上 下
46 / 58

誕生の喜びの後に

しおりを挟む



 アナベラとのお茶会から約3週間後、予定日より1週間早くラエラは男の子の赤ちゃんを産んだ。
 13時間ほど続いた陣痛にラエラは疲労困憊だったが、初産としては普通、もしくは早い方だと医師に言われ、ヨルンと共に愕然とした。


 赤子は、ヨルンによりラウロと名づけられた。




「よく頑張ったな、ラエラ」

「ここに来る前に、ラウロちゃんに会ってきたの。可愛い子ね。すやすやとよく寝ていたわ。ラエラもゆっくり休むのよ」


 知らせを受けて駆けつけたテンプル伯爵夫妻は、外孫の誕生に大喜びだった。貴族令嬢としては遅めの結婚となるラエラが、あまり時をおかずに妊娠し、無事に出産できた事に安堵したのだ。


 心配症のヨルンにより、2名の乳母がラウロに付いて世話をする事になった。
 乳母は昼夜交代しながら赤子の世話をし、母親になったばかりのラエラの相談相手も任されている。
 お陰で、ラエラの産後の体に安静は必要でも、心は至って平穏な状態で過ごしていた。


「ギュンターにも知らせたのだろう? きっと喜んでいるだろうな」


 テンプル伯爵が口にしたのは、和解した友の名、ヨルンの父である前ロンド伯爵の名だった。彼にとっても初孫で、しかも後継者となる男児、当然の会話の流れだった。


「はい、手紙で知らせました」


 いつものように微笑みを浮かべ、ヨルンは短く答えた。そう、いつものように。

 でも、ラエラは違和感を覚えた。はっきりとは分からない、けれどヨルンが少し、何か、どこか違う気がしたのだ。


 おっとりのんびりのテンプル伯爵夫人は当然気づかない。テンプル伯爵は―――気づいたのかどうなのか、僅かに片眉を上げただけで、それ以上の事は何も、ただ「そうか」と言って頷いて、その時の会話は終わった。


 平均より少しだけ小さく生まれたラウロは、よく乳を飲みよく眠る手のかからない子で、髪色はラエラ、目の色と顔立ちはヨルン似だった。

 息をしているのか心配になるほどの小さな命は、抱っこするのも気を使う。ラエラはいつも、壊れてしまわないか心配になりながら、慎重な手つきでラウロを抱っこした。

 可愛くて、大切で、愛おしい存在に幸せを噛みしめつつ、ふとした時にヨルンと交わした言葉を思い出していた。


 無事に出産が終わったら―――


 そう言われていた。けれど、ヨルンの事だから、きっと産後すぐではないだろう。


 ひと月かふた月後、ラエラの体調が回復してきたら、たぶん。


 そう思いながら、ラエラはヨルンが話すタイミングを待っていた。



 そうして、ラウロの首がもう少しでしっかりするという頃。


 子ども部屋でラウロと乳母の様子を見守っていたラエラのところに、ヨルンがやって来た。


「少し庭を歩きませんか」


 時期は秋の終わり。

 木々からは葉がすっかり落ち、少し寒々しい景色の向こうに青い空が見える。

 朝に掃いて綺麗にした筈の地面の上には、既に新しく落ち葉が積もり始めていた。その上を、ヨルンとラエラは手を繋いで無言で歩く。


「ラエラさま」


 少し奥まで歩いてから、ヨルンは立ち止まり、ラエラの方へと体を向けた。


「父が怪我をしました」

「・・・酷い怪我なのですか?」


 ラエラに話さなかったという事は、軽傷ではない筈だ。ラエラの質問に、ヨルンは困ったように眉尻を下げた。


「命に別状はありません。ですが・・・左目の眼球に傷がついてしまい・・・見えなくなったそうです」

「そんな・・・事故か何かですか? 何があったのです?」

「・・・」


 少しの沈黙の後、ヨルンは口を開いた。


「報告では、兄上が父を殴ったと」


 その言葉に、ラエラは目を見開いた。
























しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

目が覚めました 〜奪われた婚約者はきっぱりと捨てました〜

鬱沢色素
恋愛
侯爵令嬢のディアナは学園でのパーティーで、婚約者フリッツの浮気現場を目撃してしまう。 今まで「他の男が君に寄りつかないように」とフリッツに言われ、地味な格好をしてきた。でも、もう目が覚めた。 さようなら。かつて好きだった人。よりを戻そうと言われても今更もう遅い。 ディアナはフリッツと婚約破棄し、好き勝手に生きることにした。 するとアロイス第一王子から婚約の申し出が舞い込み……。

処理中です...