58 / 58
エピローグ
しおりを挟む喉シロップの小瓶が効いたのか、それとも本当に心の整理がついたのか、以降アッシュはすっかり毒気が抜けて大人しくなった。
経緯はどうあれ、アッシュが惨めな生活を送っていたのは事実だから、とラエラは言った。それで罰は受けたと見なすと。
これまで通り、アッシュは森の家に住み続けるが、使用人に関しては最初の取り決め時の条件に戻す事になった。
最低限の使用人、洗濯、料理、掃除の3人を置ける事になる。
それら使用人の賃金は5年限定でヨルンが出すが、アッシュの生活資金は今後アッシュ自身が捻出する。
と言っても、今の所は食べる分と新しく着る服の分、あとは石鹸とかの消耗品くらいだ。
これからアッシュは、頑張って木を切り、木材にして売りに出し、必要なら植林し、拓けた土地に畑を作って、自分を養う為の金を捻出しなければならない。
最初に移動して来た時と違う点は、アッシュの下で働く人員がいないこと。
つまり今回は、アッシュが頑張るしかないのだ。もちろん、望めばこちらも人を雇う事はできる。賃金をアッシュが払うならばの話だが。
今はヨルンが給料を代わりに支払う使用人たちもそうだ。
5年後ももし雇い続けたいのならば、今度はアッシュの稼ぎで給与を払わなければならない。
兎にも角にも金を稼ぐ必要があると思い知り、アッシュは真面目に働き始めた。
それから約1年後、ヨルンからアッシュにある提案が出された。
林業と畑の手伝いをする者をお試しで雇わないかというものだ。
「僕の推薦なので、お試し期間の1年分の給料はこちらが出します。その後、もし兄上が続けて雇いたいと思ったら、お2人の間で契約を結んで下さい」
ヨルンが連れて来たのは、前トムナン男爵夫妻―――リンダの両親だった。
爵位を売って慰謝料を払った後、平民となって細々と暮らしていた元男爵は、最近働き先で詐欺行為に遭ったという。
覚えのない商品の破損の罪をなすりつけられ、賠償金代わりに、もらう筈だった給与を取り上げられ、解雇の上に放り出された。
幸いと言っていいのかどうか、リンダの下にいた子どもたちは既に自立していた。だが、リンダが産み落とし、彼らが養女として引き取った女児がいる。その子はまだ9歳で、まだまだ世話と金が必要だった。
家賃を払えず借家から追い出され、3人が途方に暮れていた時、ロンド伯爵家からの使いがやって来た。
ヨルンはアッシュの家から少し森の入り口よりに小さな家を建て、そこに元トムナン男爵家を住まわせた。
元男爵はアッシュの手伝いで木の伐採や製材作業を、元男爵夫人は女児と一緒に畑を耕して野菜を育てた。
アッシュとしては、元男爵夫妻と顔を合わせるのはかなり気不味く、更には、リンダが産んだ娘には複雑な感情を抱いていたものの、いざ毎日顔を合わせるようになると、意外と普通に対応出来た。
何より、元男爵夫妻はとても腰が低く、アッシュを苛立たせるような事はしないし、言わない。
平民に落ちてからの生活がよほど苦しかったのか、今回の雇用に深く感謝し、真面目に働いた。
美しい容姿をバイツァーから受け継いだ女児は、幸いな事に心根は生みの親に似る事はなく、元男爵夫妻をよく助け、真面目に働いた。
やがて成長した女児は、近くの村の大工の息子と恋をし、花嫁として嫁いで行くのだが、それはもっとずっと先の話だ。
さて、ヨルン持ちで人手が増えた結果、アッシュの懐事情に余裕が出来た。
最終的には、更に数名の林業従事者を雇い、植林と並行しながら安定した林業事業を行うようになる。その頃、正式に森一帯の土地がアッシュの名義に変えられた。
あともう一つ、アッシュの木材の納め先のひとりに、彼の父ギュンター・ロンドがいた事だけは付け加えておこう。
ラエラが着けていた髪飾りや首飾り、ブローチなどで、その繊細な彫りに密かに注目され始めていたギュンターは、ある時、友人の頼みで彫った大鷲像で一気に有名になった。
テンプル伯爵邸のエントランスに飾られたそれは、飛び立つ寸前の羽を広げた大鷲の彫刻像で、大人の男性が両腕を広げたと同じサイズの大作だった。
その勇壮さと威風に、テンプル伯爵邸を訪れた者たちの多くが魅了され、口伝えにギュンターの名が知られるようになり、同時に制作注文の連絡が多く入るようになった。
年齢を重ねてから始めた制作、そして隻眼のハンデもあり、ギュンターが亡くなるまでに世に出た作品はそう多くない。
だが彼の作った物で、特に置き物の人気は今も高く、亡くなった後は更にその価値が吊り上がったが、有名になるきっかけとなった大鷲の置き物はテンプル伯爵家秘蔵のまま、売りに出される事はなかった。
最後に、これらの物語の中心人物となったラエラだが、その後ヨルンとの子を更に4人産み、合わせて3男2女の母となった。
ヨルンもまた良き父、後には良き祖父となったが、常に最優先すべき存在が愛する妻ラエラである事は、生涯変わらなかったと言う。
【完】
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
完結まで一気に書きたかったのですが、最後は体調を崩して更新が途切れ途切れになってしまいました。
それでも、完結まで待ってくださった皆さまに感謝です。
933
お気に入りに追加
4,099
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(156件)
あなたにおすすめの小説

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
毛蟹葵葉
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
やっと収まるところに収まりよかったです。一気読みしてしまうほど、ドキドキでした。有難うございました。
貴書籍『あなたの愛など要りません』から、作者様の他の著作を拝見致したく、こちらに参りまして、タイトルで選びました。
貴作品を一気読み。面白かったー!!
エピローグまで、丁寧な筆致とサクッとした描写とのバランスが、こちらにおいても絶妙で、もちろん大変読みやすく面白く飽きる事無く、とてもとても愉しませて頂きました。ありがとうございます。気丈な淑女×年下スパダリ、好物cp〜! 多謝!
『貴方の愛〜』の番外編、主人公は息子ランスロットくん! 次の連休の愉しみに…
退会済ユーザのコメントです