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あるまじきこと

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『ラエラちゃんじゃなきゃヨルンはダメなの。だから、ヨルンを世界一の幸せ者にしてくれる代わりに、ラエラちゃんはヨルンに世界一幸せな花嫁にしてもらってね』




「・・・」


 ヨルンはそっと覗き穴の蓋を閉じた。


 母がラエラに何か思慮の欠けた言葉をかけはしないかと心配で隣室の覗き穴から様子を見ていたが、杞憂だったようだ。

 むしろ、ヨルンが思っていたよりも母が自分を理解していた事を知り、そっちの方で驚いた。


 幼いヨルンの恋は誰からも本気にしてもらえず、一時の憧れのように扱われ、ラエラは兄アッシュの婚約者になった。
 あの時は死ぬかと思うほどに絶望したが、年齢を重ねていくうちに、両親は無難な判断をしただけなのだと理解した。そう、理解はした。納得しなかったけれど。


 泣いて訴えても覆らず、当主である父の決定に逆らえないと知ったヨルンに出来る事はただ一つだった。

 ラエラが幸せになれるように、次期当主となる兄を陰で支える事だ。
 その為に、幼い頃から図書室にこもっては本を読み漁り、親に頼んで家庭教師をつけてもらった。優秀な補佐になる為、とにかく必死で勉強した。

 10代になると親はヨルンにも婚約者を探そうとしたが、ヨルンは頑として断った。嫡男でもないのだから、無理に結婚する必要はない。
 なにより、自分の命より大切に想う人がいるのに、他の誰かを妻に迎えるなど論外だった。それは自分にも、愛されない妻となる事が確定している相手の令嬢にも不実で失礼な行為だ。

 ヨルンの全てはラエラの為にある。ラエラが笑ってくれるなら、ラエラが幸せになれるなら、それでヨルンは報われる。それだけでヨルンは幸せになれる。


 そんなヨルンの想いを、あの日の幼いヨルンの恋心をただの憧れと評した母が、今になって正しく理解した事に素直に驚かされた。


『ラエラちゃんじゃなきゃヨルンはダメなの』


 ―――そうなんです。誰も代わりにならない。僕はラエラさましかいらないんです。


 期待などしていなかった。

 ラエラにしか関心がないヨルンには。

 ラエラを中心に世界が回っているヨルンには、他に誰がいようといまいと関係なくて。

 理解されようとされまいと、それもまたどうでもよくて。

 人が好くて裏を読むのが苦手な父と、しっかりした風でいてちょっとズレた判断を下しがちな母と、脳天気であまり深く考えない兄と。

 和気藹々と楽しそうに暮らす彼らの中で、ヨルン一人が浮いているように感じても、それだってどうでもよかった。


 そう、どうでもよかった筈なのに。


『ヨルンを世界一の幸せ者にしてくれる代わりに、ラエラちゃんはヨルンに世界一幸せな花嫁にしてもらってね』


 なぜだろう。

 ラエラ以外の人の言葉で、心が動かされた事など、今まで一度もなかった。

 なのにヨルンは、今さらな母の言葉を、とっても嬉しく思ってしまった。ヨルンにしてはあるまじき事だ。


「・・・結婚式が近づいて、浮かれているのかな。僕らしくもない」



 ヨルンは頭をぽりぽりとかいて、そう呟いた。






















 












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