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誕生の喜びの後に
しおりを挟むアナベラとのお茶会から約3週間後、予定日より1週間早くラエラは男の子の赤ちゃんを産んだ。
13時間ほど続いた陣痛にラエラは疲労困憊だったが、初産としては普通、もしくは早い方だと医師に言われ、ヨルンと共に愕然とした。
赤子は、ヨルンによりラウロと名づけられた。
「よく頑張ったな、ラエラ」
「ここに来る前に、ラウロちゃんに会ってきたの。可愛い子ね。すやすやとよく寝ていたわ。ラエラもゆっくり休むのよ」
知らせを受けて駆けつけたテンプル伯爵夫妻は、外孫の誕生に大喜びだった。貴族令嬢としては遅めの結婚となるラエラが、あまり時をおかずに妊娠し、無事に出産できた事に安堵したのだ。
心配症のヨルンにより、2名の乳母がラウロに付いて世話をする事になった。
乳母は昼夜交代しながら赤子の世話をし、母親になったばかりのラエラの相談相手も任されている。
お陰で、ラエラの産後の体に安静は必要でも、心は至って平穏な状態で過ごしていた。
「ギュンターにも知らせたのだろう? きっと喜んでいるだろうな」
テンプル伯爵が口にしたのは、和解した友の名、ヨルンの父である前ロンド伯爵の名だった。彼にとっても初孫で、しかも後継者となる男児、当然の会話の流れだった。
「はい、手紙で知らせました」
いつものように微笑みを浮かべ、ヨルンは短く答えた。そう、いつものように。
でも、ラエラは違和感を覚えた。はっきりとは分からない、けれどヨルンが少し、何か、どこか違う気がしたのだ。
おっとりのんびりのテンプル伯爵夫人は当然気づかない。テンプル伯爵は―――気づいたのかどうなのか、僅かに片眉を上げただけで、それ以上の事は何も、ただ「そうか」と言って頷いて、その時の会話は終わった。
平均より少しだけ小さく生まれたラウロは、よく乳を飲みよく眠る手のかからない子で、髪色はラエラ、目の色と顔立ちはヨルン似だった。
息をしているのか心配になるほどの小さな命は、抱っこするのも気を使う。ラエラはいつも、壊れてしまわないか心配になりながら、慎重な手つきでラウロを抱っこした。
可愛くて、大切で、愛おしい存在に幸せを噛みしめつつ、ふとした時にヨルンと交わした言葉を思い出していた。
無事に出産が終わったら―――
そう言われていた。けれど、ヨルンの事だから、きっと産後すぐではないだろう。
ひと月かふた月後、ラエラの体調が回復してきたら、たぶん。
そう思いながら、ラエラはヨルンが話すタイミングを待っていた。
そうして、ラウロの首がもう少しでしっかりするという頃。
子ども部屋でラウロと乳母の様子を見守っていたラエラのところに、ヨルンがやって来た。
「少し庭を歩きませんか」
時期は秋の終わり。
木々からは葉がすっかり落ち、少し寒々しい景色の向こうに青い空が見える。
朝に掃いて綺麗にした筈の地面の上には、既に新しく落ち葉が積もり始めていた。その上を、ヨルンとラエラは手を繋いで無言で歩く。
「ラエラさま」
少し奥まで歩いてから、ヨルンは立ち止まり、ラエラの方へと体を向けた。
「父が怪我をしました」
「・・・酷い怪我なのですか?」
ラエラに話さなかったという事は、軽傷ではない筈だ。ラエラの質問に、ヨルンは困ったように眉尻を下げた。
「命に別状はありません。ですが・・・左目の眼球に傷がついてしまい・・・見えなくなったそうです」
「そんな・・・事故か何かですか? 何があったのです?」
「・・・」
少しの沈黙の後、ヨルンは口を開いた。
「報告では、兄上が父を殴ったと」
その言葉に、ラエラは目を見開いた。
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