21 / 22
恋人としても結婚相手としても、きっと
しおりを挟む「最初はお前を懲らしめるつもりで船に乗せたのにな」
客が帰った後の応接室。
茶を啜りながら、セオドアはイアーゴに言った。
「俺は、根に持ってたんだ。前に言ったそうじゃないか。『セシリエは一番後回しにしていい女』だの『何もしなくてもセシリエは俺のものになる』だの。挙句、『恋人にしたい人と結婚したい人は別』だっけか? こいつ、絶対に痛い目見せてやるってさ」
セシリエ曰くの「名言」をつらつらと語られ、イアーゴは今さら小さく縮こまる。
今になってみると、何故あんなに馬鹿な言動を繰り返したのか、イアーゴは自分でもよく分からない。
婚約前、別にイアーゴは遊び人ではなかった。むしろ何にも興味を示さない、無気力で無関心な少年だった。言われるがままに動くだけの。
それが何故か、セシリエとの婚約が決まって急に、そう、父から『結婚するまではいい顔を見せておけ』と言われて急に。
何かに駆り立てられる様に女を求める様になった。
バカみたいな反抗期だったのか、父みたいになるのが怖くて愚かな行動に走ったのか、それとも何かのトラウマだったのか。
今となっては分からない。
だってイアーゴはもう、あの時の様な衝動を感じないから。
別に性衝動がなくなった訳ではない。ただ、あの時みたいに病的に女性を求める気持ちは、もうイアーゴの中からなくなった。
「船に乗せた初日だったっけか。お前、夕飯の肉を、あっという間に隣の奴に取られててさ。バカみたいに口を開けて驚くお前の顔を見たら、なんか笑っちゃって。まあ、普通にこのまま放っておいてもいいかって思ったんだよ」
貴族の坊ちゃんがいきなり船に乗せられただけで十分罰になってるかなって、とセオドアは続けた。
確かに体力的にはキツかった、けれど子爵家にいるよりずっと楽しかった―――そう言えば、セオドアは怒るだろうか、そう思ってイアーゴが口を開けずにいると、セオドアは「それに」と言葉を継いだ。
「セシも幸せになったしな」
その言葉に、イアーゴの胸が少しだけ苦しくなる。
セシリエ、かつてのイアーゴの婚約者。
やらかしがなければ、1年前にはイアーゴと結婚していた筈の。
イアーゴが何もしない婚約者でも、そう、手紙も贈り物もデートの誘いも、本当に何にもしなくても。
それでもセシリエは頑張って関係を築こうとしてくれた。
真面目で誠実で優しい少女だった。素敵な子だった。
今ならそれが分かるのに。
「だから、お前ももう罰とか気にしないで、ロイテに行っていいんだぞ。せっかくの誘いだろう、漸く会えた親戚なんだし」
「・・・いえ。今まで通り、セオドアさんの船で働きたいです」
漸く会えた伯父たちからは、子爵家と縁を切られたイアーゴを引き取りたいと言われた。
ありがたいとは思ったけれど、イアーゴは断った。
時々会う事は約束した。でも、今はここが一番、イアーゴは落ち着けるから。
「・・・でも」
イアーゴは口を開く。
「もうあと何年かしたら、伯父にお願いするかもしれません。俺が商人として一丁前になれる様にビシビシしごいてくださいって」
お願いするかもしれないし、しないかもしれない。
将来の事など分からない。
だって、ほんの数年前のイアーゴは思いもしなかった。
こんな風に、いつも自分の側に誰かがいる暮らしを送れる様になるなんて。
セシリエの結婚式は今日の午後に催された。
綺麗で、幸せそうな花嫁姿だったとセオドアは言った。
イアーゴは見に行かなかった。
見に行けなかった。
何もしなかった元婚約者なんて、顔を出すだけ迷惑だろうから。
でも、今ならイアーゴも分かるのだ。
セシリエならきっと―――
恋人としても、結婚相手としても、最高の人だったのだろうと。
214
お気に入りに追加
3,440
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
(完)婚約解消からの愛は永遠に
青空一夏
恋愛
エリザベスは、火事で頬に火傷をおった。その為に、王太子から婚約解消をされる。
両親からも疎まれ妹からも蔑まれたエリザベスだが・・・・・・
5話プラスおまけで完結予定。
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
番(つがい)はいりません
にいるず
恋愛
私の世界には、番(つがい)という厄介なものがあります。私は番というものが大嫌いです。なぜなら私フェロメナ・パーソンズは、番が理由で婚約解消されたからです。私の母も私が幼い頃、番に父をとられ私たちは捨てられました。でもものすごく番を嫌っている私には、特殊な番の体質があったようです。もうかんべんしてください。静かに生きていきたいのですから。そう思っていたのに外見はキラキラの王子様、でも中身は口を開けば毒舌を吐くどうしようもない正真正銘の王太子様が私の周りをうろつき始めました。
本編、王太子視点、元婚約者視点と続きます。約3万字程度です。よろしくお願いします。
婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)
【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
(完)イケメン侯爵嫡男様は、妹と間違えて私に告白したらしいー婚約解消ですか?嬉しいです!
青空一夏
恋愛
私は学園でも女生徒に憧れられているアール・シュトン候爵嫡男様に告白されました。
図書館でいきなり『愛している』と言われた私ですが、妹と勘違いされたようです?
全5話。ゆるふわ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる