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トーマとストナの話
しおりを挟む「・・・誰もいないね、トーマ」
「仕方ないよ。今は誰も仕事をする必要がない。こうして開けっ放しにしてくれてるだけでも感謝しないと」
「そうね」
トーマとストナは、神殿に来ていた。
普段であれば煩い程の喧騒で包まれる神殿の中庭だが、今は当然ながら誰もいない。
「祭壇は・・・こっちだったっけ」
「ああ。でもその前に着替えないと。せっかく衣装も持って来たんだから」
「じゃあ、この部屋を使おうかな。トーマは隣の部屋を使って」
衣装を手に振り返ってそう言えば、トーマは不服そうに口を尖らせた。
「なんだよ、別に気にしなくてもいいじゃないか。俺たちは夫婦になるんだぞ?」
夫婦。
その言葉に、ストナは初々しく頬を赤らめる。
「そ、そうだけど、でも。着替えてるところを見られるのは恥ずかしいの。それに・・・ドレス姿を見た時のトーマの顔を見るの、ずっと楽しみにしてたから・・・」
だから着替えは別々、と段々と尻つぼみになっていく口調が可愛らしく思えて、トーマは揶揄いすぎたかなと頭を掻く。
結局、二人は隣同士の部屋で着替えを済ませ、祭壇の間の入り口で待ち合わせをすることになった。
トーマとストナは恋人同士。
イスル王国の僻地にあるかなりの田舎の出身だ。
そこで二人は幼い頃から家族ぐるみで助け合い、支え合いながら生きてきた。
貧しいけれど働き者のトーマと明るくて料理好きなストナ。
二人が互いを単なる幼なじみ以上の存在として意識する様になるまでに、それほどの時間はかからなかった。
家族を楽させるために、王都に出稼ぎに来たのも二人一緒だった。
結婚の意思を固めた二人の前には、障壁となるような問題はほとんどなかった。
あるとするなら、ただ一つ。
お金がなくて、なかなか婚礼衣装を用意出来なかったことだろう。
どちらの家にも、まだお金も手もかかる弟妹たちがいた。
結婚する日にだけ着る美しく高価な衣装を用立てするくらいなら、次の日に家族が食べるための食料を買ってあげたい。
だから稼いだお金の大半を、田舎で田畑を耕しながら質素に暮らす家族へと送金していた。
トーマもストナも、それを当然だと思っていたから、なんの文句も言わなかった。
結局、トーマが余分に働いてコツコツとお金を貯めて綺麗な布を買い、それをストナが婚礼衣装に仕立て上げることにしたのだ。
やっと布が買える程のお金が貯まったのがひと月前。
それを夜遅くに少しずつ作業して衣装が出来上がったのが4日前だった。
トーマたちは、衣装の出来上がりの日を予測して、あらかじめ神殿の祭司に婚礼の儀式をお願いしていた。
それが明後日の予定だった。
だが、国王の発表によれば、その日にはもうこの世界は消えている事になる。
二人は、出来上がったばかりの衣装を抱えて絶望した。
未来があっという間に破滅に塗り替えられたのだ。
本当なら明後日は、田舎からそれぞれの家族を招待して式に参加してもらう予定で。
凝った美しいドレスではないとしても、手ずから縫い上げた思い入れのある衣装を身に纏い、愛する家族に祝福され、大好きな人の下に嫁ぐつもりだった。
テマン国王からの突然の発表で、その全てはもう叶わない願いなのだと思い知らされたけれど。
今、王都の様子は慌ただしくて、でもどこか諦めも垣間見えて。
泣き喚く人、嘆く人、達観する人、静かに引き篭もる人と様々だ。
共通するのは、皆が皆、今一番やりたいことをするのに精一杯だということ。
限られた時間の中で、それでもなるだけ多くの願いを叶えたいと足掻くしかなくて。
こうなってしまっては、とてもじゃないけど予定した通りの結婚式など望めなかった。
きっと、星が衝突するという発表を聞いた時点で、誰の頭からもトーマたちの結婚式のことなど綺麗さっぱり抜け落ちていた筈だ。
それはもう、仕方のない事だと割り切っている。
でも、それでも。
出来上がった衣装を目にすると残念で悲しくて仕方ない。
せめて、この衣装を着て式だけでもあげたい、そう思った二人が、こっそりと神殿に忍び込んだのが今から二十分ほど前のこと。
「トーマ。ど・・・かな?」
手ずから縫ったドレスを身に纏い、くるりと回ってみせる。
「・・・?」
なかなか返事が来ないから、再び視線をトーマに戻すと、何故か両手で顔を覆い、蹲っている。
「トーマ? 大丈夫? どうかした?」
「ん・・・いや、大丈夫。ちょっと・・・想像以上の破壊力だった、だけ」
「ふぅん?」
言われている意味が分からずストナは首を傾げるが、トーマはそれに構わず手を取って中に入った。
しん、と静まり返った祭壇の前まで進み、そこで跪く。
「・・・祭司さまがいらっしゃらないから、俺たちの誓いの言葉だけになるけど」
「十分よ。ちゃんと衣装が着られただけで嬉しいわ」
跪いた二人は、そっと手を握りあった。
学校にも行ったことがない二人だ。
このような場での形式や口上など、なに一つ分からない。
ただ二人の心にあるのは。
目の前の相手を大切にし、慈しみたいという願い。
たとえあと数日で全てが消え去るとしても、それでもせめて。
せめて互いの愛を伝えあいたかった。
厳かな空気の中、何を言うべきかの正解も分からず、トーマは口を開く。
「俺は・・・こいつを、ストナを一生大事にします。絶対に浮気なんかしません」
夫となる男性の述べたどことなくズレた宣誓に違和感を覚えることなく、妻となる女性もまた口を開く。
「わ、私も同じです。トーマを、トーマだけを一生愛して、大切にします。トーマは私の大事な人です」
拙く、無邪気な宣誓の言葉を述べ終えると、自然と二人の顔の距離が近くなり、そっと口づけを交わした。
唇が離れると、二人からは自然と笑みが溢れる。
「・・・ふふ。やっと出来たね。結婚式」
どうしてなのか、二人とも顔が真っ赤だ。
んんっ、と咳払いをしたトーマは、意を決したようにストナを見た。
「ああ・・・その、ストナ。さっきは言いそびれちゃったけど」
「なぁに?」
「えと、そのドレス・・・綺麗だよ。すごく似合ってる・・・」
目を逸らしたまま、耳まで赤くして口にしてくれた夫からのその言葉に、ストナはようやく式を挙げられた喜びを味わい、嬉しそうに微笑んだ。
だが、それが儚い喜びである事をストナは知っている。
「あ~あ。本当は、私がおばあちゃんになるまでトーマと一緒にいられると思ってたのになぁ・・・」
その気持ちはトーマにもよく分かる。
だから黙ってストナの手を握り締めた。
婚礼衣装を身につけたまま、二人は神殿の外に出る。
見上げれば、空には刻々と地上に迫ってくる大きな星。
トーマとストナの将来を押し潰す無情な星だ。
念願の結婚式を挙げられた二人は今、確かに幸せを感じている。
だがそれはあと少しで終わってしまう、儚く、脆い幸せだった。
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