう・・・っ」


陣痛が絶え間なく訪れるようになり、リタは痛みに体をよじる。



既に日は昇り、リクソンの子どもたちも、ユミルも起き出していた。


母が痛みに呻く声を扉越しに聞く子どもたちが不安がる中、レベッカはユミルに、子供たちの側にいてやって欲しいと頼み、その場を去る。


「出産は病気ではないの。でも命懸けの仕事なのよ。だからあなたたちも、ここでお母さんのことを応援してあげて」


そう言い残して。


リクソンとリタの3人の子どもたちは、まだ幼い。

一番の年長も、9歳とユミルより3つも年下だ。


泣きそうな子どもたちを、ユミルは必死で励ます。


親を突然失う恐怖を、ユミルは知っている。

目の前で涙を滲ませる3人の姿は、他人事ではなかった。


・・・やがて。



「おぎゃあぁぁぁ~」


「「「・・・っ!!!」」」


廊下で待つ子どもたちの耳に、赤ん坊の声が響いた。


時刻は午後の2時を回っていた。

世界の終わりまであと半日もない。


「お母さん、よく頑張りましたね」


へその緒の処置をし、赤ちゃんの体を拭いてから、レベッカはそっと赤子を母親の上半身に乗せた。


リタはぐったりとしながらも、嬉しそうに赤子に向かって微笑みかける。


「ああ、ようやく会えたわね。私の赤ちゃん・・・間に合ってよかった」


テオに呼ばれたリクソンが扉向こうから現れた。
涙で顔がぐちゃぐちゃだ。


「リ、リタ・・・ご苦労さん。ああ、可愛い赤ちゃんだなぁ。ありがとう、ありがとう。リタ」


リタの胸の上に置かれた赤ちゃんの頭をそうっと撫でながら、リクソンは何度も何度もありがとうと呟いた。


子どもたちも呼ばれ、恐る恐る母親のいる部屋に入って来た。


「ジョン、マルク、リン。ほら、お前たちの新しい家族だ」

「あなたたちの妹よ」


子どもたちは興味深々の顔で赤ちゃんを覗き込む。


「ちっちゃいな」

「しわしわだ」

「おてて、ちいさい」


ニコニコしながら、そっと新しい家族の頭を撫でる。

ユミルまで、涙を浮かべて赤ちゃんを見つめていた。


「出産おめでとうございます」


世界の終わりまであと半日もない今、この言葉が相応しいのかどうか、正直テオにも分からなかった。


だが、リタは言ったではないか。

間に合ってよかった、と。

だから今は。

今はただ、世界の終わりよりも何よりも、目の前に新しく生まれた命を素直に喜んでいたいと、そう思った。



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