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恋人としても結婚相手としても、きっと

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「最初はお前を懲らしめるつもりで船に乗せたのにな」


客が帰った後の応接室。
茶を啜りながら、セオドアはイアーゴに言った。


「俺は、根に持ってたんだ。前に言ったそうじゃないか。『セシリエは一番後回しにしていい女』だの『何もしなくてもセシリエは俺のものになる』だの。挙句、『恋人にしたい人と結婚したい人は別』だっけか? こいつ、絶対に痛い目見せてやるってさ」


セシリエ曰くの「名言」をつらつらと語られ、イアーゴは今さら小さく縮こまる。


今になってみると、何故あんなに馬鹿な言動を繰り返したのか、イアーゴは自分でもよく分からない。

婚約前、別にイアーゴは遊び人ではなかった。むしろ何にも興味を示さない、無気力で無関心な少年だった。言われるがままに動くだけの。

それが何故か、セシリエとの婚約が決まって急に、そう、父から『結婚するまではいい顔を見せておけ』と言われて急に。

何かに駆り立てられる様に女を求める様になった。

バカみたいな反抗期だったのか、父みたいになるのが怖くて愚かな行動に走ったのか、それとも何かのトラウマだったのか。

今となっては分からない。
だってイアーゴはもう、あの時の様な衝動を感じないから。

別に性衝動がなくなった訳ではない。ただ、あの時みたいに病的に女性を求める気持ちは、もうイアーゴの中からなくなった。


「船に乗せた初日だったっけか。お前、夕飯の肉を、あっという間に隣の奴に取られててさ。バカみたいに口を開けて驚くお前の顔を見たら、なんか笑っちゃって。まあ、普通にこのまま放っておいてもいいかって思ったんだよ」


貴族の坊ちゃんがいきなり船に乗せられただけで十分罰になってるかなって、とセオドアは続けた。


確かに体力的にはキツかった、けれど子爵家にいるよりずっと楽しかった―――そう言えば、セオドアは怒るだろうか、そう思ってイアーゴが口を開けずにいると、セオドアは「それに」と言葉を継いだ。


「セシも幸せになったしな」


その言葉に、イアーゴの胸が少しだけ苦しくなる。

セシリエ、かつてのイアーゴの婚約者。
やらかしがなければ、1年前にはイアーゴと結婚していた筈の。

イアーゴが何もしない婚約者でも、そう、手紙も贈り物もデートの誘いも、本当に何にもしなくても。

それでもセシリエは頑張って関係を築こうとしてくれた。
真面目で誠実で優しい少女だった。素敵な子だった。

今ならそれが分かるのに。



「だから、お前ももう罰とか気にしないで、ロイテに行っていいんだぞ。せっかくの誘いだろう、漸く会えた親戚なんだし」

「・・・いえ。今まで通り、セオドアさんの船で働きたいです」


漸く会えた伯父たちからは、子爵家と縁を切られたイアーゴを引き取りたいと言われた。
ありがたいとは思ったけれど、イアーゴは断った。


時々会う事は約束した。でも、今はここが一番、イアーゴは落ち着けるから。


「・・・でも」


イアーゴは口を開く。


「もうあと何年かしたら、伯父にお願いするかもしれません。俺が商人として一丁前になれる様にビシビシしごいてくださいって」


お願いするかもしれないし、しないかもしれない。

将来の事など分からない。
だって、ほんの数年前のイアーゴは思いもしなかった。

こんな風に、いつも自分の側に誰かがいる暮らしを送れる様になるなんて。






セシリエの結婚式は今日の午後に催された。

綺麗で、幸せそうな花嫁姿だったとセオドアは言った。

イアーゴは見に行かなかった。

見に行けなかった。


何もしなかった元婚約者なんて、顔を出すだけ迷惑だろうから。


でも、今ならイアーゴも分かるのだ。


セシリエならきっと―――


恋人としても、結婚相手としても、最高の人だったのだろうと。






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